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猥褻か「芸術」か~売店で感じた日本とアメリカのヌードの違い~

裸や男女の性交を描いた作品が猥褻なものとして扱われるのか、それとも高尚な「芸術」として扱われるのか、というのはよく議論される話題である。芸術という言葉が直接的に使われなかったとしても、一見猥褻に見えるが社会的に意義があるとされる物の取り扱いをどうするかは、様々な意見が存在する難しい問題である。私は「○○すべきか否か」という議論においてはそれぞれの主張の正当性自体よりも、その主張の論理的基盤や歴史的、文化的背景の方に興味が及ぶ人間であるのだが、先日アメリカに旅行に行った際に、この論争における日本とアメリカの文化的背景の違いについて感じる所があったのでそのことについて書いていこうと思う。

ゾーニング

アメリカは基本的にゾーニング(コンテンツの分類、特に暴力表現や猥褻表現の未成年への閲覧に制限をかけること)が厳しい国である。日本でも当然ゾーニングは存在しているし、例えばレンタルビデオ店では成人向けコンテンツを借りられるコーナーが区切られていて未成年が入れなかったりするが、アメリカでは基本的に未成年が入れる場所ではそのような成人向けコンテンツがそもそも存在しないようになっている、らしい。アメリカのゾーニングがどの程度徹底されているかは地域差があったり例外があったりするだろうので断言はしないが、少なくとも私が訪れたイリノイ州やウィスコンシン州では街中の目に付く範囲では成人向け雑誌は目に入らないと感じた。コンビニでエロ本は売っていなかった(これは日本でもそうなっていくらしいが)し、本屋を巡っても成人向けの本や雑誌は大きめの書店でも取り扱っていなかった。特に驚いたのは中古本屋を扱っている店を巡った時で、日本の中古書店においては成人向けの本は売り上げの主力になる場合もあると聞いていたことがあるが、アメリカの中古書店においては、少なくとも私が巡った範囲では所謂エロ本を取り扱っている店は見つからなかった。これは未成年が成人向け雑誌を買ったり目にしたりすることを防ぐための配慮であるのだろう。逆にアメリカでエロ本を買いたければ、未成年が足を踏み入れない酒屋に行ったりすれば買えるらしい。(酒屋でエロ本が手に入るかどうかは未確認なので完全に伝聞である。私は酒を買う時はスーパーに行っていたので酒屋を訪れる機会は無かったが、アメリカに行く人でどうしてもエロ本を買いたい人が居れば試してみると良いかもしれない。)

Women's Healthのヌード

そんな訳で、私は成人向けコンテンツに関してはアメリカは日本よりもかなり制限が厳しいという話を実感していた。そのため、帰りの飛行機に乗る際に立ち寄った売店で非常に驚くこととなった。なんと女性のヌードを載せた雑誌が普通に売っていたのである。雑誌は「Women's Health」という、いかにも女性向けらしい名前の、実際中身も女性の健康やライフスタイルについて書いた女性誌だった。女性誌に載っているだけあってヌード自体はそれほど淫猥な雰囲気のものでは無く、むしろ見ていて「健康的だなあ」と思う明るい感じのヌードであったし、局部や乳首も手で隠したり見えないような角度から撮っていたのでエロ本という感じでは全くなかったのだが、それでもヌードはヌードである。アメリカのゾーニングの徹底性を目の当たりにしてきた私は「未成年が買える場所でヌードを売っていてよいのだろうか」と疑問に思ったのである。

※ちなみに私が実際に目にしたWomen's Healthのヌードはこちらから見られる。

恥ずかしくないヌード

私がここで考えたのは「アメリカにおいてWomen's Healthのヌードは猥褻な物として考えられていないのはなぜか」ということである。先ほども述べたようにアメリカではゾーニングが徹底しているのでWomen's Healthのヌードが猥褻作品に分類されるなら子供の目に入るところからは当然撤去されているはずである。逆に言えば撤去されていないということは、Women's Healthのヌードはアメリカ人にとって子供の目に入っても良いものなのである。「空港が特別な場所でゾーニングが徹底されていなかっただけでは?」という人も居るかもしれないが、これを見て欲しい。この動画はYouTubeにアップされている「The Ellen Show」というアメリカで圧倒的な人気を誇る、日本で言うと徹子の部屋的な番組がアップしている公式動画なのだが、ゲストとして登場した有名女優のソフィア(Sofia Vergara)のヌードがWomen's Healthに掲載されていることをホストのエレン(Ellen DeGeneres)が紹介している。この動画の中でエレンはソフィアのヌードが表紙となっている雑誌を掲げるのだが、それをソフィアが恥ずかしがって隠そうとするのに対して、エレンが「これは売店で売られているのに、どうして掲げて見せちゃいけないの?(It's on newsstands! Why can't I hold it up?)」と窘めて笑いを誘うシーンがある。これは端的にWomen's Healthのヌードの扱いを示していると思われる。つまりWomen's Healthでのヌードは、全国放送される番組で紹介されても恥ずかしいものでは無いのである。

Naked Issue

Women's Healthの公式サイトによれば、Women's Healthがヌード写真を掲載しているのは、女性の身体に対する様々な意見を誰しもが持っている中で、女性自身に自身の身体に対する意見を語ってもらうという「Naked issue」と題された企画の一環であるという。彼らは著名な女優や歌手のヌード写真と共に彼女らの自身の身体に対する意見を掲載する試みを定期的にしている。個人的にはこの企画は非常に意義深いものであると感じる。女性の身体は、特にフェミニズムの文脈では「性的対象化(Sexual objectification)」の議論の主題となるものであるし、その女性の身体についての議論は盛んにされてもよいものであろう。その際女性自身の意見は重要な物である。故に私はWomen's Healthのヌード写真がアメリカ社会に許容されていることに理解は示せる。しかしながら、恐らく日本に育った日本人であれば、次のような意見を抱く人も多いかもしれない。つまり、「どんなに意味が有っても裸は裸であり、公衆の面前に晒されるべきものではない」という意見である。

裸=猥褻

このような意見は何も最近の日本人の傾向である訳ではない。例えば明治時代に西洋文化として裸婦画が導入された際には、一般大衆はその裸婦画を春画の延長、つまり猥褻な物としてみなしたという話がある。ギリシャ以降裸を芸術としてみなす文化があった西洋諸国と異なり、日本人には裸=猥褻のイメージは長らく定着してきた図式であり、「猥褻ではない裸」というのは現在に至っても中々理解されずらい概念であるのではないだろうか。私は裸=猥褻となりがちな日本人の感覚が間違っていると主張したいわけではない。例えば私は昔親子で二科展(美術展)を見に行ったことがあったのだが、その際母親と共に女性のヌード写真の展示を見た時に感じた気まずさをよく覚えている。この国で裸を恥じながら育った以上、いくら芸術や社会意義を説かれても、やはり裸に対するある種の後ろめたさは拭い去れないことはよく理解できる。この裸に対する態度の違いはあくまでも西洋社会と日本の文化の違いというだけである。しかしながら、ヌードに対する態度は猥褻か芸術かの論争において人々の意見を左右する背景となり得るものでもあり、非常に興味深いものである。

皆さんは、公共の場における裸に対してどのような意見を持っているだろうか?

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