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バナナマン設楽、「コント師は二度売れなきゃいけない」を自ら体現するきっかけとなった『リンカーン』ショック

2024年3月20日放送のMBSラジオ系のラジオ番組『アッパレやってまーす!水曜日』で、ケンドーコバヤシとアンガールズが、「一躍ブレイクして旋風を巻き起こす」売れ方と「ジワジワ」という売れ方について語っていた。

ケンドーコバヤシは「ジワジワ」タイプであるという話題の後、バナナマンも「ジワジワ」という売れ方をしたと指摘されていた。

バナナマンと言えば2003年以降『内村プロデュース』に不定期に出演し、2005年には『めちゃイケ』笑わず嫌い王で一躍知名度を上げ、さらには同年の『Qさま』での「コンビ解散ドッキリ」は大きな話題となった。

日村勇紀の「子供の頃の貴乃花のモノマネ」などキャッチーなネタもあったが、「旋風」というよりはやはりジワジワと売れていったタイプであろう。だが、そんなバナナマンはコンビ結成から「完成」されていた、と最も身近にいた放送作家のオークラは次のように語っている(*1)。

コント師バナナマン

「先ほど日村さんが、『設楽さんが変わってない、昔から』って言ってたんですけど、なぜ変わらないのかっていうのが多分、バナナマンってのは設楽さんが最初に『こうしたら面白いんじゃないか』ってものを、日村勇紀がそれをまんま面白くしてしまったっていう奇跡があって」

「一発で。で、バナナマンってさっきも言いましたけど、三本目のネタで、もう爆笑をとっているんですよ」

「だから、音楽でもお笑いでも同じだと思うんですけど、自分が若い頃、こういうのやりたいなって思って、いざ作って客前に出ると、全然思った通りにならない。でも、バナナマンは一発目からそれをやれちゃったっていう。それを当時、『バナナマンショック』と、僕は勝手に名付けているんですけど」

「面白くするために、色々と試行錯誤をしてっていうのなのに、バナナマンは一発目からそれができたから。もう、若手がみんな騒然としたっていう」

当初からネタに定評があり、日村・設楽のキャラクター性もある。だが、そこから10年近く現在のようなテレビ番組での活躍は出来ない状況が続いた。この点について、設楽の「コント師は二度売れる必要がある」という言葉が表しているように思う(*2)。

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