「AI(愛)は掌に」 第二話

時間は3ヶ月前に遡り、場所はとあるビルの一室。
殺風景なその部屋は、長机と椅子が長方形にグルリと並べられており、普段は会議室として使われているような部屋である。

久楽がバイトの応募の旨を伝えると、事務の女性にこの部屋へと案内されて、並べられた椅子の一つに促され座っている。

「係の者が来るまでしばらくお待ちくださいませ。」と言われ、その言葉通りに大人しく待っているわけである。

しばらくしてノック音が聞こえてきたので、久楽はその音の鳴ったドアに目を向け、椅子から立ち上がった。部屋に入ってきたのは2人の男性である。
キッチリとしたスーツ姿というよりも、どちらかと言えばラフな格好である。

「初めまして、久楽さんですね。私は次元(じげん)と申します。」
「どうもどうも。僕は庄司(しょうじ)です。」
「久楽です。よろしくお願いいたします。」

2人は久楽の挨拶を受けると軽く会釈をして、「どうぞお座りください。」と手のアクションで促す。
2人は久楽が座ったのを見て、対面にある椅子に座り、そして次元は久楽に話を切り出す。

「今回はアルバイトの件でわざわざお越しくださいまして、ありがとうございます。…と言いたいところなのですが、久楽さんはこのお話をどこから?」

久楽は次元からの質問の意図が分からず、軽い困惑を覚えたような顔をする。久楽のその態度に、話を切り出した側である次元も困惑した様子で、続けて話を続ける。

「たしかにアルバイト募集はするのですが、実はまだ求人を出していないので公には知られていないはずなのですが。」

その説明を聞き、久楽はチラリと次元の横にいる庄司に目を向ける。

「えっと…さっきこのビルの前を通った時に、そちらの庄司さんに声をかけられて…」

次元は久楽の言葉を聞き、庄司の方に鋭い視線を向ける。

「庄司?どういうこと?」
「いや、次元先輩が昼休憩前に『そろそろバイト募集しないとなー。でも求人も載せるのに金がかかるしなー』ってぼやいてたじゃないですか。だったら直接勧誘したらお金もかかんないし、いいんじゃないかな!って思って。で、さっきうちのビルの前で良さげな人材がいないかな、と目を見張ってたところに彼が通りかかったわけですよ!」

庄司は「どうですか!この名案と行動力!」とも言いたげに誇らしげに胸をはって次元に答える。

「えっと、うん。庄司?」
「はい!何ですか!先輩!」
「バカじゃねえの。」
「ひどい!」
「久楽さん、大変失礼をいたしました…この度はこのバカの被害にあわれてしまいまして」

次元は横で軽いショックを受けている庄司を無視して、久楽に申し訳なさそうに謝罪の言葉を告げる。

「いえ、あの…大丈夫です。」
「それで、彼からお話を聞いたと言うことは、おおまかには今回のバイトの内容は知っておいでですか?」
「いえ、まったく。」

久楽の返答に一瞬固まる次元。

「庄司、お前なんて言ってここに呼んだの?」

目線は久楽に向けたままだが、隣に座る庄司に軽い怒気を向けて話を振る。

「兄さん兄さん!バイト探してない?今ならいいバイトあるよ!ちょっと寄ってかない?って感じですかね。」
「なんなのお前!?で、それで来る久楽さんも久楽さんですけど。」

頭痛を押さえるよう、手を頭につける次元。僅かな間が空き、少し落ち着いた次元は久楽に目線を戻す。

「では、軽く仕事内容についてお話をさせていただきます。お話を聞いていただいて、このお仕事を受けるも受けないも久楽さんのご判断にお任せいたします。宜しいですか?」
「はい、わかりました。」
「じゃあ、庄司。軽く仕事内容の説明を。」
「オッケーです!ここで名誉毀損です!」
「挽回な。」
「さて、久楽さんはスマートフォンはお持ちですか?」

庄司の言葉に頷く久楽。庄司は「そうでしょうね」とも言いたげににこやかな笑顔を返す。

「今回のお仕事は、そのスマートフォンを使って行います。内容は簡単で、こちらが指定した方々とメールをしてもらいます。それだけです。」

これにて任務完了と言わんばかりの満面の笑み。
更なる説明があるだろうと、待つ久楽。

まさか説明がもう終わりなわけはないだろうなと、待つ次元。

説明はもう終わりですけど?と、やりきった顔をする庄司。

まさかの説明がもう終わったことを察した、久楽。

「えっと…」
「説明が簡潔すぎて、伝わり切ってねえよ。」
「簡潔にしたのに完結しませんでした?あっはは、洒落ですか?先輩、オヤジ化してきましたねー」

庄司の言葉にイラついたのか、次元は軽く庄司の頭を小突き、軽い咳払いをして、久楽に話をしだす。

「先程、庄司が申しました通り、こちらが指定した相手とメールをする。基本的な仕事内容はそれだけです。メールの内容も特に問いません。普段お友達とメールをするような感じで『おはよう』とか『今は何してるの?』と言った何気無いような内容で構いません。とにかく相手と会話をし続けてください。メールの頻度も久楽さんの暇な時にしてくだされば結構です。」

