時代劇レヴュー⑦:田原坂(1987年)

放送時期:1987年12月30日、31日

放送局など:日本テレビ

主演(役名):里見浩太朗(西郷隆盛)

原作・脚本:杉山義法


日テレ年末時代劇スペシャルの第三弾にして、シリーズ最長編の前後編あわせておよそ六時間に及ぶ長編で、シリーズの最も充実していた時期の作品である。

西郷隆盛を中心に幕末から維新にかけての薩摩藩の群像を描いた作品で、タイトルこそ西南戦争の再激戦地の「田原坂」であるが、実際は西郷の伝記的ドラマとなっている。

これは私の憶測であるが、おそらく「忠臣蔵」「白虎隊」ときたので、同じ三文字タイトルで統一しようとしたのではないだろうか(事実、以後最終作を除き、年末時代劇シリーズは皆三文字のタイトルである)。

里見浩太朗がぎりぎりまで増量して西郷隆盛を好演し、副主人公とも言うべき大久保利通の近藤正臣もはまり役で、この両者の友情と確執を軸に、征韓論から西南戦争のあたりは時間をかけてかなり丁寧に描いている。

西郷は過去に二度もNHKの大河ドラマの主人公に取り上げられているが(そのうちの一作、1990年の「翔ぶが如く」は大久保利通とのダブル主人公)、それらがどちらかと言えば幕末期の西郷に比重が置かれているのに対して、本作は征韓論に敗れて下野するまでが前編で、後編はほぼ全編が西南戦争に割かれており、明治以降の西郷の後半生にスポットが当たっている点に特徴がある。

本作品の印象を書けば、非常に良く出来た作品と言うのに尽きるであろう。

ドラマとしても丁寧であるし、キャストにもほとんど違和感がなく(個人的に唯一気になったのが、露口茂演じる島津久光で、沈着で知性派と言う印象の役を演じることの多い露口が、声を荒げるシーンが多かったのは何となくしっくり来なかった。まあ、久光自身はかなりの教養人なのであるが)、マイナーな人物、エピソードも余さず拾っているあたりもヴェテラン杉山義法の面目躍如と言った感がある。

杉山義法はこの作品はよほど気合を入れて書いたのか、日テレ年末時代劇の中では最も史実に忠実な作品で、杉山脚本にありがちなリリカルなシーンはあれど(後、個人的には川路利良がやや過剰に悪玉にされているような印象があった)、管見の限り前年に放送された「白虎隊」みたいな時系列の乱れや事実誤認等の基本的なミスがほぼないのは特筆すべき点だと思う(ごくわずかな史実との相違を挙げれば、椎原国幹と椎原国紀を混同していること、西郷隆盛の従僕で、明治中期まで存命であった永田熊吉が西南戦争の終盤で戦死したことになっていること、あるいは細かい点では、別府晋介が城山の時に足を負傷していない所など)。

他の民放各局の制作した時代劇、もっと言えばNHK大河ドラマまで範囲を広げてもトップクラスの史実の忠実さを持っていて、歴史ドラマの基準となる良策と言うべき作品である。

キャストついててもう少し掘り下げると、西郷・大久保以外では、佐藤慶演じる岩倉具視がこれまたはまり役で、一際印象に残った。

また、ほんのちょっとしか登場しない人物にも、坂本龍馬役の竹脇無我、龍左民役の森繁久彌、勝海舟役の萬屋錦之介など豪華な配役を当てていて、年末の出し物らしい贅沢さも良い。

個人的に気になった所を言えば、特に終盤の西南戦争の描写では戦闘シーンがやたら多く、ドラマとしてはやや退屈なものになってしまった点が惜しまれる。

ただこれは個人的に好みが分かれる所であろうし、また杉山義法自身がドキュメンタリータッチで描くことを意図していたようなので(一坂太郎談)、あまり突っ込んでも意味がないかも知れないが。

もう一つ、これは別に不満と言うわけではないが、これだけの長編であってもなお所々では「時間が足りなかった」ようで、杉山義法によるノベライズ版(『小説・田原坂』角川文庫、現在は絶版であるが古書店などで比較的容易に入手出来る)を読むと、当初の構想からカットされたと思しきシーンがちらほら見られた。

島津忠義(演・三田明)や、市来六左衛門(西郷隆盛の義弟、演・井川比佐志)などは、それなりに著名な俳優を当てているにもかかわらず、登場シーンがほとんどない(忠義に関しては台詞すらほぼない)あたりは、このカットの割りを食ったのであろうか。

なお、ついでにかなり細かいことを突っ込めば、市来六左衛門は第二部には登場しないが、何故かエンディングでクレジットされており、同様に第一部では大山綱良役の丹波哲郎、西郷菊次郎役の坂上忍など数名、第二部では井川の他に龍石千代役の山岡久乃など、本編に全く登場しない俳優がクレジットされていて、同シリーズ中でもクレジットの乱れが目立つ作品であるが、私はDVD版だけで本放送を見ていないので、あるいは放送時とソフト化されたものとでは微妙に編集が異なるのかも知れない(ちなみに同シリーズ第一弾の「忠臣蔵」は、放送時とソフトとでは編集が異なる)。

いづれにせよ、テレビ時代劇の黄金期の作品と言うことを感じさせるハイクオリティな作品であり、諸々を考えるともうこれを超えるような作品を民法の時代劇で作るのは無理なのかも知れない。

なお、本作品はソフト化がなされており、現在でも視聴が容易な作品である。


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