アナザー・バスカッシュ! #05

第五話『ストレイト・アンド・ファニー』

「バスカーーッシュ!!」

 そう叫んで、こいつはまたゲームをぶち壊した。

「おい、プランク! お前いい加減にしろよ! ボールを回せってば! 何変な方に投げてんだよ!」

 あちゃー、ジムのヤツ怒ってる怒ってる。当たり前だよな、僅差でせってるのにあのプレイ……おかげでこっちが離されたからな。

「あそこは空いてるケントにパスしてワンゴール戴きッて流れだろ? 空気読めよ!」

 いやいや、こいつに空気読めってそりゃ無理だよ。こんなヤツとチーム組んでる時点でオレは奇跡だと思うよ。それからすったもんだ。ジムの連続ゴールのおかげで、ゲームはワンゴール差で勝った。待っていたように警察のサイレンが鳴る。

「ま、取りあえずゲームにゃ勝ったからいいけどよォ、気ィつけろよ!」

 え? ジムよ、イイのか? 勝てばイイのか?そういうもんですか、ストリートスタイルって? ちょっとアナタ、セコくない?

「じゃあな、プランク! またストリートで会おうぜ!」
「おおう、バスカーーッシュ!!」

 おいおい、爽やかスポーツマンか、お前ら?  戦い終わってノーサイド……って、そりゃ敵味方だろ! 味方だったら反省点とか次回への目標とか、もう少し前向きに話を……

「あー、うるせえぞ、ナグ! さっきから何ゴチャゴチャ言ってんだよ。よーし、勝った勝った、バスカーーッシュ!!」

 またこれでオシマイだ。これでイイのか? ホントにイイのか?

 オレの名前はナグ。ペットアクセだ。気がついたら、オレはプランクの頭にへばりついてた。ペットアクセってのは飼い主にまとわりつく動物だ。それは帽子だったり、メガネだったり、手袋みてえのだったり色々いるけど、オレはヘッドバンド、バンドだ! 頭にはまってるフカフカな輪っかだ。夏はヒンヤリで冬は暖かな便利なパートナーさ。しかし、世界にもし神様が居るとしたら、なーんでオレはこのバカタレなプランクの頭に居る事になったのか聞いてみたいぜ……って言うか、ふ・ざ・け・ん・な・よ! 何でオレがこいつのペットなんだッつうの! こいつッていうのは、さっきから言ってるけどプランク。プランク・クレバーマン。誰がクレバーっつうの! ふざけんなよ、こいつはボケだ、大ボケだ! さっきもOCBの試合で訳のわからない大暴投をかましてゲーム中断、ボールを探すんでみんな大変だったんだぜ。え、OCBって何だって? そりゃオマエ、ビッグフットでやるストリートバスケ、オープンシティバスケの事だよ。なあおい、ビッグフットって知ってるか? あの、人が乗る自動車に手足が付いたようなシロモノだ。あれを使ってバスケをやるんだよ、しかもストリートだ。バカだよな、酔狂だよな、でもそれがアースダッシュじゅうで流行ってるんだからしょうがねえ。オレの相棒のプランクは、スターライトシティのそんなバカどもの一人。ジムとケントと三人で、チーム・ニューウエイブなんつう集まりを作って日々OCBの試合に明け暮れてるっつーか、遊び呆けてるっていうか……ぶっちゃけオレ、限界です。だってコイツ、信じられません! バスケ知らない! スポーツ知らない! なのにOCBやってる!  信じられないヨ! だってプランクのヤツ、何かっつうと「バスカーーッシュ!!」って叫んでやたらめったらボール投げるだけなんだぜ。オイ! バスケっていうのはゴールにボールを放り込まねえと点数にならないんだって! そう言ったらプランクはこうほざきやがった。

「ゴールは最後の最後で充分だ。オレのゴールはギャラリーを魅了する」

 はあああ~~~? バカかよテメエ、バスケはどんどん点取らねえと負けちまうんだよ。取ったり取られたり、その攻防のリズムを崩してどんどん自分とこのチームが点取るように頑張るのがバスケだろうがよ! そもそもテメエ、さっきの試合でもノーゴールじゃねえか!

「常識をぶち壊せ、それがバスカッシュだ!」

 だからよ、バスカッシュの前にバスケをやれよ、オマエ……

 いつもこの調子だ。ゲームメイクなんて言葉があるが、プランクはゲームをむしろぶち壊す。なのに勝ち星の方が多いってのが不思議なくらいだ。今日のゲームもジムとケインの二人で勝ったようなもんだし、何であの二人はこのスットコドッコイと組んでるんだ?

