地域に向き合う トークライブ Web版 後編

2017.3.25 和歌山県みなべ町ふれ愛センター
● 中村 伸一 医 師 
福井県おおい町 名田庄診療所 所長
● 武田以知郎 医 師 
奈良県明日香村 国民健康保険診療所 所長
● 関原 宏昭 にんべんのつく健築家
ラピュア地域デザイン研究所 所長

ファシリテーター 関原(会場撮影:土井郁夫さん)

●義務が終了した後「もう地域はいい。専門医に戻ろう」考えませんでしたか?
 
中村 
ないことはなかったです。
外科の仕事は面白いですから。自分で癌を切除して、治ってとても充実感のある仕事ですから何事にも代え難いものはありました。
でも、ひとつの『地域』を包括的にみていく面白さもありました。もう一度名田庄村に戻った時、当時の村長から保健医療福祉全般の権限を与えられ、包括的な地域づくりを担うようになりました。それ以降、更に面白くなりました。
 
武田 
これ神話性なのですが、自治医科大の卒業生でも地域へ行って”二度と行かない”とトラウマを背負ってくる人もいます。ただ僕らもそうでしたが、地域へ行ったことをハンディと捉えるのではなく、プラスにできるようなチャンスと思っている人はすごく伸びています。

けれど、俺は行かされた、専門医としてもっとできた筈なのにと、僻地が足かせになっていると思っている人はその後伸びていないのです。僕自身は、僻地へ行ったことがその後“イケイケ”になりましたね。(笑)
また、中村先生と同じように地域に支えられ“お互い様”の心で、地域の人に教えられたことがたくさんありました。
   
いつもイタドリを採っておいしく漬けられている民宿のおばあちゃんが、200近くの高血圧でしたので「放っておいたらあきませんよ!」ということで、140〜150くらいにもっていきました。が、「しんどい。イタドリの作業ができない」と言われるのです。

やむなく優秀な研修上がりとしては(笑)、170〜180の心苦しい血圧にもっていくのですね。(笑)
許しがたいのですが、「ばあちゃん作業に出られへんかったらかわいそうやから」とちょっと緩めにコントロールしていくと、ばあちゃんまた元気になっていきました。

また、90歳位のばあちゃんで町へパチンコに行くのを楽しみにされているのですが、糖尿病で血糖値のコントロールをしてました。しかし、しすぎるとかえって調子が悪くなり、出かけることができなくなったりするのです。

その方の病気を治すのか、生活を良くして行くのか、いろいろ考えながらしていくうちに、『生き方』が見えてきましたね。病院ですと、処方して二週間後、一ヶ月後とその人の”病気の部分”しか診てないのですが、僻地では”生活そのもの”が見えてきましたね。
 
関原 
いろいろな経験することで向き合い方が徐々に変わっていったのですね。
 
武田 
地域で教えてもらい、身に付いたのでしようね。病院では生活の所までみることは教えてもらえないですから。

●先程、仕事だからとか、やらされているとか思うタイプは伸びないと話されましたが、お二人は仕事だから'しょうがないな”とか思われたことはありませんでしたか?
 
中村 
仕事はしょうがないとか、いやだとか思ったことはないですね。趣味は自分の好きな事を行ってお金を払うのですが、仕事は相手に求められることを自分の好き嫌い関係なく行って、しかもお金を頂くのですよね。

関原 
やらされていると思うタイプは?

中村 
それは、僻地に行ったから専門医の資格が取れなかったとか言ったりして、でも取れる環境でもそのタイプは取れないと思います。
取れない理由を僻地にしているだけですね。直接目の前で言うと傷つくので言えませんが。何かの言い訳に僻地に行ったことを出すのは伸びない理由ですね。それをプラスに考えるべきで、何でもそうですけど同じ事をやっていてもプラスに考えないと。

武田 
プロフェッショナルの最後の言葉ですね!

中村 
そうだったですね。俺なんて言ったかな?(笑)
 
プロフェッショナルとは
逃れられない困難な状況にあってもそれを宿命として受け入れ、尚かつプラス思考で時として楽しんでいく、そういったことができるのがプロフェッショナルじゃないでしょうか。

 

武田 
かっこよかったね。

武田 
僕が言った言葉を格好よく言ったらこういうことになるんですね(笑)

●若くして地域に赴任され責任も早くから持たされたのですよね?
 
