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【3】戦極・正社員と振り返るバトル史|高ラ・ダンジョンの衝撃。その時、現場は…(ShowbizとしてのMCバトル史)

FSLトライアウトをキッカケに「バトルの在り方を考えるのにいいタイミングでは?」「その前に歴史の振り返りが必要だよね」と始まった、この対談企画。なんだかんだ3回目です。

引き続き、元戦極運営のラッパー/ライター『アスベスト』が、戦極オーガナイザー『MC正社員』に話を聞いていきます。

戦極の前身である戦慄が生まれた2008年。バトルシーンはUMB効果で再燃していたものの、シーンの村の一つでしかありませんでした。MCもイベントも赤字経営でした。

2012年以降、ショービズのメソッドや常識破りのアイデアでシーンに波紋を起こし続けた戦極。各イベントも盛り上がり、HIPHOPの中でバトルは無視できない存在になりました。

あとは、世間に発見されるだけ…そんな種火に、いよいよドでかい燃料が投下されます。


【第3章|2015~2019】
高ラ・ダンジョン…バトルが世間に発見された。広がる客層、生まれるスター、出そろう大会。現在のシーンの礎が築かれた黄金時代

        

バトルが世間に見つかった!


アスベスト(以下・アスベ)「今回もよろしくお願いします」
MC正社員(以下・正社員)「はい、よろしくお願いします」

アスベ「前回は2014年末までについて話しました。で、俺が戦極…というかラップから離れたのも2014年末でした。なので、ここからは“シーンの外にいた人間”として話を聞きますね」
正社員「了解です。まぁその方が先入観のない質問になって良いかもね」

アスベ「早速ですが、MCバトルがついに世の中に見つかると…これが2015年ですかね?」
正社員「いや、きっぱり2015年ってわけではないかな。地上波でフリースタイルダンジョンが始まったのは2015年10月だけど高校生ラップ選手権は2013年からだから。輩出したスターの代表格は、やはりT-Pablow」
アスベ「やはり、この高ラ・ダンジョンの2連発はデカかったんですね」
正社員「やー、めちゃくちゃデカかったよ」

アスベ「具体的な影響は、どんなでした?」
正社員「まずお客さんの人数がシーン全体ですごく増えた」
アスベ「やっぱテレビは露出が違うよね。ネットでは興味がある層にしか届けられないコンテンツも、テレビなら届けられるし」
正社員「そう。結果、今までMCバトルの現場にはいなかった層が増えた」

なんかお客さん、あか抜けた?


アスベ「それはどんな層ですか?」
正社員「ずばり若い層。ダンジョンの第一回が放送された直後の戦極なんて、中高生が一番割合多いんじゃないか?って思ったくらいだよ。これは高ラの影響がでかいね。同世代が目立ってる文化は、同世代の支持を集める」
アスベ「確かに、昔からHIPHOPは若者の音楽でしたが、現場に中高生が…しかも大半を占めるというのは、なかなか無かった光景ですね」

正社員「あと、これは誤解を招く言い方かもだけど、当時はあか抜けた人が増えてたね」
アスベ「今で言う、陽キャみたいな?」
正社員「うん。日本語ラップってさ、客層が時代と共に移り変わってきたじゃない」
アスベ「確かに。俺が日本語ラップを知ったのはベタにDragonAsh(注)の時期なんだけど…当時、俺は中学生で。確かに主に聴いてた層はクラスの明るい人とか不良とかだった」
正社員「そうそう、一般の人とか目立つ人、あるいは特に音楽好きって訳じゃない人がフツーに聴く時代があった。それって要は“トレンド”だったってことだと思うんだ」

アスベ「分かりますよ。それからHIPHOPやバトルがよくもわるくもアングラ化していってストリート寄りの客層、続いて僕らみたいなナードな層が中心になっていきましたね」
正社員「そうだね。そういう層の人達に対する他意は全く無いけど、特に高ラ・ダンジョン直後の客層を見ていて“今、MCバトルがトレンドなんだ”って強く感じたんだよね」
アスベ「お茶の間にHIPHOPが広がった、最初の時代に戻った感じだ」
正社員「そういう言い方もできるかもね」