「オレとジムとケインは小さい頃からの友情で結ばれてるんだ。いいよな、幼馴染みって」

 知ってるよ。オレもテメエの頭に巻き付いてたからみんな見てる。プランクがいつもロクでもねえ事言い出して、あの二人が巻き込まれてはひどい目に遭ってる事だって知ってるさ。小さい頃、ブラウン爺さんの番犬の顔に眉毛描いた時もそうだった。怒られたのは見張りのジムとケイン、張本人のプランクは、「おやつの時間だ」ってんで、さっさと家に帰って無事だった。こいつは要領が良いのか悪運が強いのか……そういや、OCBやろうって言い出したのもプランクだ。

『ダン・JDってのがよォ、すげえんだ! ボールを壁にぶつけてゴールまでジグザグ一直線だぜ!』

 ……ジグザグで一直線って何だよ。ま、気持ちはわかる。オレもこいつと一緒にネットで見てたからな。ローリングタウンのチーム・バスカッシュとザ・ワーストとの対戦。これはストリートでバスケをやる者ならば、誰もが画期的だったと言うだろう。ビッグフットがまともなバスケをやる……それ自体も凄かったが、ダンは今まで走り回っていただけのストリートスタイルに『高さ』を持ち込んだ。

 ダンはビルを駆け上がる。
 ダンは瞬時に『道』を見つけ出す。

 そしてダンは、その『道』の入り口に向かって全力でボールを投げる。入り口というのはビルの壁であったり、鉄骨であったり……街の中には幾つもボールが走る『道』があるらしい。ダンはそれを組み合わせて、その時その時の戦況にふさわしい、ゴキゲンの『道』を作り出す。ダンが投げたボールはあちこちを跳ねて、ゴールを目指す。ゴール下にはアイスマンが、セラが駆け込む。時にはダン自身がリムにボールを叩き込む事も。あれは凄いゲームだった。オレもプランクもパソコンの前でしばし呆然、プランクなんてその日の晩飯も喉に通らなかった位だった。

 な・の・に!!

 何をどう間違えたのか、こいつはバスカッシュをドッジボールみたいなもんだと勘違いしやがった!で、それは今も相変わらずだ。

「バスカーーッシュ!!」

 いや、叫べばイイってもんじゃねえし。

「バスカーーッシュ!!」

 いや、だからやみくもにボール投げてもジグザグ飛ばねえから。

「バスカーーッシュ!!」

 テメエ、いい加減気付よ。パスしろ、ドリブルしろ! まずはゲームをちゃんとやれ!

「ダンはスゲえな。何であんなにジグザグなボールが投げられるんだ?」

 オマエ、一緒に見ただろ?『最強の傍観者』ってえヤツのサイトに書いてあった『ジグザグの秘密』ってレポート。ダンは色んな街に行ったら、まずは相棒のベルと一緒に地図を睨んで作戦会議。次にするのは実際に街を歩いて建物の強度やら材質やら調べ回る。ダンのスゲえ所は、数回ぶらっと散歩しただけで、大体の『道』のイメージが出来上がるってえ事だ。でも、それは何度も何度も遠征を繰り返した事で築いた経験のお陰、決してマグレでも何でもない、ひらめきの力ってのは今まで培った実力があるから生まれるもんだ。ま、広さと高さを組み合わせて考える事が出来るってのはダン・JDってえ人の才能なのかもしれねえがな。

「そうだな、やっぱバスカり方が足らねえんだ。よーしやるぞ! バスカッシュ! バスカッシュ! バスカーーッシュ!!」

 違ーーーーーーう!! その楽してどうにかしようという根性を何とかしろ! 叫ぶな! 練習しろ!

「ああ、うるせえぞナグ! 応援してくれるのは嬉しいけどよォ、オレも集中してえ時があるんだよ」

 おいおい、応援じゃねえ。忠告だ。で、何だ? 何を集中しようってんだ。

「ボールに念を送る練習だ。ダンのヤツ、きっと超能力かなんかでボールを飛ばしてやがるんだぜ。畜生、さっき気づいた、今ひらめいた」

 ダメだ、こいつわかってねえ。

   ×   ×   ×

 そんなある時、プランクのチームが余所者とゲームをする事になった。スポーツバーでジムが意気投合した、大食いで太っちょの男の知り合いがOCBをやってると言うんで、早速夜にワンゲームやろうじゃねえかっていう流れだ。

