見出し画像

【最終回】FSLトライアウトで見えたバトルの課題|戦極・MC正社員と振り返るバトル史【第五章】

この対談も、そのキッカケとなった現在まで戻ってきました。FSLトライアウトといった新しいイベント、エンタメ枠と呼ばれるMC達の登場。在り方を問われるバトルシーン。その是非を考えるためにMC正社員と振り返ってきた、戦極とShowbizとしてのMCバトルの歴史。いよいよ、最終章です。



【第5章|2023~】
新人発掘が課題のシーン。
スポーツ化!?エンタメ化!?
正社員は、その未来に何を見るのか

シーンは人材不足に悩んでいた

アスベスト(以下、アスベ)「いよいよ最後の回ですね」
MC正社員(以下、正社員)「ね、なんだかんだ楽しかったね」
アスベ「今日は話題が話題だけに楽しいか分からんけどね」
正社員「まぁ、答えられる範囲で答えていきますよ」

アスベ「前回はコロナ禍の中でもバトルシーンは成長していったって話でしたけど」
正社員「うん、戦極・武道館、凱旋、バトルサミット、苦しい中でも規模を拡大できたよね」
アスベ「一方でシーンが停滞している様にも感じていたんですけど。特にここ1,2年くらい」
正社員「それ、よく言われるんだけど、少なくとも規模やレベルという意味では停滞はしてないよ。会場は大会を問わず大きくなる一方、メディアからの注目度も高まる一方だからね」
アスベ「つまり停滞感は錯覚ってこと?」
正社員「うーん…多分、顔ぶれがあまり変わらなくなったからそう感じるんだと思う」
アスベ「いわゆる“いつめん”現象ですか?」
正社員「うん。トッププレイヤーの入れ替えが起きにくくなったよね」

新人発掘イベントは難しい

  
アスベ「要は、新しいスターが出てこなくなってしまったってこと?」
正社員「そう言うと、MC側の責任みたいに聞こえるけど、構造的な問題の方が大きいかな。主要団体とか高ラ級のイベントでもスター発掘がなかなかできなくなっていった」
アスベ「高ラといったら、T-Pablow氏をはじめスター発掘の聖地みたいな大会ですが…」
正社員「でもさ、どんな大会も回数を重ねるほど、優勝者の数も増えていくわけで、数が増えれば増えるほど、正直その有難みも減っていくわけで…加えて最初のスターと、それに憧れた後続組では、素質的な差はどうしても生じる」
アスベ「なるほど…確かにそれはUMBとかでも起きた現象だからね。構造的な問題だね」
正社員「うん、だから高ラ優勝者というブランドだけでスターになることが難しくなったね」

アスベ「その他の主要団体も、新人発掘のための大会はやったの?」
正社員「いや、めちゃくちゃやりましたよ」
アスベ「でも、良い人は出てこなかった?」
正社員「そうではない。将来的にスターになりそうな人はいたと思う。たとえばバトル以外で、いつか音源で売れそうだなって人はいたよ。ただ、バトルでの即戦力人材という意味では、なかなか見つからなかった」
アスベ「バトルでの即戦力人材というと、今までの人だと誰がそうなの?」
正社員「たとえば Authority とか MU-TON、Novel Core、ID、ミメイ…彼らはバトルシーンを一気に駆け上っていくイメージが湧いたんだよね。多分バトルが一般化して、尖った人がバトルに出なくなっちゃったのもあるかも」
アスベ「でもバトル人口は増えてるわけじゃない?ず~っと地道に発掘を続けてれば、いつかは見つかりそうなもんだけど」
正社員「それもね、難しかったんだよ。ぶっちゃけて言ってしまうとさ、新人発掘イベントをやってもね、全然お客さんが入らなかったんですよ。要は赤字だったんです」
アスベ「いやでも、メインの戦極で採算とればいいじゃないですか」
正社員「あなたね~メインの戦極にいくらかかると思ってるのよ。儲かってないって言ったら嘘だけど、赤連発できる程は余裕無いですよ」

本戦を32人制に戻せばよいのでは?

