「AI(愛)は掌に」 第十二話

「悠仁くんって知り合い?」

庄司さんからの一言に、久楽は困惑の表情を浮かべた。

会議室に入って、次元に昨日の話をしようとしたときに言われた庄司からの言葉。

たしかに悠仁は久楽の知り合いである。
大学、学部、部活が一緒であり、知らない仲ではない。しかし、なぜ庄司から悠仁の名前が出たのかが理解できなかった。

「なぜ、悠仁の名前を…?」
「この前来たからね。ちょうど久楽くんと入れ違いに。『ここで働かせてください!』みたいな感じで。」
「ってことは、あいつもこのバイトを?」
「不採用だけどな。」

「不採用」と告げたのは、庄司の横にいた次元であった。

「彼にはこの仕事は合わないと判断してね。…なんだかルール違反をしこたましそうな気がして…というか、邪な思いが強すぎる。」
「ぶっちゃけ、『あいつは苦手だ。』って思ったんでしょ。僕的には、気が合いそうだったんだけどなー」
「うるさい。冷静な判断の結果だ。」
「ぶー…」

頬を膨らませ、不満げに次元を見る庄司。
おそらく、次元が悠仁を不採用にしたのは、悠仁の邪な気持ちを見抜いたという点は確かだろう。それ以上に、悠仁のキャラクターが次元には合わない、いや、庄司だけで手一杯だったというのも確かなのだろう。

悠仁が、不採用になった事実を久楽に伝えなかったのは…おそらく「ちっぽけなプライド」とやらだろうとも久楽は推測する。

「あー…なんというか…お疲れ様です。」
「いや、久楽くんの友達のことなのに、失礼な言い方をしちゃったね。すまない。」
「あ、大丈夫です。」

あっけらかんと返答する久楽。大方、悪かったのは悠仁だったことは想像に難くなかったのだ。
「ところで…」と庄司が、口を開く。

「今日は何の用事?まだ予定の日じゃなかった気がするんだけど?あ、またルール違反しちゃったー?」

久楽は言葉に詰まる。実際にその通りだったのだ。井内に対してのメールで削除を要求したことがルール違反と咎められた。その事を伝えるためでもあった。

「図星かー。でもでも、それはメール確認の日に教えてくれたら良いって言わなかったっけー?真面目ちゃんだねー」
「いや、それもあるんですけど…聞きたいことがあって…」
「なになに?尾上ちゃんの彼氏の有無?このままじゃ、婚期逃しそうだもんねーははっ」


「庄司くん?…ちょっと話し合いましょうか?」

バタンと扉が開き、絶対零度な声色を発する人物。
声色に凍りついたのは、庄司だけではなかった。次元も久楽も…であった。無駄にタイミングよく現れる、その人物。むしろ、この部屋を監視してるんじゃないかと思っていた。

「「「尾上さん…」」」

尾上は顔は笑っている、表情は笑っている。しかし、目は笑っていない。
そのかわりに庄司の膝が笑っている。

「あれ、先輩。次元先輩。なんで、僕の背中を押すんですか。ちょっと?」

無言で庄司の背中を押し、強制的に部屋から出るように促す次元。
抵抗する庄司の手を取って、引っ張る尾上。前から後ろからの協力プレイによって、庄司は会議室から姿を消した。

「…よし。」

そう小声で呟いたのは次元であった。

静かになった会議室。
外から庄司の「ごめんなさいごめんなさい」の声が聞こえるような気がしたが、「気のせいだ」と切り捨てた久楽と次元。
口は災いの元を地でいった結果である。

「あの、今日来た用事なんですが…」
「ああ、そうですね。どうされました?」

まずは井内とのメールの件を話し、続いて千百合の危惧していた話、画像添付の件を問い掛ける。
井内とのメールの件に関しては、次元からの軽い注意はされたが、「次は気を付けてくださいね」と気にしないようにも言われた。
しかし、画像添付の件に関しては、一転、次元の表情が変わった。
少し考え込んで、次元は口を開いた。

「なるほどねぇ…たしかに画像の件に関しては言ってなかったですね。…グレーなラインですね。」
「グレー?」

「直接、その人を特定は出来ないから違反ではないけども、画像によっては特定をしうる可能性もある、微妙なところなんですよね。実際、画像添付に関しては他のアルバイトの人からも指摘はなかったし、送ってもなかったわけで…」

「なるほど…」

「今回の件に関しては、そんなことも把握しきれなかったこっちの不手際なので問題はありません。ですが、写真も禁止と言うことで、今後もお願いしてもいいですか?」

「…わかりました。」

「ところで、本来なら次回にお話しする予定だったことなのですが…まだ、時間は大丈夫ですか?」

「え?はい、今日は特に予定はないので…」

久楽の返答を聞き、「いつまでも立っているのも何なので…」と次元は、座るように促す。
その後すぐに、尾上が二人分のお茶を持って、会議室に入ってきた。庄司の姿は無かった。

「実は、そろそろこの仕事も次の段階に入ろうとしています。」
「次の段階?」
「ええ、とは言っても久楽さんにお頼みするのは難しい話ではありません。」

一呼吸置いて、次元は続けて喋り出す。



「メールをする相手を変わって貰います。」



久楽は耳を疑った。
いや、言葉を疑った。

「次元さん…今なんて言いました?」

会議室に静かに、しかし困惑に満ちた声色が次元に問いかける。

「…そんなに不思議なことですか?」

次元の口調は冷静で、重かった。変わらない口調で次元は話を続ける。

「この仕事はあくまでも『メールをすること』です。メールする相手が変わることが、有るのも至極当然の話です。」

「…そんな話、今まで何も言って…」

「言わなかったのは、これまでの経過を見ていたからです。これまでの経過で十分にデータは取れました。ですので、別の方とのメールをお願いしているわけです。」

「データ?この仕事は一体…」

「久楽さん…選んでください。」

「選ぶ?」



「この仕事の真実を聞くか否か。」

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