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【レビュー】砕かれたハリルホジッチ・プラン 日本サッカーにビジョンはあるか?/五百蔵容 著

※こちらは2018年に別ブログでupした記事を再編集したもの

必読の一冊

 ワールドカップロシア大会を目前に控えた2018年4月9日、ハリルホジッチ日本代表監督が解任。この日を境に、日本サッカー界は混沌とした空気感に包まれている。解任の是非についての意見は様々かもしれない。しかし間違いなく言えることは、日本代表が世界と渡り合うために積み上げてきたもの、克服しようとしてきた課題に対しての道のりがバッサリと切り捨てられてしまったということ。
 そんな中、本書が提示してくれるのはハリルホジッチ監督がどのようにチーム作りを進めてきて、日本サッカー界に何を残そうとしてくれていたかということ。これが非常にわかりやすくまとめられている。
 手に取って本書を読んでほしいと思っているため、詳細な内容には触れず、本書が優れていると思う点を稚拙ながらまとめていく。

 第一部ではこれまでの日本代表がどのような狙いや特徴を持ってチーム作りをしてきて、そしてどんな課題に直面したかを明らかにしながら、ハリルホジッチ監督が指揮した日本代表の位置づけを確認している。

ポイント① ミクロとマクロの場面展開

 前述の通り、「ハリルジャパン」の位置づけを確認するため、これまでの日本代表の歩みがまとめてある。まさに「日本代表史」とも呼べるものであるが、特徴やキーワードをピックアップしてコンパクトな内容となっているため、理解し易い。
 そのような「歴史」とも言える枠組みで振り返ったのちに、ハリルホジッチ監督がアルジェリア代表を指揮して臨んだワールドカップブラジル大会や、日本代表の試合を分析している。そして、ハリルホジッチ監督の試合から読みとることができる戦略が、現代サッカーにおいてどのように重要なのかということを、「ボールゲーム」としてのサッカーの構造、特異性を整理しながら展開されている。

 日本代表史⇒ハリルホジッチ監督の各試合⇒サッカーの競技特性、というようにミクロ観点とマクロ観点をテンポ良く行き来しながら話を進めることで理解を助けている。

ポイント② 共通認識の形成

 本書では、ピッチ上の事象や、より抽象度の高いキーワードについて、丁寧に解説・定義しながら話が進められているということは一つの大きな特徴といえる。これはサッカーに限った話では無いが、特定のテーマについて論を展開する時に(特に抽象度を上げた時)、話し手と聞き手/書き手と読み手の共通認識が一致しないことによって、本来伝えたいことが伝わらなかったり、論点がぼやけてしまったりすることが往々にしてある。
 しかし本書では、誤って解釈される可能性がある言葉や、ニュアンスの異なった複数の定義が存在する(と議論されている)言葉について、しっかり立ち止まって解説・定義を行っていることによって、そういった認識の不一致による問題の発生を許さないよう努めている。

 上記のようなポイントを押さえながら、第二部ではハリルホジッチ体制下で表出した―中にはもっと以前から指摘されてきたものも含め―日本サッカーが抱える課題を指摘している。この部で改めて気づかされることはこれらの課題に対し、いかにハリルホジッチ監督が真摯に日本サッカー界と向き合い、世界との差を少しでも埋めるために多くの示唆を与えてくれていたということである。もちろんハリルホジッチ監督が用いた全てのアプローチが適切だったという訳では無いのであろうが、そのレガシーを無駄にせず、未来に繋げる必要があることを感じる。

ポイント③ 霜田氏(元日本サッカー協会技術委員長)のインタビュー

 多くの人がコメントしている通り、補遺として巻末に記されているこのインタビューは、過去の日本代表の歩みを踏まえたうえで、どのようなビジョンを描いてハリルホジッチを招聘したのかが分かる、貴重な証言となっている。ザッケローニ監督の通訳を務めた矢野氏が出版した「通訳日記」と同様に、現場の中心で日本サッカー界と向き合ってきた方から出てくるエピソードは非常に興味深かった。 

 個人的には、ハリルホジッチ監督が戦うワールドカップロシア大会を見てみたかった、という思いを持ち続けていた。そこに一連の事象に対する、日本サッカー協会の説明の不十分さも相まって、モヤモヤとした日々を過ごしていた。
 しかし、本書を通してポジティブな意味で一つの区切りをつけることができた。それは、これまでハリルホジッチ監督の下でチャレンジしてきたことやその過程で浮かび上がった課題が明確にされたこと、そしてその遺産を自分の中に保持しながら今後の行く末を応援することによって、これまでの取り組みが全くの無駄にはならないように思えるからである。


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