アスベ「う、素人考えでした…じゃあいっそ戦極本選に新人候補を出すのは?今は16人制だよね。昔みたく32人制でやればいいのでは?」
正社員「それはもちろん考えたし、俺も本音ではそうしたいんだよ。やっぱバトルが好きだから、色んなMCの色んな試合が見たいわけさ」
アスベ「ってことは、これも事情がある?」
正社員「色々あるんだけど、さっきの話の続きで言うとギャラの問題。コロナを挟んだとはいえ、バトルMC自体の価値は上がる一方だから、ファイトマネーが膨らんできたのはある」
アスベ「なるほど。喜ばしいことではあるけど一大会あたりの人数は絞る必要がありますね」
正社員「あと何よりね、大会のクオリティーの問題が大きかったんだよね」
アスベ「16人制 の方が、大会のクオリティーが上がるってこと?」
正社員「うん。俺はバトル狂いだからそんなに感じないんだけど、バトルを初めて見るお客さんにとって、 32人制 は長過ぎるんじゃないかってのは、昔から言われてたんだよね」
アスベ「確かに…Dis4U とか出て思ったけど、1 回戦終わると結構お客さん、疲れてるもんね」
正社員「それでコロナ禍があってさ、感染対策的な事情もあいまって16人制大会が主流になったんだけど、確かにイベントが中だるみすることが無くなったんですよ」
アスベ「なるほど。特にシーン拡大がミッションの戦極などの大会では、新規ファンが楽しめるかどうかが重要ですからね」

バトル以外にも売れる道が増えた

正社員「あとMC達にとってもバトルがスターになるための最短ルートじゃなくなったよね」
アスベ「ラップスタァ誕生とか、力のあるオーディション番組も出てきましたからね」
正社員「うん。バトル人口が増えたってことは、すそ野が広がったってことだと思うんだよ。でもすそ野が広がるってことは、標高が高くなるって意味でもあってさ」
アスベ「それをふもとから上るってのは、確かに遠回りかもしれませんね」
正社員「うん、ふもとの…言っちゃえば本当に小さな地方の大会に出てさ、そこで勝って、主要団体の大会に出て、また勝って、みたいなのは効率的ではないよね。特に元々、音楽的な才能がある人にとっては」
アスベ「確かにね…バトルと音源・LIVEって両立できる人もいるけど才能が一致するとは限らないですし、両方やる事で半端になってしまう人もいるもんね」
正社員「少なくとも、のし上がることを真剣に考えているMC達がバトルに流れてくる割合が減ったのは確か。これは今バトルに出てるMC達への批判ではなくね」
アスベ「そうですね。別にのし上がることだけがHIPHOPじゃないですしね、ただシーンを盛り上げてくれるような人材の出現する可能性という意味では…」
正社員「うん。厳しくなったと言えると思う」

漂う危機感、各大会も色々手を打った

アスベ「そうした危機感は、各主要団体やシーン全体も感じていた?」
正社員「コロナ禍に入る前から感じていたと思う。だからみんな、色々と新人発掘の道を探ったんだよ。激ラとかはその代表例だし、派遣社員も U-18 のバトルを始めたりしてたね。俺もコロナ禍ながら戦極甲子園っていう、高ラの代わりのイベントやったりしてたんすよ」
アスベ「戦極、いろいろやってましたよね。俺がバトル復帰した真・戦慄 MC バトルは、バトルから離れた人材を呼び戻す試みだったし、戦極バトルタワーも、新人発掘的な目的が大きかったんでしょ?」
正社員「まぁ、俺自身が新鮮な MC バトルをやって、モチベ保ちたいってのもあったけど。バトルタワーとか、フライヤーからして俺の趣味全開だから。特に3は最高でしょ」
アスベ「確かにアレは凝ってましたねぇ」

