九州・四国地方の石造物⑩:崇福寺笠付角柱塔(黒田如水の墓)

名称:崇福寺笠付角柱塔

伝承など:黒田如水の墓

所在地:福岡県福岡市博多区 崇福寺


太宰府の古刹・崇福寺は、江戸時代になって福岡藩主黒田家が同寺を菩提寺としたことから博多に移転し、現在も境内には福岡藩主黒田家の歴代墓所がある(一部の藩主は同じ福岡市の東長寺にある)。

藩主の墓所はいづれも笠付の角柱塔で、大名家の墓所に相応しい巨大な墓塔であるが、その中でも墓所中央に建つ藩祖・黒田如水の墓(三枚目)は一際目を引く。

如水は播磨の土豪から身を起こし、豊臣秀吉に仕えて功績があり、豊前中津の城主となり、子の長政の代に黒田家は関ヶ原の戦いの功により筑前福岡五十二万石の太守となった。

如水は諱を孝高、通称を官兵衛と言い、小説やドラマでは秀吉の参謀として描かれることの多い人物で、フィクションの影響で法号の如水や通称の官兵衛の方が通りが良い(個人的な印象であるが、かつては「如水」の方が一般的であったが、近年は書籍などで「官兵衛」として紹介されたことに加え、如水を主人公にした2014年の大河ドラマのタイトルが「軍師官兵衛」だったために現在では「黒田官兵衛」が最も通りが良いように思う)。

如水の墓塔の四面には、博多聖福寺の僧・景轍玄蘇の撰文が刻まれており、如水没後まもなく造立されたものとされるが、石塔の形式からは実際に江戸初期のものかどうかはよくわからない。

笠付の角柱塔は富裕農民の墓塔として寛永年間くらいから例が見られるので、それ以前の大名家の墓塔として採用されていてもそこまで違和感はないが、如水以外は墓塔は福岡空襲で一度損壊したものを戦後に再建したものであるため、墓所内に比較事例がなく、現状では確言出来ない(四枚目は戦後に再建された長政の墓で、長政は東京の祥雲寺や京都の大徳寺龍光院にも墓塔が存在する)。

なお、この石塔の写真は前述の2014年の大河ドラマ「軍師官兵衛」放送に合わせて特別公開された際に撮影したものである。

長らく墓所は黒田家が管理していたために非公開であったが、現在は土日祝日のみ一般に公開されている。


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九州・四国地方の石造物

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