「何だよ、余所でも俺達の強さが知れ渡ってるんだな。月面リーグへのお呼びも近いぜ」

 オマエ、ホントに根拠の無い自信だけは人一倍だな。

「見てろよ、ナグ! 今日こそは決めるぜ!バスカーーッシュ!!」

 ゲームはいつもの裏通り、いつもの四つ角で始まった。急な話だったんで試合前の顔合わせはナシだ。警察が来る前にさっさとやらねえといけねえからな。プランク達のビッグフットは派手な飾りこそねえが、しょっちゅう熱心に整備やらチューニングをしていて、オレが言うのもなんだが、それなりに動きはいい。プランクの、そういう熱心なところはオレはイイと思う。対して相手は……赤と青と黄色の機体。あれ、どっかで見たような気が……

 ティップオフ! ボールはケントが奪った。ドリブル、そしてジムへボールが渡る……筈が捕られた?!いつの間にか黄色い機体がケントとジムの間に走り込んでいた。しかも地元の人間しか知らねえような横町の路地から飛び出してのスチール! 何なんだ?こいつら強敵なんじゃねえの?

「へへへ、道に迷ってたまたま飛び出したところにボールが来たか! ラッキーなヤツ!」

 プランクは相変わらず楽天的だが、そうなのか?ホントにラッキーなのか?ボールは黄色から青に渡り、豪快なダンクが決まった。
「やるなあ」
 ジムが唸る。
「そうでなくっちゃな」
 ケントも感心しきりだ。

「バカヤロウ、何見とれてやがるんだ! 次はオレ達が攻めるぞ!」

 お、たまにはイイ事言うじゃねえか。ボールを持ってプラントが機体をスタートポイントへ走らせる。そしてジムへパス。先程のスチールが頭にあるのか、ジムは慎重にドリブルしながら辺りを見回す。ボールはケント、ケントから再びジムへ。地の利を生かした、二人の素早いボール回しだ。ゴールはこの辺りで一番高い広告塔に括り付けられたリム。ジムはゴールへの近道、ジョンソンさんの倉庫の裏手の空き地からジャンプして、資材置き場の鉄板を足場にして更にジャンプ。そのままゴールを決めた。

「よし!」

 おお、ジムのヤツ、気合い入ってるぜ。プランク、お前も続けよ!

「おおう、わあってるって! やるぞ、バスカーーッシュ!!」

 いや、それはやらなくてイイから。

   ×   ×   ×

 それにしても、敵は強い。ジムの話だと、ヤツラがこの街にやって来たのは二日前。明日の朝に出発する前にワンマッチやりたいって事だった。追われてるのか? ずいぶんせわしない。しかし、プレーそのものは速攻あり、じっくり攻めるのもありでなかなか考えてプレーしている。思い付きでボールを投げる何処かのバカとは大違いだ。プレーが進むうちに三機の特徴が見えてくる。

 黄色い機体はスピードと小回りが利く。ドリブルに食いついて、隙あればボールをスチールしようとしつこく絡む。時折聞こえる車内無線の声を聞く限りでは、操縦者は若い女だ。

 青い機体はパワー。こいつがゲームメイクをしている。ロングパスで一気に距離を稼いで、黄色がゴールを決める。このパターンがこいつらの得意技らしい。

 で、赤い機体。黄色と同様にスピードがある。こいつが特に、この街を生かしたプレーをしてくる。感心したのは、ジム達があくまで道路を駆使しているだけなのに対して、赤は違う。ヤツはビルからビル、建物や鉄骨や足場になるモノは何でも使って走る、跳ぶ。しかしよくわからねえのは、時々、高いビルに登っては街を見渡している事だ。見物かよ! その間は黄色と青がボールを回してゲームを進める。正直、赤のサボリのおかげで点差が開かず助かってる。あいつ、勝つ気あるのかな?

「はん、わざわざゲームしたいと言ってきたのにサボリ屋か。口先だけのカッコつけだな」

 おい、プランク。その言葉はそのままオマエに返すぞ。とはいえ、もうそろそろゲームは終わりだ。赤いヤツはどういうつもりなんだ?

 その時だった。

「見えたッ!!」

 赤い機体の操縦者の声が車内無線から聞こえた。見えた? 何が見えた?それを待っていたかのように青がロングパスを赤に送る。赤のドリブル。ジムが抜かれた。しかし、ケントのブロックは執拗だ。この街で一番のディフェンダーは手強いぜ。ゴールへの道をぴったり塞ぐ高塀のように赤の前に立ちはだかる。どうする、道を変えるか? しかしその先にはプランクがいる。抜かれたジムも戻ってくる。どうする? どうする赤?