正社員「ただこのバトルタワーもね…集客は今一歩だったんだよ。戦極以外のイベントもそうだと思うけど、外伝的な大会や予選って、ガクッと集客が減るんだよ」
アスベ「集客が難しい = 新人発掘の継続自体が難しい…ですもんね」
正社員「うん、そういう状況を何度か経験するとさ。投資して大規模大会を運営している身としては“いつめん”は頼みの綱なんだよね」
アスベ「集客も大会のクオリティーも守ってくれる安心感があるものね」
正社員「ある意味“いつめん”というトッププレイヤー達が出そろったことは、シーンの財産であると同時に、壁にもなったわけですよ」

バトルだけで食える世界線を目指そう

アスベ「そこから主要団体は“バトルだけで飯が食える世界線”を見据えはじめるわけですね」
正社員「そう。結局、各大会がちまちま新人発掘をするのには限界がある。ならば優れた才能が、向こうからどんどん集まってくる様なシーンにならないと。そのためには、バトルだけで飯を食える世界線を実現するしかないと」
アスベ「正社員くんが、バトルに関わる様になってからずっと夢見てきた世界ですよね」
正社員「そうだね。バトルシーンの主要団体が、俺がずっと思っていた方向と同じ方向を向いてくれたこと自体は、夢に近づいたという気もしている」
アスベ「たとえるなら、かつてJリーグ、最近ではBリーグが進んだ道ですね」
正社員「うん。そんな中でバトルサミットが開催され、FSLの開催が告知される」

アスベ「バトルサミットの開催は、どういう理由からなんですか」
正社員「最初は、バトルで食える世界線を目指すための一歩目…という感じかな。各主要大会が集まって、1000万円という、うまくすれば人生が変わる賞金を用意する。それを求めて、腕自慢達が集まる。これが実現できればキレイな流れだなという発想」
アスベ「なるほどね~、単なる景気づけじゃなかったんだねぇ」
正社員「結果的にはかなりの景気づけになったとは思うけどね。ジブさんを筆頭に、各世代のGOATに加えて、現行バトルシーンの猛者がそろった。バトル史上で言っても一番注目度の高かった、一番語られた大会じゃないかな」
アスベ「確かにあのメンツは凄かったよね…ジブさんvs漢さんは鳥肌立ったもんな」
正社員「関係者は皆めっちゃ本気でブッキングしましたよ。俺なんか、チプルソをブッキングするために、アポなしで大阪の自宅付近まで行って、何日か待ち伏せしたからね」
アスベ「あんた、いつか本当にチプルソくんに訴えられますよ」
正社員「ね、もう辞めます。すみません」

アスベ「そしてFSLですね。これはすごい試みだよね~」
正社員「そうだね。ランク付け・ポイント制・特定団体との契約MC、そうした諸々に伴う、MCに対する固定収入の保証…」
アスベ「正にバトルで食える世界線に近づいたわけだ。トーナメントじゃなくて、マッチメイク制にしたのも新しいチャレンジだよね」
正社員「うん、その方が、バトルを離れてHIPHOP界のスターになっているMCも出場しやすいからね。戦いにストーリーがあるというか、出場の必然性がある」
アスベ「バトル出場の必然性は“バトルを必要としなくなったバトル出身MC”にとって永遠のテーマだよね。あとマッチメイクだと同格相手だから負けても株が下がらないしね」
正社員「うん。MCの善意にすがるだけではなく、MCにとっても“戦う意義”を作れた」
アスベ「有名になったMCに対して、PR手段や収益源としてのバトルを成立させたわけだ」

