空想対話11〜建築余談

旧公衆衛生院をとおして建築家・内田祥三との空想対話11〜建築余談

ロックフェラー財団は関東大震災後、復興援助の一環として公衆衛生専門家の育成・訓練機関の設立について打診、日本政府がそれを受け公衆衛生院を設立に至る。
社会情勢が不安定になる中、軍需資材が優先され鉄部材も統制が行われながらも、資材調達及び施工は特例的に行われる。(商工省令 鉄鋼工作物築造許可規則 :通例では1棟50t未満)

旧公衆衛生院工事概要
地下2階、地上7階、塔屋2階
延床面積 15,090.75㎡(4,564.748坪)
鉄骨 1,583.6t 鉄筋1,761.92t
セメント139,903袋 労務者161,885人

竣工の前年(1937)に日中戦争が勃発。都市計画、建築計画も大陸へと向かっていく。

「内田先生も旧上海生命科学研究院(1930)、旧満州国の都市計画ほか大陸での仕事が多くなられたのですね?」

「そうでしたね。」

戦争が激化するにつれ鉄製品、造形物の接収も行われたが、敷地内には免れたと考えられるマンホールが数箇所ある。

電気 暗渠

瓦斯 暗渠

東大に残る当時の帝大下水(左)にも似ている

このような社会背景の中で建設された旧公衆衛生院は、材料的、規模的、技術的に第二世界大戦以前の日本近代RC建築の到達点と言える。

「内田先生、戦後超高層ビルも手がけられたのですね?」

「多くの建築家、技術者とご一緒しました。」

■新宿 損保ジャパン日本興亜本社ビル(旧安田火災)竣工:1976
設計:内田祥三(当時87歳)+星野昌一+松下清夫+高山英華+柘植芳男+勝田高司+斉藤平蔵

デザインは富士山をモチーフにしたとも言われるが、旧公衆衛生院にある尖塔状のピラスターにも似ている。
天を一直線に指し、足元はパンタロン状の曲線で柔らかく調和している。シンプルでありながら大胆かつ繊細な内田ゴシックのマインドを感じる。


「先生、まだまだ空間研究が足りないようです。勉強します。」

「しっかり頑張りなさい。」

(文責 関原宏昭)

東京 #旧公衆衛生院 #空想対話

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