「何ッ?!」

 しかし、赤の取った行動はプランクもジムもケントも、そしてオレも思いも付かないモノだった。何と赤い機体は後戻りをするとその勢いで最近出来たビルの壁を走り出した。ルナテック証券は金持ちな分、けったいな形のビルを建てやがった。ま四角じゃなくて台形ってヤツだ。壁が斜めになってて全部ガラス張りだ。その斜めを赤は走ってやがる。ガラスが割れねえ。丈夫なガラスだ。ヤツは知ってたのか?ガラスの事?そういや、あのビッグフットの履いてるクツ、すげえグリップとクッションだぞ。あれってもしかして……

「てめえッ、卑怯だぞッ!!」

 いやいや、卑怯じゃねえから。

 赤い機体は更に隣のビルの屋上へ跳ぶ。ビルからビルへ。しかし、ゴールはそっちじゃねえぞ、どうすんだ?

 その時だった。

 赤い機体が飛び降りる。そしてその勢いのまま、ボールを投げた。

「バスカーーッシュ!!」

 え?今、バスカッシュと言った?プランク以外でバスカッシュなんて叫ぶヤツは初めてだ。そしてオレ達は奇跡を見た。

 ボールは石造りの商工会議所の角に当たると跳ね返り、続いて建築中のビルの鉄骨に当たる。そうしてボールは勢いを増してジグザグに進む。そしてその先は……ゴールだ!!

「あっ?!」

 ジムが叫んだ。ボールに気を取られているうちに、赤い機体がゴールに向かって走っていた。青と黄色もリバウンドに備えて構えている。道無き道、地元のオレ達も知らなかったゴールへのショートカットを使ってヤツはゴールへ跳んだ。ボールが来る。さも当たり前のように赤い機体は空中でボールを掴み、今まで見てきた中で、最高に豪快なダンクを決めた。リムが揺れる。いつの間にか沸いて出たギャラリー達がどよめく。ジムもケントも棒立ちで見上げてる。

 すげえ……

 ようやく出動した警察のサイレンが鳴り響く。敵の三機もプランク達も、蜘蛛の子を散らすように夜の街に消えた。

   ×   ×   ×

 翌日は、朝から昨晩のゲームの話題で街は持ち切りだった。あの三機の連中は朝を待たず、試合が終わると同時に街を出て行ったらしい。

「タカオのヤツがビッグフットを載せたトレーラーを見たらしい。あいつら、逃げ慣れてるな。ベルからはメールが来た。『ありがとう、みんなも楽しかったって言ってる』……だってさ」
 夜からの反省会と言いながらの単なる飲み会。乾杯の後にジムが言う。
「結局、お互い名乗らないで別れちまったけどよお、ひょっとしてあいつら……」
「ああ、俺も思った」
 ケントも我が意を得たりとそれに応える。おおう、オレもそう思うぜ。あいつらはきっと……

「しかし、許せねえよな。ダン・JDのサルマネをするヤツがいるなんて――」

 え?プランク? 今何て言った?

「おまけにコソコソ逃げ出すなんてな。ゲームは中断しちまったが、オレ達の勝ちは揺るがねえ」

 おいおい。どの口が言うか?

「たまたま、ボールがイイ具合に飛んでいったからイイけどよォ、ありゃゲームをぶっ壊してるぜ。他の二人が迷惑だろ」

 なあ、見ろよ。ジムとケントが呆れてるぞ。

「やたらめったら走り回ってなあ、もし人ン家壊しちまったらどうするつもりなんだろなあ?」

 いや、あれはちゃんと分かってて走ってたのが見え見えだったじゃねえか。ヤツラは一日かそこらでこの道を調べ尽くした。すげえヤツラだ、そう思えよ!何でテメエは……

「あの赤はダメだな。何も周りが見えてねえ」

 おいおいおい、テメエも見てただろ?ヤツはあの時、『道』を探していたんだぜ。そして、見つけた。だから叫んだんだ、『バスカーーッシュ!』ってな。恐らくあの赤い機体に乗ってたヤツの正体は……

「許せねえのはアイツが『バスカッシュ!!』を気安く叫んだ事だ!ダン・JDのマネごとをするヤツは許せん!」

 おいおいおいおいおい。

「よおおし、やるぞ! バスカーーッシュ!!」

 誰か、コイツにつける薬をくれ。


初出:Blu-ray「バスカッシュ!」shoot:5(2009年12月16日発売)初回特典
   (発売・販売元:ポニーキャニオン)


読んで下さってありがとうございます。現在オリジナル新作の脚本をちょうど書いている最中なのでまた何か記事をアップするかもしれません。よろしく!(サポートも)