債権譲渡制限特約と供託

今回の話に係る民法の条文
(譲渡制限の意思表示がされた債権に係る債務者の供託)


第四百六十六条の二 債務者は、譲渡制限の意思表示がされた金銭の給付を目的とする債権が譲渡されたときは、その債権の全額に相当する金銭を債務の履行地(債務の履行地が債権者の現在の住所により定まる場合にあっては、譲渡人の現在の住所を含む。次条において同じ。)の供託所に供託することができる。

 前項の規定により供託をした債務者は、遅滞なく、譲渡人及び譲受人に供託の通知をしなければならない。

 第一項の規定により供託をした金銭は、譲受人に限り、還付を請求することができる。

第四百六十六条の三 前条第一項に規定する場合において、譲渡人について破産手続開始の決定があったときは、譲受人(同項の債権の全額を譲り受けた者であって、その債権の譲渡を債務者その他の第三者に対抗することができるものに限る。)は、譲渡制限の意思表示がされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかったときであっても、債務者にその債権の全額に相当する金銭を債務の履行地の供託所に供託させることができる。この場合においては、同条第二項及び第三項の規定を準用する。

民法

Aさん:債権譲渡が行われた場合、譲受人が悪意重過失であってもそうでなくても譲受人への弁済は可能であると理解しています。では、譲受人のみに還付請求権を認めた供託制度にはどのような意味があるのでしょうか。
 債務者が相殺権を持っている場合など特に譲渡人への弁済を希望する事情がないのであれば、わざわざ供託権を利用せずに譲受人に弁済をすればいいだけなのではないかと考えます。

B先生:まず、債権譲渡制限特約がある場合においても、債権譲渡が行われれば、債権は有効に譲受人に移転するのであり、そのことは、同特約に関する譲受人の善意・悪意によって左右されない、という点は、Aさんが理解したとおりです。債権譲渡を勉強する場合において最も重要な点にして改正があった点ですから、伝わってうれしいです。
 その上で、質問は、そうであれば、債務者は、債権譲渡制限特約がある場合でも、譲受人に弁済すれば、必ず債務の消滅をもたらすことができるのだから、同特約がある場合の特別の供託の制度(民法466条の2)は不要なのではないか(特別の供託の制度がなくとも、債務者は、二重の弁済の危険を負わないのではないか。)、と問うものでした。債権譲渡や供託制度に関する正確な理解を基にした、もっともな疑問です。
 この点について教科書等で確認したところ、次の趣旨が挙げられています。
 「譲受人が悪意又は善意重過失である場合は、債務者は、譲受人の履行の請求を拒み、譲渡人に弁済することができ、そうでない場合とでは異なるので、不安定な状態に置かれることになる。」(中田裕康『債権総論 第4版』635頁。同旨潮見佳男『新債権総論 II』404頁。)
 そこで、供託の制度を設けた、という趣旨説明です。正しい弁済先に関する判断に迷うことなく、供託によって債務を免れることができるという便宜を債務者に与えたということです。
 しかしながら、これでは、Aさんの問題提起に十分に回答したとはいえません。なぜならば、譲受人が債権譲渡制限特約について悪意・善意重過失であれば、債務者は、譲渡人または譲受人に弁済することができるのに対し、譲受人が同特約について善意無重過失であるときは、譲受人にしか弁済することができないことになるのであって、たしかに、譲受人の主観的状況によって弁済先は変わるものの、「どちらの場合でも、譲受人には有効に弁済できる」のだから、二重の弁済の危険はないはずなのではないか、というのが提起された疑問だからです。
 この点について、教科書等ではっきりとした説明はありませんでした。この点(債務者が弁済先について不安定な地位に置かれるという前提は疑わしいのではないかという疑問点)に関して、「判断に迷った債務者は譲受人に弁済をすれば免責されるではないかと理論的にはいえるが、現実の事案に直面したときには、そう簡単に理論的に押せるものではないのだろう。」(潮見佳男・前掲書)という記述はありました。これでは説明になっていません。
 上記の疑問に直接答えるものではありませんが、466条の2を新設した趣旨を推測することができる、次の解説がありました(筒井健夫ほか編『一問一答 民法(債権関係)改正』166頁以下)。
 前提として、2017年民法改正以前は、債権譲渡制限特約がある場合、譲受人が悪意・善意重過失であるときは、譲渡人が唯一の真正の債権者であり、譲受人が善意無重過失であるときは、譲受人が唯一の真正の債権者でした。そこで、改正前の確立した実務として、同特約がある場合において、譲受人の同特約に関する認識を債務者が知ることができないときは、「債権者不確知」を理由として、債務者は供託ができるという処理が定着し、実際にも広く利用されていたとのことです。
 改正後、債権譲渡制限特約があっても、譲受人には常に有効に弁済できる仕組みに変わりましたから、「債権者不確知」として処理する、以前の供託実務の解釈はもはや維持できません。「しかし、新法の下においても、譲渡制限特約が付されていることを譲受人が知っていたかどうかによって債務者が有効に弁済することができる相手方は異なるため・・・・・・、旧法下と同様に、供託によって弁済の相手方の判断を誤るリスクを回避させる必要性がある。」との指摘があります。
 ここには、「債権譲渡制限特約がある場合の債権譲渡の際は、債務者は、供託ができる」という供託実務の連続性を重視する姿勢が読み取れます。すなわち、たしかに、改正によって、同特約があっても、譲受人に弁済すれば必ず債務を消滅させられるという扱いに変わりましたが、「債権譲渡制限特約がある場合は、債務者は、供託をすることで面倒を回避できる」、という供託実務への信頼は強固なものであり、その信頼に応えなければならないと考えられたのだろう、という推測ができます。
 以上の推測が合っているとすれば、たしかに、理論的には、特別の供託制度を新設する理由が今ひとつ明確でないことは否めませんが、しかし、供託実務の連続性を保つことで、改正による余計な混乱はできるだけ生じないようにしたいという狙いは、現実的で適切な配慮に基づくものであるといえます。
 以上が調べたことを基礎にして回答できることですので、参考にして下さい。
 なお、私は、自分の見解として、次のようにもいえるのではないか、と考えます。個人的意見ですが、折角なので述べておきます。
 もし、466条の2の供託の制度がないとすると、466条3項が債務者に与えている、債権譲渡制限特約について悪意・善意重過失である譲受人に対する支払拒絶権が、制約されてしまうおそれがあるように思います。というのは、もし466条の2がないとすると、譲受人が実際には特約について悪意・善意重過失であったのに、債務者に対して、「私・譲受人は、譲受けの時点では善意無重過失であった。したがって、債務者は、私・譲受人にしか弁済できない。譲渡人に弁済すると二重払いのリスクを負うことになるぞ。」とおどしをかけることができてしまうように思います。このようなおどしをかけられると、債務者は、(譲受人の悪意・善意重過失について確信をもてる証拠でももっていない限り)事実上譲受人への弁済を強いられることになり、そうすると、466条3項が定める、債権譲渡制限特約について悪意・善意重過失である譲受人に対する債務者の支払拒絶権が不当に制約されてしまいます。これに対して、466条の2があれば、譲受人が先のようなおどしをかけても、債務者は「そんなリスクがあるなら、じゃあ供託するよ。」と対応する可能性が高いです。すなわち、466条の2には、譲受人の先のようなおどしの力を削ぐ作用があるのではないか、と考えます。

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