アスベ「一方で、バトルがあまりにもスポーツ化しすぎじゃないかとの批判もありましたが」
正社員「分かるよ。ただ俺的には、やっぱりずっと夢見ていたバトルMCがバトルで食えるシーンに近づいたことの方が、重要だね。だからFSLの盛り上がりは嬉しい想いで見ていたよ」
アスベ「個人的には僕もそう思います。仮にバトルは音源・LIVEとは別物と考えたとしても、それでもバトルはもうHIOHOPシーンの一部だからね。バトルで食うことができれば音源・LIVEで稼げないMCも音源制作・LIVEを続けることができる。HIPHOPで生活ができる」
正社員「うん。加えて俺は、バトルしかしないMCも憧れの的になるシーンまで夢見ているからね…こう考えるとさ、やっぱり戦慄をはじめた2000年代とかに比べたらさ…ねぇ?」
アスベ「うん、あの頃に比べれば、賛否両論はあれど、豊かさは夢の様なレベルですよ」
正社員「それが分かってくれる人が少なからずいれば、俺も報われる思いですよ」

そして、FSLトライアウトなわけだが

アスベ「まぁここまでは分かるんですよ。で、あれですよ、問題の」
正社員「FSLトライアウト…ですよね?うん、語れる範囲で語ります」
アスベ「お願いします。まずは、企画の意図はどこにあったんでしょうか」
正社員「やっぱり新人発掘だよ。バトルサミットとかFSLは有望な新人が集まるシーンのベース作りではあったけど、あれをやったからってすぐ有望な新人が集まるわけじゃないので」
アスベ「わかります。だからこそ、オーディション的な企画が必要だったわけですよね。ただその中身がさ、ブレイキングダウン過ぎるだろうと。ありゃ炎上しますよ」
正社員「うーん、それがね、多分だれもあそこまで炎上するとは思ってなかったんだよね」
アスベ「関係者的には予想外だったと?」
正社員「うん。まぁ正直、1回戦は口喧嘩ですってのもさ、あれ審査員としてひな壇に座ってた人は、俺も含めて直前まで知らなかったんだよね。なんなら当日知ったくらいの勢いだよ」
アスベ「マジで?」
正社員「うん、だから俺もさ、正直マジで?とは思ったんですよ。でもさ、新人発掘という長年の課題をだよ、俺たち主要団体は解決できなかったわけだよ。つまり今までと同じやり方じゃ、どうやったって新しいスターは生めないんじゃないかと」
アスベ「だから、新しいやり方に賭けるのもアリなんじゃないかと思ったわけか」
正社員「少なくとも俺はそういうつもりであの場に臨んだ。他の人もそうなんじゃないかな」
アスベ「撮りが終わった後も、これはマズいんじゃないかって思わなかったんだ」
正社員「うん…FSLトライアウトってさ、マッチメイクが決まるまで全部1日で撮ったのよ」
アスベ「1日で!?ってことは、早朝から深夜までぶっ続けだ!?」
正社員「そう。だから撮影が終わった後はもう、MCも審査員も皆クタクタだったし、なんなら達成感すらあったんじゃないかな。冷静な頭の人はいなかったと思う」

アスベ「実際にマッチメイク全戦が終わってみて、どうでした?」
正社員「うーん、俺はやってみてよかったとは思っているんだよね。課題は残ったけど、やらないよりはやった方が良かったと思う」
アスベ「まぁね、詳細を知らされずに集まった純粋なMCだけは気の毒だが…結果的にはきばなくんやZ-TONくんなどの新人が出てきたしね」

正社員「そうだね。バトル主導のオーディション番組という枠組み自体には可能性を感じた」
アスベ「この企画に真っ向反対したきばなくんと、逆にフルコミットしたZ-TONくんという対照的な二人が記憶に残ったのは印象的だよね」
正社員「その辺はアスベストがあのしょっぱい動画で喋ってたことも当たってたね」


