闇の中にも音はある

9年ほど前に交通事故に遭い、しかしほぼ無傷だった経験がある。

仕事で遅くなった帰り道。当時好きだった人と別れ、打ちひしがれている頃。
ふわふわしていたけれど、もちろん死のうとしたわけではなく
信号は完全に青だった。



突然の光の後、衝撃音が鳴り響き
気がついたときにはトラックが無造作に停止し、私の身体と乗っていた自転車が投げ出された世界にワープしていた。


車も人も光も、ここ以外にはひとつもなく
目撃者もいなかった。



当時のつぶやきを掘り起こすと、2トントラックに巻き込まれ、自転車は前輪がパンクしネジがぶっ飛んだが
奇跡的に身体は打撲と右の頭にこぶが出来た程度で済んだ、と書いてある。



ごめんなさい。ごめんなさい。
何が起こったのか分かりませんでした。震えた。今から病院へ行きます 血は出ていません



これが事故直後のつぶやきで、つぶやいている暇があることがまずおかしいのだけれど
なぜか真っ先に謝っている。



大丈夫だけど、怖かった…


本当2トントラックなのに何でこの程度の怪我で済んだのか自分でも解らない


CTもレントゲンもとったけど、現時点では大丈夫そうです


怖かったのに、直後にも数時間後にも「大丈夫」を強調していた。



トラックの運転手が顔面蒼白で車内から出てきたときも、

「大丈夫です、すみません、すみません」

となぜか私が謝ったことを覚えている。


必要以上に自分が悪いと思ってしまうのかな。



確実に赤信号を無視したトラックが悪いと思うのだけれど、当時の私は自分を責めた。


恋人と別れて心がぼうっとしていたから、自分のせいだと思ったのかもしれない。


目が覚めたと思ったのかもしれない。



運転手が十字架を背負わなくてよかったし、
私も、死ななくてよかったなあ。




恋人の部屋の洗濯機で別の女の衣類を発見したあたりがハイライトだった。
衣類と濁してはいるが、ほんとうはもっと直接的なものだった。

「きみが趣味に夢中で俺のことが大事かわからなくなり、元カノと浮気した」と打ち明けられた。


私のせいかよ、と思っていた。





壊れた自転車は弁償され、念のため仕事はすこしの間休み、リハビリにも通った。
打撲の時間差の痛みを恐れたのもあるけれど
あれはすこしだけ人生の休暇と呼べる時間だった気がする。



「次の瞬間には死んでいるかもしれない。悩んでる暇、ないな」



皮肉にも事故をきっかけに恋人のことは吹っ切れた。とんでもなく小さな出来事にしか思えなくなった。



「あのときの俺はどうかしていた。ララのことが忘れられない」


私が危険なときに駆けつけることも知ることもしない人に心を持っていかれることが勿体ないのでスルーした。





タイトルの「闇の中にも音はある」は、事故から2週間ほど経った後につぶやいた言葉だった。


ノートに書かれた言葉に「闇」という文字を発見し、じっと眺めていた。


スターバックスで甘いドリンクを飲みながら。


闇には希望なんてないのだろうなあと
ぼうっと眺めているうちに、音が浮かび上がってきた。



ただの漢字のことですよ。
ずっと知っていたのに、意識していなかった。
そして意識した瞬間に、「闇」の文字が輝いて見えた。



闇の中にも音はあるのか。
なら、大丈夫だな。
そう楽観的になったことも 覚えているんだよ。



門の中に音が包まれている。闇の扉の前に、音が待っているのかな。
ここから先は暗やみだけれど、あなたに音をあげましょう。きっと怖さが和らぎますよ。
やみの門番がそう伝えてくれているような 気になった。



「ここから先は暗やみだけれど、あなたに音をあげましょう。きっと怖さが和らぎますよ。」



なんでも言葉にしておくものだな、と
すこし笑った。




暗闇でトラックにぶつかったのに、トラックのライトが私に強烈な光の印象を残した。
トラウマで自転車に乗れなくなるかな、と心配したけれど
未だに事故後に新調した自転車に、元気に乗っている。



私は思っているよりふつうの人だ。
ドラマはあるけど、悲劇ばかりではない。
むしろすべてをまぬがれている、ラッキーな人だとも思う。



あの頃から、より「生かされている」と感じるようになった。


数秒違っていたら終わっていたかもしれない世界。



いま近くにいてくれる人たちの中には、その後に出会った人たちも たくさんいる。
生かされたあとに、生かしてくれる人たち。



恩返しがしたいなあ。

生かしてくれるあなたに、もっと面と向かってありがとうと言えるメロディーをください。



闇の中にも音がある。
あまり怖がらずに進んでいくんだ。



「ごめん」じゃなくて、愛したいんだろう?
意地をはらずに進んでいこうぜ。


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