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【まとめ】映画版ドラえもんの世界史

世界各地への取材旅行に足繁く通ったことでも知られる藤子・F・不二雄。今回は、その代表作ドラえもんの映画版(今回は藤子・F・不二雄存命中の大長編)の中から、世界史との接点のある作品をピックアップし、ポイントを探していきましょう。


〔1〕ドラえもん のび太の宇宙開拓史(1981年)

のび太の部屋の畳の下が、超空間のもつれで、宇宙船のドアとつながった!?
宇宙船の中にいたのは、地球から遠くはなれた惑星、コーヤコーヤ星の住人、ロップルくんとチャミー。のび太とドラえもんは、思いがけない大宇宙旅行をして、コーヤコーヤ星にいくことになった。

 「コーヤ」というのは荒野(こうや)、19世紀アメリカの西部開拓時代がモチーフです。

 題材となった西部劇映画「シェーン」(1953)は、南北戦争中に出されたホームステッド法により西部に移住した開拓農民たちが、私有地を拡大しようとする牧畜業者との間で対立する状況を描いたもの。

 牧畜業者は「大企業・ガルタイト鉱業」、コーヤコーヤ星に移住し始めたばかりの開拓住民たちの味方となる用心棒シェーンが、本作ではのび太の役どころとなっています。

ラストの「シェーーーン! カムバーーーック!」が有名なセリフですね。

 なお、牧畜業者たちが自らの土地を囲い込もうと盛んに設置していったのが「有刺鉄線」(ゆうしてっせん)です。

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〔2〕ドラえもん のび太の大魔境(1982年)

のび太は、秘境の探検をするために、ドラえもんのひみつ道具で秘境探しをするが、それは膨大な航空写真から探し出すというものだった。そこにあらわれたのは、のび太がひろってきた一匹の子犬、ペコ。ペコは、アフリカのコンゴにある謎の巨大石像を、航空写真から探し出した。

探検の舞台の「ヘビースモーカーズフォレスト」はコンゴ盆地にあるといわれた秘境。
その全貌は、米ソの打ち上げた人工衛星によっても捉えることができないものでした。
なお、当時のコンゴ盆地を支配していた国の名前は「ザイール共和国」です。


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〔3〕ドラえもん のび太の海底鬼岩城(1983年)

藤子・F・不二雄書き下ろし原作による、劇場版『ドラえもん』第4弾がDVDで登場する。テキオー灯と水中バギーを使った海底キャンプで夏休みをすごすドラえもんとのび太たち。水中散歩を楽しんでいると沈没したはずのサンタフラメンコ号が現れる。

こちらも米ソ冷戦による”核戦争の危機”が色濃く反映された内容です。

これは超古代に存在したと『ムー』などで信じられているムー大陸(ムー連邦)と、アトランティス大陸(アトランティス連邦)が、ソ連とアメリカに見立てられ、核兵器による最終戦争の結果、文明が崩壊された様子が描かれています。

舞台となっているのは、こちらもオカルト界隈で有名なバミューダトライアングル。大西洋からカリブ海にかけて、船が謎の難破を遂げるといわれる恐ろしい海域です。無風となりやすいことのほか、藻が多く分布していることが難破の原因ともされ、大航海時代のコロンブスの記録にも「藻」のことが報告されています。

なお数千年前に軍拡競争の結果滅んだアトランティスの「鬼岩城」に残された「自動報復装置」の名は、ギリシア神話の海神「ポセイドン」です。


〔4〕 のび太の魔界大冒険(1984年)

藤子・F・不二雄書き下ろし原作による、劇場版『ドラえもん』第5弾がDVDで登場する。ドラえもんに頼んで魔法の国へ行ったのび太たちは、魔物たちの支配する魔界が地球に迫っていることを知る。地球滅亡の危機を救うため、のび太は立ち上がった。

17世紀にニュートンやケプラーが繰り広げる「科学革命」の時代ごろまで真剣に研究されていた「魔法」に題材がとられています。
出来杉くんの説明するように、「魔法」は魔女の介在する不吉なものとして「魔女狩り」などを通して弾圧される対象となったわけですが、魔法の研究(錬金術)が化学の発達に貢献した側面もあります。