(注)ちなみに、かの有名なDragonAsh『Grateful Days』のリリースが1999年である。2015年時点から逆算すると15年弱の月日が経っている。時代が一巡するには、充分な月日だったということだろうか。

アスベ「この高ラ・ダンジョン効果は各大会にも影響した?」
正社員「かなりね。たとえば戦極13章、これは2015年12月開催なんですよ」
アスベ「ダンジョンが始まった2015年10月の直後ですね」
正社員「そう。で、なんとチケットが即完してしまうんですよ」
アスベ「え、でもチケットは割といつも、早めに売れてなかった?」
正社員「あのね、13章は当時の戦極史上最大の“O-EAST”での開催だったんですよ」
アスベ「!!なるほど…今でこそ、その規模での開催は珍しくないですが…」
正社員「当時はゼッタイ埋まらないと思ってたよ。それが即完だからさ。初めて戦極やバトルの人気を確信できた大会だったかもしれない」

正社員は少し、悔しかった…。


アスベ「ぶっちゃけ、この高ラ・ダンジョンの成功を正社員くんはどう思ってたの?」
正社員「戦極としてはめちゃくちゃ有難かったよ。マーケットが拡大したわけだから」
アスベ「戦極としてはってことは、正社員くん個人的には違うってこと?」
正社員「いや、違うってことはない。ただ正直ちょっと悔しかった」
アスベ「自分がその役割をやりたかった?」
正社員「まぁね…そういう気持ちが全くなかったと言えば嘘になる」

アスベ「うーむ、負けず嫌いですね。てか俺正社員くんは関係者だと思ってたよ」
正社員「ブッキングを少し手伝ったりはしたけど、関係者では全然ないよ。ただダンジョンの収録を初めて見に行った時はすごかったよ」
アスベ「これがテレビの世界か…的な?」
正社員「そんな感じ。舞台裏にめちゃくちゃ芸能人とか華やかな世界の人がいたし。あと広告代理店とかの人がたくさん名刺交換に来てさ」
アスベ「なるほどなるほど」
正社員「とんでもない時代が来るんじゃ…!?って凄くワクワクしたよね。同時に警戒心も芽生えた。なんか変な感覚だったな。多分、皆もそうだったと思う」

いつめんや主要団体も出そろった。



アスベ「今で言う主要大会っていうのも、この時期に出そろったの?」
正社員「主要大会って言っても色々あるけど。具体的には、どの大会?」
アスベ「確かにそうだね。うーん…KING OF KINGS、SPOTLIGHT、凱旋MC Battle、真ADRENALINE、口喧嘩祭とかかな」
正社員「始まってる・始まってないで言えば、とっくにどれも始まっていたけど、2023年現在の立ち位置まで来た時期が知りたい感じ?」
アスベ「そうです」

正社員「だとすると2019年前後かな。凱旋の初めてのO-EAST開催が確か2019年。アドレナリンも“真”を付けてリスタートして、成熟したのはこの時期。口喧嘩祭も梵頭さん自身がバトルで名を馳せる様になってから存在感を増した」
アスベ「ふむふむ。設立は2015年前後のシーン爆発より前で…シーン爆発から4~5年間の波に乗れた大会が成長した感じだ」

正社員「波に乗るという言い方だと誤解があるかもしれないから補足するけど、波に乗るには乗れるだけの力が必要だから。努力と工夫と継続をしてた大会だけだよ」
アスベ「確かに。そんな中、KOKが各大会のチャンピオンシップ的な役割を果たしていく…」
正社員「そうだね。現在の主要大会…シーンのベースが出来上がった時期とは言えるかな」

アスベ「ちなみに最近はいつめんなんて言葉も聞かれるバトルシーンですが…彼らもこの2015年~2019年に出そろったMCなんですか?」
正社員「それは違うね。昔からのベテラン組もいつめんにはたくさんいるからね。でも昔からのベテラン組と、この時代に出てきたMCが強いのはそうかも」
アスベ「昔からのベテラン組と言うと…」
正社員「晋平太・DOTAMA・MOL53・呂布カルマ・輪入道・NAIKA MC…キリ無いな」
アスベ「やっぱり生き残るべき人は生き残ってるって感じがするなぁ」