「ただ、相手とメールをするだけ…ですか。」

「そうです。但し、いくつかルールがございます。相手の顔や声を知ろうとしないこと。あくまでも文字だけを使って交流してください。また、詳細な住所や個人情報に関しての詮索も禁止。職業とか大雑把な地域の質問なら問題ありませんが、どこの市町村のどこで働いてるか、という個人を特定しうる質問はは禁止です。」
「あと卑猥なこととか、犯罪チックな話題とか、そういう『こーじょりょーぞく』に反するような文もダメだからね。」

「給料に関しては、あまりお支払いをすることができません…。内容が内容だけに他にアルバイトを掛け持ちすることも可能ですし、むしろ、ほんの少しお小遣い稼ぎをしてる…程度に考えてください。あと、メールの相手は久楽さんがお話がしやすいように久楽さんの年代に近い人達となると思いますので、そこまで緊張されなくても大丈夫です。もちろん、初めは知らない方ですので、多少緊張してしまうかもしれませんが、時間をかけて、ゆっくりと会話をしていってください。久楽さんから何か質問はございますか?」

久楽は尋ねられると、ルールに関してはその場で特に質問は思い付かず、給料に関しても業務内容が内容だけに納得できているようであった。ただ唯一、久楽が当初から思っていた疑問があった。

「あの…このメールをする仕事って何のためにするんですか。」

次元がその言葉を受けて、返答をする前に庄司が先に声を上げる。

「それはねー、このお仕事が近い将来の人工…」
「庄司!」

庄司が説明をするのを次元が声を荒げて静止する。突然の怒声に庄司も久楽も驚きを隠せない。久楽のその様子を見て、申し訳なさそうにする次元。
時間にしてみれば僅かながら、体感的には数分にも感じられる静寂を、ノック音が消し去る。

「失礼致します。」と一言を添えて、久楽をこの部屋に案内をした事務の女性がお盆にお茶を乗せて入って来る。先程までにあった重い空気を変えるかのような見事なタイミングであった。

女性は久楽、次元、庄司それぞれの目の前にお茶を置いて、「失礼いたしました。」と言い、部屋を出て行く。
久楽は少し戸惑いながらも、お茶に手をつける。
次元も落ち着きを取り戻すように、ゆっくりとお茶に手を伸ばす。
庄司はしょんぼりした様子で、お茶には手をつけない。
次元は一呼吸置いてから、久楽の方に目を向けて、話し出す。

「…あー、先程は申し訳ないです。つい…。この仕事に関して『なぜメールをするのか、何のためか。』というのはお話できません。そこは社外秘、企業秘密ということでご理解いただければ、と。」
「いえ…わかりました。」
「それで、どうでしょう?正直なところ『バイト代はそんなに高くない。』『仕事内容が奇妙』『目的も不明』というのに目を向けてしまうと、いささか好印象とは言いがたいかもしれませんが…」
「んー…そうですね…」

久楽は次元からの話を頭の中で反芻しながら、考える。そして、怒声を浴びせられてから一言も発さない庄司の方にもチラリと目を向ける。
庄司は下を向いて、落ち込んでいるので久楽の視線には気づかない。その庄司の姿を見て、再び次元の方に目線を戻す。

言葉は発さずに笑顔で頷く。その笑顔を見て、肯定と受け取った次元は同じく久楽に笑顔を向ける。
そして次元は隣の庄司に目を向ける。庄司の体勢は先程からのままであった。
「やれやれ…」と言わんばかりの顔をして、庄司の肩に手を置く。庄司は手を乗せられた瞬間にビクッとするが、優しい声色で次元が口を開く。

「ほら、採用だよ。仕事を引き受けてくれるってよ。お前が勧誘した人がな。」

その言葉に庄司はハッと顔を上げる。

「えっ?マジっすか!久楽さん!ありがとうございます!」

そう言いながら、庄司は席から立ち上がり、久楽の方に近付き握手を求める。久楽はその豹変ぶりに動揺しつつも、その空気に流されるままに握手をする。庄司は久楽と握手した後は、軽やかに先程まで座っていた席の近くへと戻る。

「いやー、ホッとしましたー。もうダメかと思いました。いやいや、でも私の人を見る目は間違っていなかったんですね。」
「いいから少し落ち着けよ。」
「こんな嬉しい時に落ち着いてなんかいられませんよ!祝杯あげましょ、先輩!」
「バイト決まっただけで大袈裟だよ。そもそも仕事中だろうが。」
「大袈裟なもんですかー!こういうおめでたい時は何は無くとも祝杯です!小さなことでもコツコツと!でも、先輩の言う通り仕事中だから自重します。さすがに。私もそこまで社会人として終わってませんから。でも形だけはってことで…」

祝杯の重要性について熱っぽく語るに語ると、手をつけていなかったお茶を手に持ち「かんぱーい!」と1人で祝杯をあげ、一気に飲み干す。

「あっつーーーー!」

いや、飲み干せなかった。
口に一気に入れた瞬間に、口から霧吹きのようにお茶が噴射される。

「何がしたいんだよ、お前は!」

次元が庄司に呆れ半分に声を上げると、事務の女性がドアをノックして入って来る。
そして冷たく刺さるような眼光と声色で庄司に告げる。

「自分で掃除しなさい。」

そう言い放ち、手に持っていた雑巾を庄司に向かって放り投げた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?