魔界へのルートを記した書物『魔界歴程』の元ネタは、ピューリタン文学のバンヤンにより書かれた『天路歴程』でしょう。『天路歴程』の影響を受けたC・S・ルイスの『ナルニア国物語』からも影響を受けていることは、『魔界歴程』の著者が「ナルニアデス」という設定からもうかがえます。

ほかにメジューサ(メデューサ)や人魚のセイレーン(スターバックスのロゴのモデル)など、西洋の伝説上の神や怪物などがふんだんに使われています。ちょっと怖いですね。


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〔5〕のび太の宇宙小戦争(リトルスターウォーズ)(1985年)

藤子・F・不二雄描き下ろし原作による、劇場版『ドラえもん』第6弾がDVDで登場。反乱軍から逃れるために地球にやってきたピリカ星の大統領・ハピに出会ったのび太たちはハピをかくまうが、反乱軍はしずかちゃんを人質にとり降伏を迫ってきた。

イギリスのスウィフトによる小説『ガリヴァー旅行記』に登場するリリパット国が下敷きです。

軍事クーデターで権力を掌握した独裁者ギルモア将軍の描写は、冷戦下における東側諸国の軍事独裁政権を彷彿とさせます。

全土に張り巡らされた情報機関・PCIA(ピシア)は、まさに「ビッグブラザーがあなたを見ている」といった描写。
それに対するレジスタンス(抵抗運動)にドラえもんたちが関わっていくというストーリーでした。


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〔6〕のび太と鉄人兵団(1986年)

どこからか送られてくる巨大ロボットの部品。のび太たちは、秘密の鏡の中の世界で組み立てて遊んでいた。
ところがある日、このロボットの持ち主だという、謎の少女リルルがあらわれた。
リルルは実は、最高度に進化したロボットの住む星、メカトピア星の使者だったのだ。
メカトピア星のロボットたちのねらいは、地球征服!!

ロボットの少女リルルとのやり取りは、ドラえもん大長編に通底する「ヒューマニズム」の真骨頂です。
しばしば見られる「旧約聖書」のモチーフは、本作でも鍵を握っていました。


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〔7〕のび太のパラレル西遊記(1988年)

西遊記で語られる孫悟空は自分に似ていると、どういうわけか信じているのび太は、タイムマシンで昔の中国にいってみる。
すると、そこには、本当にのび太にそっくりの孫悟空がいたのだ。
話を信じないジャイアンたちを連れて、のび太はタイムマシンで再び昔の中国へ。
しかし、今度はどうしても会えない。そこでドラえもんが「ヒーローマシン」を出した。

言わずと知れた中国の古典『西遊記』がモチーフのストーリー。7世紀の唐の時代のシルクロードが舞台で、天竺(インド)への旅をする三蔵法師(玄奘三蔵)がしっかりと「男性」として登場しています。



〔8〕 のび太の日本誕生(1989年)

学校でも家でも、しかられてばかりでいやだと、家出を決意したのび太。
それにみんなが加わって、いやな事から逃れようと全員で家出。
行き先はまだ人間のすんでいない7万年前の日本。その時起きた、時空乱流。
のび太たちには何事もなかったが、7万年前の世界にすむ少年ククルが、時空乱流にのみこまれ、のび太たちがすむ現代に来てしまう。

7万年前の後期更新世の日本が舞台。誰にも邪魔されない夢の国を建設しようとしたのび太たちが、「クラヤミ族」に襲撃された「ヒカリ族」の生き残りの少年と出会うことで物語が始まります。ヒカリ族の出自は現在の中国の和県付近に住んでいた人類という設定で、ドラえもんやタイムパトロールによって、日本列島への移住を助けられます。現在では日本列島に住んだ最古の人間は3万年前頃のことと考えられています。
なお「クラヤミ族」が崇拝するギガゾンビの手下であるツチダマは「遮光器土偶」ですね。

なお、時空乱流という「神隠し」の歴史的実例としてドラえもんが挙げるのは以下の事件。

・1593年10月 マニラ知事官邸を警備中の兵士が、いつのまにかメキシコの宮殿前に立っていた。14400キロの空間をとびこえたわけだ。このことは2か月後、マニラからの船でたしかめられた。