アスベ「しょっぱい言うな。ただ俺もねぇ、途中までは嫌いだったんだけど。今回の取材のために一応、全部見たんですよ。関連動画を」
正社員「どうだった?」
アスベ「梵頭さんvsZ-TONくんは感動した」
正社員「それは結構みんなに言われるな~」
アスベ「やっぱり、出場者にストーリーを背負わせるというのは大事なんだなと思ったよ」
正社員「そうだね。だから問題はやり方というか見せ方だったんじゃないかなと思ってるよ」
アスベ「ちなみに正社員くんが企画からやるなら、どういう感じにしました?」

正社員「うーん、あのジブさんの“バトルで人生変えるぞ!”みたいな最初の掛け声があったじゃん。あの世界観を崩さないまま、進んでいくような形にしたかなぁ」
アスベ「ほう?」
正社員「たとえば口喧嘩とかじゃなくて…ターゲットとなる有名MCとかを複数名用意しとくわけよ。で、名のあるMCと戦えるチャンス。だが各有名MCと戦える権利を手にできるのは一人だけ。エントリーMC達は、自分が戦いたいMCの名前を記入して箱に投下していく…」
アスベ「ふむふむ」
正社員「梵頭との戦いを、なんと8名ものMCが熱望。そこで梵頭は“いちいち一人ずつ見極めてられねえ、こいつとサイファーして力見せろや“と、クルーの若手を刺客として差し向ける」
アスベ「MCバトル版バチェラーみたいだね」
正社員「そうだね、そこである程度、先に進んだMCに関しては人間ドラマを撮ったりして」
アスベ「参加MC達の合宿とかも撮りたいね」
正社員「いや、それは要らないと思うけど…まぁいずれにせよ今後ブラッシュアップできる余地はいくらでもあるからさ。個人的に思う所はあるけど、試みを全否定するのは違うかな」

 

エンタメ枠と呼ばれるMCについて


アスベ「で、これはFSLトライアウトに始まったわけではありませんが、エンタメ枠と呼ばれるMC達が取りざたされる様になりましたね」
正社員「そうだね。これも語れる範囲ですが、真摯に答えさせていただきますよ」
アスベ「まず、いわゆるエンタメ枠MCを起用する理由や目的は何なんですか?」
正社員「これはこの話題に限らず、この対談でも普段でも言ってきたことだけど、俺はシーンを大きくしたいのね。で、そのためにはバトルに今、興味が無いという人達にバトルを見てもらうことがとても大切なんです」
アスベ「新規顧客の開拓ですね」
正社員「うん。そのためにはバトルに興味が無い層の認知をとっているタレント的な人達が、どうしても必要になってくるよ。ただこう言うとまた誤解を招くから言うけど、数字のためにイヤイヤ起用しているわけじゃないよ」
アスベ「それは分かるよ。実際エンタメ枠と呼ばれてるMCの試合、面白いからね。ラップだってエンタメのイチジャンルなわけだから、ジャンルは違えどエンタメの世界で通用している人のパフォーマンスが面白くないわけない」
正社員「そうだね。ただまぁ、そこに関してはラップはエンタメのイチジャンルだと考えていない層がいるからね。カルチャーであると。そこに異論は無い。ただ現状、シーンの拡大を担っている大会としては数字を見て動くよね」

アスベ「そうだよね…いや、俺さ…数字とか実績を軽視している人が多いなって思うのよ」
正社員「うん」
アスベ「別に数字が全てじゃないよ?ヘッズとか、あとは純粋に趣味や自己表現のためにHIPHOPをしている層は、数字なんかどうでもいいって言って良いと思うのね」
正社員「そうだね」
アスベ「でもHIPHOPで食べていきたいとか、売れたいとか。そういう目標を持ってる人がHIPHOPは数字じゃないって言ってたら、俺はリアルじゃないと思う」
正社員「急にめっちゃ語るじゃん」
アスベ「正直、自分が昔、数字を軽視してたからこそ言いたいってのもあるかもしれない。そりゃ中にはさ、ずば抜けた天才で好きに音楽やってたら売れちゃいましたって人もいるだろうよ。でも売れてるラッパーのほとんどは本人が、もしくは周囲のマネジメントの人がさ、数字と向き合ってきたから売れてるんでしょと」
正社員「それこそ1 For The Money 2 For The Showだよね。だから主要団体の主催者達はそういうマインドだから数字的な成功も目指すし、だからこそバトルMCにも数字的な成功を収めてほしいと思って動いているわけですよ」
アスベ「うん、分かります」
正社員「ただね…数字じゃないって言う人達のこともね、俺は邪険にはしたくないんだよね」

