当事者の心

昔はこうだった、でも今は、、、。
これは誰も困っていない。流れが変わっただけなのだから。
他者が街の活性化、復興を提案しても、当事者が困ってなく、やる気がなければなにも始まらない。あるいは、どうにもならないからやめたり、移転するのである。何もしない当事者が悪いわけではない。

一軒家の店舗には、わざわざ人が訪ねる。では、商店街の店舗にはわざわざ訪ねる魅力がないのか。
一店舗ができることが、商店街ではできないのであろうか。

助成金が投じられ改装、改修された路面、サイン、電燈などは、果たして地域の元気につながったのであろうか。
制度を使うことで、視察は増えても事業そのものは上向かず、むしろ少ない人数で運営している中で人を割かないといけなくなる。営業的にプラスになるお金も落ちない。

助成金が投じられ、部分的に目新しくなったとしても全体的には代わり映えせず、むしろ他の老朽化が目立つようになってしまう。
その上に、次はこれが対象の制度があると、場当たり的につついていく。
もちろん、一部地元の施工業者は潤うが、全体を見ると下手な将棋の様である。

これから大切なことは、そのような偽装を解き、本来の町に戻すことではなかろうか。
商店街で言えば、アーケードを取り払い、路面を一般生活道に戻し、サインは各々で業を示しながら、生業を深めていく。歩きやすいは歩かない。
結果の出なかった残像を取り払うことも、先を見据えるからこそ考える必要がある。 行政は除却に対しての制度改正、設計も重要である。

もともと立地はよく、土地に歴史と力がある。駐車場の有無や、変わらぬ雰囲気は考え方次第である。

一絡げの街の印象を取り払い、個々の発信が届きやすくすることで本来の相乗効果が生まれる。

#本来の土地の力
#当事者の心
#セキハラメソッド

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関原 宏昭

とまり木

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