中村 
大学卒業後3年目で一つの診療所、一つの地域の責任をいきなり負うわけですから、しかもさっきもお話したようにインターネットない時代で簡単に相談はできないし。
あとどのタイミングで他の医師に紹介状を書くかの判断も悩みました。ちょっとわからないからと簡単に書いてしまうと、患者さんにしてみれば最初から専門の病院に行けばよかったとなりますから。
   
反対にとことんねばって最後に手が終えなくなって書いたとしても、患者さんにしてみると、やはり最初から病院へ行けばよかったとなります。
じゃあ自分の存在価値はないじゃないかと思う訳です。また自分の行った治療に自信がないのです。教科書にはこうかいてあって、自分はこうしたのだけれど、はたしてどうなのだろうかと考えるわけです。自信なかったですね〜。
 
武田 自信ないよねー
 
中村 
わからないから患者さんの家に電話して、「僕が出した薬で治ったでしょうか?」と。すると「あー先生、お陰さまで治りました。」と話されたらそれが正しいのです。
でも、ある患者さんは「あー先生にもらった薬では治らなかったので小浜病院行って別の薬もらったら治ったわ」と、申し訳なさそうに話され、「すみません、今度その薬見せて?」と、次の時にはそうしたりしました。(笑)
   
いわゆる1対1の人間関係のフィードバック、自分の治療が正しいのか正しくないのか、目の前の患者さんが治って行く、治らないことも含めて都会ではあり得ないかもしれませんが田舎だからリピーターになってくれるのですよ。そういったことを通じて本当のフィードバックをかけるのが、医者としての腕をあげることに一番の近道だったのではと思います。

今の若い医者を見ていると、インターネットで調べて、自分が世界的で標準的な治療をちゃんとやっているかどうかに興味があるようですね。
自分は正しい治療を行っているからいい、患者さんはどうなっているか知らない。それっておかしいですよね。患者さんが治っているかどうかが一番大事な問題であって、だからといって世界最新の治療を勉強しなくていいということではないです。

武田
よく”点滴神話”と言っていたのですが、診療所行ったらみんな点滴をしているのです。ニンニク注射(アリナミン F)を打ったら元気が出るからと、患者さんがリクエストする“文化”がありました。
そういう状況でも若い先生は「必要ありません」と断ったりするのです。皆さん、それを望んで診療所へ来られているのですけれど。とたんに診療所はガラガラになりました。(笑)

僕らも点滴はよくないなと思いながらも、まずは信頼を得てその地域に溶け込んでから徐々に点滴のことを理解していただけるようにしています。でも若い先生は、最新の考え方に変えて行くのが“正義”だとやっ ていたりします。
僕もそうだったのですが。(笑)どうも違うなとわかったのでよかったです。

中村
ご主人が寝たきりで介護をされている奥さんが胃腸風邪で診察に来られました。水分は自分で採れている状態だったので「点滴は必要ないかな?」 と、看護師に相談したら「今、旦那さんはどうされていますか?」と聞 くのです。「今、主人の妹が来ていて見てくれてます。」と話されました。すると看護師は「先生、点滴せんとアカンわ」と言うのです。

つまり、 点滴しないで帰らすと、妹さんも帰ってしまうので、点滴をして奥さんを2時間程休ませてあげたほうがいいということなのです。
それを聞いた時、なるほど!医学的適用というのは生活を見てきめればいいのだ。しかも、介護を代わりにみてくれる人が居る時に点滴をすることで2時間程介護から離れ、ここで休めるのだ。
それからは、生活状況に配慮して治療を決めるようになりました。

武田 
癌とか末期治療の時はあまり点滴しないほうが楽に最期を迎えられるのですが、家族からは「なんで点滴しないのですか?」とか言われることがあります。そんな時は家族の方とお話をしてどうしても納得していただけない時は“アリバイ点滴”といって少しだけしたりします。量を増やすと苦しがられるので少しだけ演出的にすることもります。
 
中村 
地域を離れ都会にいらっしゃるご家族が見舞いに帰ってこられ、点滴と在宅酸素を使っていると何故か安心されますよね(笑)
 
武田 
認知症でも家族間の似たようなエピソードがあるのですが、離れて暮らしている家族が帰ってくると「何も食べさせともらえない。今日何も食べてない」と話すおばあちゃんがいたりします。すると「なにしてるの?」と同居している奥さんと口論になりかけたりします。そんな時は、「奥さんはちゃんと食べさせてあげていますよ。認知症の症状ですよ。」と、フォローしてあげています。(笑)

●在宅医療
 
関原 
在宅医療とか認知症の話がでましたので、そのあたりも含めて進めていきたいと思います。
会場の皆さんは、訪問診療と往診はどのように違うかご理解されているでしょうか? 