⇒マニラは1571年にフェリペ2世統治下のスペインが建設した都市です。
 メキシコもスペインが植民地化していました。
 この事件はこれですね。

どういうことなんでしょうか...。

・1809年11月 オーストラリアでイギリス大使が消えた。秘書や従者の目の前のできごとだった。

⇒当時のオーストラリアはイギリスの植民地。

・1913年 有名な作家アンブロース・ピアスがいきどまりの洞窟に入っていったきり二度と現れなかった。

⇒アメリカの作家は南北戦争の戦跡をたどる旅に出て、そのまま革命中のメキシコに潜入し、パンチョ・ビリャ(下の写真)の軍に同行。その後、失踪したようです。その理由は「神隠し」以外にも諸説あります。

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・1915年8月 トルコのガリポリ半島でイギリス軍のいち舞台が丘の上で雲につつまれ消滅した。

・1937年12月 長江の橋のたもとで作戦行動中の中国兵3000名が行方不明。


このシーン、怖かったですね。


〔9〕のび太とアニマル惑星(プラネット)(1990年)

夜、家の中でピンク色のもやの中に迷いこんでしまったのび太。
その先には森が広がり、そこでのび太が見たのは、地球人と同じように話したり歩いたりする、イヌやブタやクマの顔をした子供たちだった。
夢を見たのだろうと、みんなには言われたけど、持ち帰った花も確かにあるし、のび太にはどうしても夢とは思えない。
そして、また夜がやってきた…。

もはや住めなくなってしまった惑星から、動物たちの暮らす惑星へと植民・侵略しようとする「ニムゲ」(=つまり”人間”)の物語。

なんてひどい奴らだと感情移入して見ていたら、実は自分たち「人間自身だった...」という、文明批判モノです。

なお、動物たちの暮らすアニマル星の創世神話では、神が「星の船」に乗って現れ、光の階段を星間にかけて、悪魔を払って動物を移住させたとされています。
このシーンはなんとも宗教(アブラハムの宗教)的でした。

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〔10〕のび太のドラビアンナイト(1991年)

ドラえもんのひみつ道具「絵本入り込みぐつ」。開いた絵本のページに入り、まるで本物の世界のように、目の前で絵本の話を楽しめるのだ。
ところが、みんなで楽しく遊べるはずだったのに、ジャイアンとスネ夫がたくさんの絵本のページをばらばらにしてしまったために、
いろいろな話がごちゃごちゃに混じってしまう。そして、ついに大変なことが…。

言わずと知れた「アラビアンナイト」がモチーフです。
シンドバッドやアリババのほかに、実在の人物としてハールーン・アッラシード(アッバース朝のカリフ)が登場するところは見ものです(本作のおかげで一時期、知名度が上がったのでは)。

映画に実在の人物が登場するのは、「パラレル西遊記」の三蔵法師と、ドラビアンナイトのハールーン・アッラシードの2人だけです。

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〔11〕のび太と雲の王国(1992年)

天国の存在を信じるのび太。
みんなにはバカにされたけど、ドラえもんは自分たちの天国、雲の上の王国を造ろうといってくれた。
そこで、スネ夫たちの力も借りて、ついに雲の王国を誕生させることができる。
ところが、そこへ謎の円盤が侵入。のび太たちは、雲の上の世界にすむ、地上の人はちがう人々のことを知ることになる。

ブラジルで開催された「地球サミット」の年に公開された本作は、人間の際限なき環境破壊に対し警鐘を鳴らすストーリー。


旧約聖書の有名なエピソードが盛り込まれています。
天上世界の「絶滅動物保護州」では、かつてモーリシャスに生息していた飛べない鳥ドードーや、アホウドリ、フクロオオカミといった動物が保護されているという設定です。


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〔12〕のび太とブリキの迷宮(ラビリンス)(1993年)

のび太のパパのところに届いた不思議なトランクを明け、飛び出してきた門を通り抜けたのび太とドラえもんは、働く者は全て“ブリキのおもちゃ”というブリキン島にまぎれこむ。ところがドラえもんがロボット皇帝ナポギストラーの軍隊の捕虜になってしまい大変な事に!のび太たちは無事助けることが出来るのか!?期間限定生産。

ラビリンスというのは、古代エーゲ文明のクレタ文明の宮殿「ラビリントス」(迷宮)がモチーフです。
独裁者ナポギストラーの元ネタはもちろんヒトラーですね。

ロボットに依存しきった人間たちを批判的に描く、文明批判モノでもあります。


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〔13〕 のび太と夢幻三剣士(1994年)