戦極がどこから来て、どこへ行くのか

アスベ「と、言うと?」
正社員「いや…なんか、戦極のキャスティングに文句を言ってくる人達ってのはさ。裏を返せば、それだけ戦極を愛してくれてるというか…愛してはないにしてもバトルシーンに影響する大会だとは思ってくれてるわけじゃん」
アスベ「まぁどうでもいい大会だと思っていたら、文句は言わないよね」
正社員「だとしたら、そういう人達を邪険にしてしまったら…バトルオーガナイザーとしての正義みたいなものを失ってしまうというのかな。とはいえ正直、そういう人達とは相容れないとは思うし、戦極はもうそういう人達相手に商売をしているイベントではないと思う。さらに言えば、そういう人達を相手にしているMCバトルは他にたくさんあるわけだから、戦極がそこに合わせていくことはないと思う」
アスベ「それは、そうだろうね」
正社員「でも、戦極はそういう熱狂的なバトルファンの支持から生まれて、ここまで来たわけだから。上がってくる声は真摯に受け止め続けないといけないと思うよ」
アスベ「はぁ~…なんだかんだで、ちゃんと社長なんですねぇ、正社員くんは」

正社員「そうだね、ちゃんとかどうかは分からないけど…まぁ会社で言ったら経営理念っていうの?それは発足当時からずっとブレていないし、これからもブレないと思うよ」
アスベ「シーンを拡大させて、MCバトルを日本一のエンタメコンテンツにしたい?」
正社員「うん。そのためにやることもブレない。シンプルに長く続ける。規模はデカくする。内容は面白くする。そのために必要な人・物・金は使うという。正直今の在り方が100%正解だなんて思ってないけれど、やれることをやっていくしかないからね」
アスベ「素晴らしい…また俺サブ司会とかで良かったらやるんで、ぜひ声掛けてください」
正社員「そういや近々戦極11周年やるよ」
アスベ「マジで?」
正社員「でも今回はギャラの問題でアスベスト呼べないわ、ごめん」
アスベ「ズコー!」

5回にわたって、戦極の、そしてMCバトルのShowbizとしての側面を追ってきたこの対談。これにて終了である。まずはここまで読んでくださった方々、そして今回、取材に応じてくれた正社員くんに、感謝したい。

FSLトライアウトという久々にシーンに投下された劇薬(この第五回のインタビューは9月9日に実施されており、執筆時は11月4日である)をキッカケに、私も改めてバトルとHIPHOPを考えた。

 
正社員くんと話していて、シーンを形作るプレイヤーやヘッズと話していて、そして仕事柄、企業の経営者を含めた多くのビジネスパーソンと話していて、確信していることが一つある。

それは「愛と正義が無い奴は、何をやってもダメだ」ということだ。ここに来て、めちゃくちゃ陳腐なことを言うが、私にはこの世のありとあらゆる現象は、愛と正義がその原動力である様に思えてならない。それは時に、争いのもとになることもある。

 
だが少なくとも戦極、そしてバトルシーンを形作るオーガナイザー・アーティスト・ヘッズの心にHIPHOPへの愛と、HIPHOPへの正義がある限り、その火が絶えることは無いだろう。願わくば、その火がシーンの明日を照らすことを願って。本連載を、終了としたい。

ありがとうございました。 

~終わり~


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?