正社員「アスベストの言う最近のMCってどの辺りから?」
アスベ「SAM・ミステリオ・MU-TONなどのMCからかな」
正社員「2015 年を基準にすると、SAM・ミステリオはその辺りから出てる。MU-TONはもう少し後かな。あと CHICO CARLITO は改名前から数えたらそれこそアスベストがいた頃から出てるでしょ」
アスベ「なつかしい!!運天くん!!八文字さんが、ワシが見つけたとよく自慢してたよね」
正社員「あとはミメイ・MAKA・Fuma no KTR・SKRYU・百足・韻マン・Authority・Novel Core…キリが無いな。でも95世代・00世代・高ラ世代とか呼ばれるMCが多いかもね」
アスベ「やっぱりシーンの爆発期に出てきて生き残ってるだけあって、実力とタレント性を兼ね備えたMCが多い気がするね」
正社員「この辺りのメンツとベテラン組を混ぜて“いつめん”って呼ぶなら確かに2015~2019は“いつめん”が出そろった時代かもね」

   

正社員の思う「MRJ」の凄さ


アスベ「話を大会の軸に戻すけど、主要大会以外で外せない大会ってありますか?」
正社員「やっぱりMC派遣社員のやっていたMRJじゃないかな」
アスベ「MRJの名前はよく聞きます。なんか僕の認識ではMCバトル初心者の登竜門的なイベントっていうイメージでしたが」
正社員「それね、よく言われるんだけど、俺的には違うのよ。結果的にそういう役割を果たしていた面もあるかもしれないけどMRJのすごいところはそこじゃない」
アスベ「と、言うと?」

正社員「高ラ・ダンジョン効果で、若い層や陽キャ的な人達にもバトルが広がったじゃない?で、MRJはそういうイケてる人達の遊び場として機能してたんだよ」
アスベ「なるほど…バトル初心者のMCというよりは、新規顧客をつかんだイベントだと」
正社員「そう。色々とMRJが工夫していたポイントはあるんだけど、俺の印象に残ってるのは、DJタイムを大事にしていたところかな」
アスベ「おお!!それは当時のバトルでは確かに珍しいね」
正社員「クラブはやっぱり踊る場所だと思うんだよね。特に陽キャの若い層にとっては。そういう層にウケたし、バトルにDJタイムは踊るものって習慣を取り戻したのもでかい」
アスベ「広がったファン層のハートを、ガッツリ掴んでいたイベントなんだね」

正社員「うん。DJ以外にも、バトルやHIPHOPの面白い部分をポップにまとめて布教してくれたイベントだと俺は思ってるよ。アスベスト、ペルソナってゲーム知ってる?」
アスベ「名前は聞いたことはあるよ」
正社員「元々、女神転生ってゲームがあったんだよ。そのゲームはめちゃくちゃ面白いのね。でもシステムは難しいわ、ホラー要素は濃いわで、初心者にはとっつきにくかったのよ」
アスベ「はぁ…」
正社員「そこで女神転生の要素をうまくつかって、シンプルでポップに、初心者にもとっつきやすい形にリブートしたゲームが作られるわけですよ。それがペルソナシリーズなんです」
アスベ「つまりMRJはMCバトル界のペルソナであったと」
正社員「そうです」
アスベ「非常に分かりやすい説明をありがとうございました」