「気ままに夢見る機」で、「夢幻三剣士」の夢世界にやってきたのび太。
ところが、そこは、妖霊大帝オドロームが率いる、妖霊軍に侵略されていた。
伝説の英雄、白銀の剣士ノビタニヤンとなったのび太は、ジャイトス、スネミス、シズカールの三剣士と、魔法使いのドラモンとともに、立ちあがった。
オドロームを倒して、夢世界を救うのだ。

 「三銃士」は「ディズニーの世界史」でも紹介したように、ルイ13世時代のフランス王国が舞台です。
 デュマ『三銃士』はダルタニアンが銃士になっていく物語『ダルタニャン物語』の第一部(全3部。私は読んだことありませんので、知りませんでした)

 ノビタニヤン → ダルタニャン
 アトス・ポルトス・アラミスの三銃士 → ジャイトス、スネミス、シズカール(ここだけうまくハマりませんでした)

 謎の多い作品の一つです。 
 
 


〔14〕 のび太の創世日記(1995年)

ドラえもんが取り寄せた「創生セット」で創った、新地球。
のび太は、この地球を観察して、夏休みの自由研究にするつもりだ。
「進化退化放射線源」を使って、生物の進化を促したりして、のび太の地球は順調に育っているように見えた。
だが、この世界は、どうも様子がおかしい。なんと、独自の進化をとげた、昆虫人が出現。
はたして、地底に何が隠されているのか。

 日本や世界の歴史をモチーフにした演出の多い映画です。

 まず「創世セット」は宇宙をつくるひみつ道具ですが、冒頭は『旧約聖書』の「創世記」そのものです。
 のび太のつくった「新地球」の発展は、実在の地球の歴史とパラレルに進行していきました。このへん「火の鳥」のようでもあります。

 まず、日本の弥生時代に相当するところではヒメミコと呼ばれる老婆の巫女がいます。卑弥呼がモデルでしょう。

 明治期の日本に相当するところでは、「野美コンツェルン」という大企業が登場し、南極探検を模索。その過程で、実際の地球とは異なる「新地球」の発展が明るみとなります。

 ストーリーは対象の子どもたちにとっては複雑ですが、地球の誕生と人類の歴史が ”もしももう一度シミュレーションできたなら” どのようであり得ただろうかと迫る本作は示唆的です(興行的には失敗)。
 歴史的な視点は、宇宙に舞台を移した次々を経て、さらにタイムスケールを遡った次々作へと継承されていくこととなりました。


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〔15〕 のび太と銀河超特急(エクスプレス)(1996年)

96年に公開された、ドラえもんの長編第17作目。22世紀のミステリートレイン“銀河エキスプレス”で宇宙の旅に出かけたドラえもんやのび太たち。しかし、宇宙征服を企む宇宙人・ヤドリーがスネ夫の体に乗り移り、ドラえもんたちは窮地に陥ってしまう。

宮沢賢治の代表作「銀河鉄道の夜」をテーマにした作品ですが、鉱産資源が枯渇し衰退していた星群をテーマパーク(「ドリーマーズランド」)で盛り上げようという、プラグマティックな話です。
「西部の星」に登場する19世紀アメリカ合衆国の「西部劇」は、映画版に何度も取り上げられるモチーフです。 


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〔16〕のび太のねじ巻き都市(シティー)冒険記(1997年)

藤子・F・不二雄氏は、この作品の漫画連載中に逝去しました。

当時話題となっていた火星由来の隕石を切り口に、”生命はどこからやって来たか”という問いへと引き込まれます。


ドラえもんとのび太の冒険を切り口に、世界の歴史はおろか生命の歴史にまで迫るストーリーの鍵は、「種を蒔く人」が握っていました。

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いかがでしたでしょうか。「子ども向け」の映画という体裁をとりながら、藤子・F・不二雄氏の「歴史好き(特に恐竜と西部劇とメルヘン)」「文明批判(S.F.的描写)」「ヒューマニズム(人類と神)」が随所に見られる映画版ドラえもん。改めて観てみると面白いかもしれません。

このたびはお読みくださり、どうもありがとうございます😊