武田 
これ一昨年の国家試験に出たのですよ。

関原 
そうなんですね。茨城県の水戸市で3年前から“コミュニティと在宅医療のお話会”という活動を行っているのですが、その中で住民の方にしっかり理解していただいている一つです。はっきりと解る方は?

中村 俺わかる!(笑)

関原 
往診というのは熱が出たとか、怪我をしたとか緊急時にお医者さんに来ていただくもので、訪問診療は、健康な時から契約し、2週間に1回とか1ヶ月に1回とか定期的に訪問していただくものです。そして緊急時には24時間365日対応する契約システムです。

水戸在宅ケアネットワーク(顧問 関原)
https://zuttomito.localinfo.jp/

●退院を促進し自宅復帰・在宅医療をすすめる制度が進んでいますが、実際のところ地域医療をされていてどのように感じられていらっしゃるでしょうか?
 
中村 
僕は長年在宅医療も看取りもしてきていますが、何が何でも在宅でという在宅至上主義者ではないですね。病気や障害を持っても出来るだけ自宅で過ごす時間を長くしたいという思いは持っていますが。

しかし、国の政策は病床を減らそうとか医療費をどうだとかというところからきているので、我々と違うところにあります。
   
でも、最期は病院で死ぬのだろうなと思われている方が、「ちょっとまてよ、在宅という選択肢もあるんだ」と、思えることは非常にいいことだと思います。

”ずっと在宅、時々入院、最期はどうなるかはその時次第”

そんな感じで捉えていたらいいのではと思います。
 
武田 
ほぼ同じですね。在宅医療学会とかありますが、一般家庭にはまだそこまで在宅医療は浸透していないです。
僕らは地域をみる中で在宅のニーズがあればちゃんとサポートしていますが、在宅医療、看取りばかりをしているのではありません。
赤ちゃんから高齢者まで“人生をみる診療所”であるつもりです。
そう言いながらも在宅医療、増えてきています。退院調整のルールができ、この1〜2年ケアマネージャーは大変ですよね。
   
先日も、大学病院に入院されている末期癌の男性患者さんが、自宅に帰りたいということで退院調整を行ったのですが、その方の娘さんが「この状態で帰らせるのですか?」と言い、奥さんは「最期は家で送ってあげたい」と思う中で「帰られたらちゃんと診ますよ」と、話し帰らせてあげることになりました。そうして退院準備が整ったところへ「お亡くなりになりました」の連絡があり、間に合いませんでした。

このように動きが早くなっているので、ついていけないこともありますが、僕らは「帰ってよかったね」と思える最期、看取りを支援する立場にあります。

中村 
そうですね。業界としては葬儀屋さんのほうに近いですね(笑)
 
武田 
抗がん剤とか、手術とかするわけではないので、どうやって最後の時間を家で、或は病院で過ごされるかを演出しているのかもしれません。

●一番大切なことはご本人の意思を確認することだと思いますが、簡単ではないですよね?
 
中村 
たとえば都市部には在宅医療専門の医師がいらっしゃいますが、彼らの方が看取りの数も経験も多く、そうした技術は持っていると思います。

ただ、彼らに比べてちょっとだけアドバンテージがあるとすれば、僕らは長年診ている患者さんが診療所へ通えなくなってから訪問診療をして、その家族も僕らが診ていて、ずーっと診ていた流れの最終段階を在宅で診ているのです。

在宅専門の方は、在宅医療をやらざる終えなくなってから初めて患者さんや家族の方と会うわけですから。僕らは、本人や家族との長いつながりがあるので、本人がどういった考えの持ち主かわかっているし、家族の考えもあらかじめだいたいわかっているということです。

 
武田 
それは理想ですね。地域の在宅医療では、自分がかかりつけ医として診ていた人が帰ってきて再び診るブーメラン型、地域の人が帰って来て初めて診る落下傘型、「もう帰ってきています!」と、病院を自主退院してきて訪問看護ステーションからいきなり主治医の依頼があるような爆弾型、そして、何日も食べてなく、お風呂もはいっていないような住民を民生委員さんや地域包括支援センターから連絡が入るゲリラ型があります。
床ずれだらけ、おしっこだらけ(笑)
こうした、ちゃんと食べられて介護だけすればいいようなゲリラ型をこれまで病院はあまり受けてきませんでした。 