ブームの中、戦極が見ていたモノ



アスベ「陳腐な言い方かもしれないけど、2015~2019はバトル黄金期だったわけですね?」
正社員「何をもって黄金期と言うかにもよるけど、人材の発掘という意味ではそうだね。とにかく状況がどんどん変わっていった5年間だった。芸人ラップ王座決定戦とか、ファンモンの事務所(ドリーミュージック)主催のバトルとかマス向けの芸能界・音楽界がバトルに興味を示す様になってきたのもこの時期だね」
アスベ「戦極としては、どうだったの?」
正社員「いい時期だったと思うよ。2019に豊洲PITで行なったU-22は今でも語られる。戦極21章は、俺的に“戦極が完成した”と言えるほど内容がいい大会になった。優勝はAuthority、会場はZepp Diver City、賞金は100万円だね」
アスベ「凄い。他の主要大会も今までになかった規模のイベントを成功させていくよね。そんな中で、戦極・正社員くんが見てた未来ってのは、どんな感じだったの」
正社員「いや、それはシンプルに、戦極を最強の大会にしたい…ですよ」

戦極が完成した21章

アスベ「具体的に最強ってなに?」
正社員「具体的もなにも、全てですよ。イチバンお客さんが入る大会。イチバンメディアに出る大会。イチバンバトルが面白い大会。戦極の優勝MCが頂点な大会」
アスベ「………ちなみにそれは承認欲求なの?それともバトルシーンのため?」
正社員「承認欲求が無いと言えばうそになる。特にアスベストがサブ司会を降りてからしばらく俺がステージに出てたこともあって、戦極の価値と自分の価値を同じにしようと考えていた時期もあった。でもそれは大きな勘違いで、恥ずかしい考えだったと反省してる。ただ根本にある気持ちは“良いバトルを見たい”、それだけ。これはずっとブレてないよ」
 
アスベ「承認欲求かバトルシーンかで言えば、シーンのためということですよね。意地の悪い質問ですが、シーンのためにヤバい大会が必要ということであればその役割は凱旋でもアドレナリンでも良かったわけですよね?
それが戦極というか、正社員くんじゃなきゃいけない理由は何だったの?」
正社員「うーん…誤解を恐れずに言えば、周りのバトルイベントを信用できなかったんだよ、当時。これは凱旋とかアドレナリンとか特定の大会がそうだったって意味じゃなく、シーンの話。強いて言えば、今は残っていない数多くの大会とかになるかな」
アスベ「何を信用できなかったの?」
正社員「一つは継続性。要は、始まってもすぐ終わってしまう大会ばっかりだった。もう一つは成長性。大会を大きくしようという意志を感じる大会や若い主催者が少なかった。もちろん規模が全てじゃないよ。でもシーン拡大という役割は俺がやるしかないと思ってた」
 
アスベ「確かにね…継続性・成長性以前の問題として、色々ゴタゴタもあったしね」
正社員「うん。だから、おこがましいけど、俺がしっかりしなきゃという意識はあったよ。 俺はこの世で一番 MC バトルが好きだし」
アスベ「…?…正社員くんが世界の人間の中で一番のバトル好きって意味?」
正社員「あと世界のあらゆるコンテンツの中でMC バトルより面白いものは無いって意味」
アスベ「あんた、すごいな」

―改めてだが、2015年~2019年は、2023年現在までのバトルシーンの礎が築かれた黄金期であった。高ラ・ダンジョンにより、広く世の中にその存在が知られ、新たなファン、新たなスターが生まれ、主要大会も出そろった。だが高ラやダンジョンなどのチャンスをバトルシーンが掴めたのは、多くのバトルイベントの、そしてバトルMC達の、脈々と受け継がれてきた努力の結果だという点は強調したい。
 
広める価値がある。そのレベルにバトルが成熟していたからこそ、見出されたのだから。
 
そんな上り調子の中でも、戦極と正社員は慢心しなかった。雨の後の筍の様な勢いで増えるバトルイベント。バトルMCの需要も当然、うなぎ上りである。今後イベント同士で開催日が被ったり、バトルMCのギャラが高騰したりといった懸念事項もあったわけだ。もっとも、バトルMCにお金が行きわたるのは、シーンのレベルアップのためには欠かせない要素だと正社員は考えていたわけだが。
 
いずれにせよ、拡大するシーンの中で、どう独自の価値を発揮していくかが、戦極も含め多くの大会にとっての命題となっていた。だがここで、世界の誰もが予測していなかった事態が起こる………コロナ禍である。

つづく。


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