1ブーメラン型2落下傘型3爆弾型4ゲリラ型,理想はブーメラン型です。

中村先生の地域はずっと診ることができていますが、僕の地域の明日香村周辺は半分都市部で奈良医大等も近いので、病院ばかりかかっている方が多いのです。

しかし、元気なうちからかかりつけ医をもっておいていただくと将来なにかあった時でも病院とタイアップしてできるのでコミュニケーションが取りやすいです。落下傘型で退院調整へ行っても関係をそこから築かないといけないのでとても緊張します。
 
中村 
おっしゃる通りですね。
一番楽だったケースでは、僕が胃カメラで進行した胃癌を発見しリンパ節へも転移していて、取りきれるのかどうかという状態で病院へ送り、自分が外科医なので自分で執刀し治りました。抗癌剤も使うのですが一年半くらいで再発し、病院行ったり在宅で診たりしながら最期は自宅で自分が看取るという最初から最期まで自分が関わたケースです。
 
最近、小浜市の名田庄よりの地区で落下傘型のケースが何件かあります。いつも名田庄でやっている専門職のチームと違う小浜市のチームとやらないといけないので、そのときはケアマネージャーさん頼りです。

でもそういう人の場合、腹が据わっていますよね。家に帰って過ごすと決めているものだから、途中入院させようかとかあまり迷わなくていいので、そういった点では少し楽かもしれませんね。
 
武田 
これから落下傘型や爆弾型の人も多くなりそうですね。「先生、相談があるのですけど」と声がかかると怖いですね。

中村 
こういう方を診てもらえませんか?だといいですが、ちょっと相談があるのですが?は、いやな予感がしますよね(笑)

 

●福祉の方々とこういう思いで地域できたらいいね!とかありますか?
 
中村 
よく福祉の方々から医療とか医者は敷居が高いと言う言葉を聞くのですけど、“敷居が高い”という言葉をちゃんと分析して欲しいです。
どうゆうことかというと妄想が半分、語る言語が通じにくいというのが半分、半分々あるのかなということです。それをなくすには共通言語を持つことだと思います。

僕らは患者さん、福祉の方は利用者さんと言いながら同じ人を指しているのですが、その人達の幸福が目標である事は間違いありません。同じ意識なので、いろいろなことでコミュニケーションをとって行きたいですね。
ケアマネージャーだとケアプランを立てことは目標ではなく手段なのです。僕らも治療することは手段であって患者さんが幸せになることが目標ですので同じ『仲間』なのです。
 
武田 
これから総合診療専門医や学生が介護の現場へ実習に行く機会が増えると思いますが、お年寄りが食べられるようになる喜びとか食べる力を見届けたりすることを一緒に体験しながら学ぶことが出来たらと考えています。

今、病院で働かれている世代は、介護の現場を全くと言っていい程、知らないです。殆ど往診に出たことがないので、家庭に薬が山積みになっているのを見たりする経験もありません。
   
福祉関係者も高度化する介護、ケアを勉強していかないと行けない時代になっているのでお互いが寄り添える、わかり合える取り組みを企画し多職種の皆さんにスーパーバイジングしていってほしいですね。

 
●地域に出会い、地域に向き合うことで生き方、人生観の変わられたお二人ですが、これからどのように地域、地域医療と向き合っていくのかをお聞かせ願えれば。
 
中村 
平成12年頃から母校の学生を教えており、また平成17年度からは福井県内の4つの病院と横浜の病院から研修医を4週間から1ヶ月単位で受け、若い人たちを教育しています。

その中で8割くらいは地域医療を目指さず、専門医療を目指します。2割くらいは地域医療、総合診療をやってもいいかなと思っている人もいます。さらにその中で名田庄に残っていいかなと思う人は皆無に等しいです。だったらその人たちを教えなくていいかというとそうじゃなくて、教える必要があるのです。
 
そういった人たちを教えていくうちに名田庄の跡取りはできないかもしれないけれど、日本のどこかで地域医療をする人が出て来ているのです。この国の地域医療が良くなればと思いながらやっていると、そのうち名田庄がよくなればいいなという気持ちがちょっとあるかもしれないです。

そのくらいの広い心でやらないと教育とか地域医療を広げることはできないと思っています。これを『全日本名田庄化計画』と言っていますが。

もう一つ地域に対する思いとしては、名田庄を地域にして健康づくり、元気づくりを全国に発信していくNPOを2年後くらい目処に創ろうと考えています。僕が無報酬で理事長になる予定なのですが(笑)そのくらい地域に“のめりこむ”必要があるのでやっていこうと思っています。これから名田庄という地域が、僕にとっても楽しみでライフワークになりそうです。
 
武田 
明日香村から車で15分くらいの所に奈良県立医大があり学生が自転車で気軽に、研修や実習にきています。
身近に地域を学べる、在宅医療、介護、保健を学べるフィールドがあることで現場を理解した先生が増えていけば地域もよくなるのではと思い、学生を受け入れています。

http://www.pref.nara.jp/isikangosi/naradr/soushin/

  
これまでの研修指導の中でも、「できれば明日香村で働きたい」という学生が出てきていますので、いつでも僕は引き継げるようにしつつあります。また、足場を固めながら自分の好きなスタイル“医療と介護をしっかりとつなぐ地域づくり、人材の育成、事業の翻訳ができる医師”になれればと思っています。

奈良県ではまだまだ連携体制ができていないですから。“つなぐ明日香”という医療と福祉の連携スタイルは、隣の橿原市からも勉強に来られたりしており、県内各地へも広がればと思っています。
 
中村 
武田先生は小児科医を中心とした総合医、僕は外科医を中心とした総合医です。が、まだ総合医の制度が出来てないので“自称総合医”と呼んでいます。(笑)
現在、日本専門医機構では『総合専門診療医』という認定医を新たに計画しており、6年後に総合専門診療を専門とする医師の第一世代が出る予定です。

その人達は小児から高齢者までを診て、しかも在宅医療もしっかり行う医師となります。
因に僕は、その日本専門医機構で総合専門診療医に関するワーキンググループの委員しているのですが、現在大変苦労をしています。(笑)
でも苦労した分だけ、いい結果がついてくると信じていますので皆さん期待して下さい。

●最後に『地域に向き合うプロフェッショナル』とは?
 
中村 
本当に地域を好きになることでしょうね。以前僕は、脳外科手術を受けまして2ヶ月程診療所を空けてしまったことがありました。復帰後、夜間、休日の救急患者が激減しました。僕は病み上がりだから救急対応をしませんとかアナウンスをしていたわけではないのに、住民の方々が、いわゆる“コンビニ受診”を控えてくれ、僕を支えてくれました。

僕が地域を支えているつもりだったのが、僕が地域に支えられている、つまり双方向のような『絆』があるから地域は成り立つのだと思いました。地域に対する愛情です。
地域医療のプロというのは地域住民もプロでないと育たないのではと思います。
”双方向の『絆』が地域に向き合うプロフェッショナルを育てる”のでは。

 
武田 
僕は、地域“で”医療するのと、地域“の”医療する違いをよく話しています。たとえば、病院に勤務されていた先生が地域で開業されると自分の専門以外は診ないといったことがよくあります。これは自分の医療を地域“で”行うだけです。地域“の”医療というのは、専門だけでなく地域が必要としていることを勉強し、自分を変え地域に合わせて動くことだと思います。
”つねに勉強しながら、地域のために出来ること行い続ける”ことでは。

関原
私は、保健医療福祉の専門職ではありません。しかし、普通の住民が地域の健康、元気を考える時代です。
専門職の方々だけでなく、”みんなが普通に力を合わせて地域づくりを続ける”ことができればと思います。

今日、三人で久しぶりに”遊びに来た”のですが、真面目にトークをやっちゃいましたね。(笑)
でも、とても楽しく過ごさせていただきました。参加してくださった皆様のおかげです。
また、いつの日かみなべへ揃って来れたらと思います。

三人
ありがとうございました!

終わりに
今回のトークライブを開催するにあたっては、みなべ町社会福祉協議会 川口富士夫さん、土井郁夫さん、みなべ町ふれ愛センター 土井幸代さん、みなべ町 永井恒雄さん、二葉美智子さん他、多くの住民の皆様にご配慮をいただき感謝申し上げます。

関原宏昭 中村伸一 武田以知郎 土井郁夫

前編
https://note.mu/sekihara/n/n189dd95032db

●三人
●名田庄
●明日香
●『地域』に向き合う
●義務年限
●地域暮らし、家へ帰りたい
●保健福祉センターの計画
●ヘルスコミュニティ

○アーカイブ○
1996 旧南部川村健康福祉まつり
期待して下さい!新しい健康と福祉の殿堂
〜今度の施設はこんなにあなたに関係している〜
中村伸一、関原宏昭、寺本敦子(故人)、永井俊子、二葉美智子 《写真提供:みなべ町社会福祉協議会》


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