関根千方/俳人・編集者

千方(ちかた)。俳句を詠みます。 本業は編集者です(情報収集のため様々な方をフォローさ…

関根千方/俳人・編集者

千方(ちかた)。俳句を詠みます。 本業は編集者です(情報収集のため様々な方をフォローさせていただいております)。 http://chikata.net/

マガジン

  • 選は創作なり

    毎回一冊の句集をとりあげ、そこから句を選びます。古い句集から新しい句集まで、関心のおもむくままにとりあげていきます。ほんとうは自身の選句力をきたえるためのアウトプットですが、ぜひ言葉の好きな方はお付き合いください。

  • 漱石の俳句

    夏目漱石は国民的作家となる以前、俳人として活躍していました。英国留学によって俳人としてのキャリアは断たれましたが、その俳句を読むとあまり知られていない漱石がみえてきます。俳句から漱石を知り、漱石から俳句を知る。そんなノートです。 *古志2019年7月号掲載の拙稿「漱石の俳句」と同じものです。

最近の記事

俳句以前のこと

今回は「アフター・コロナ」ではなく、「ビフォー・コロナ」、しかも俳句の話ではなく、わたしの「ビフォー・俳句」の話をしてみようと思います。 新型コロナウイルスがわれわれの暮らしを脅かしはじめて、はや一年が経過しました。世界では、脅威的なスピードでワクチンが開発され、接種が始まっています。しかし、まだ生産量が追いついておらず、国家間に大きな格差も存在します。新型コロナウイルスのほうも、すでに変異型が発見されており、この先さらに変異していく可能性も残ります。 日本では、一月に発

    • 【選は創作なり】照井翠句集『龍宮』

      今年もまた三月十一日がやってきました。東北大震災から九年が経ち、あらためて照井翠さんの句集『龍宮』を読みなおしました。この句集は何百年先にも読み継がれるべき古典だと思いました。震災の記憶がまだ生々しかった当時は、一句一句の背後にあるリアルな感覚が、むしろ読みを過剰に邪魔をしてしまったところもあると思います。しかし、時が経ち、むしろしっかり読めるようになってきた感じがします。これからは、もうあの震災を経験していない若い世代が読み継いでいくはずです。 喪へばうしなふほどに降る雪

      • 【選は創作なり】加藤郁乎編『芥川竜之介俳句集』

        昨年末NHKBSのドラマ『ストレンジャー~上海の芥川龍之介~』をみました。主演は松田龍平。無表情の演技がすばらしかったです。映像の品質も高く、100年前の中国の現実をリアリズムで描いていて、なかなかみごたえがありました。 芥川龍之介は、大正10年に新聞社の海外視察員としての中国を訪問しますが(紀行文「上海游記」「江南游記」)、その視察中に胃腸を悪くしたのが原因で、帰国後、睡眠薬中毒になっていきます。それが自殺の原因にもなっているともいわれます。自殺の原因は文学的な解釈もされ

        • 【選は創作なり】草間時彦句集『盆点前』『瀧の音』

          新年早々、食あたりで寝込みました。下痢と嘔吐、そのあとは高熱。こんな寝正月、生まれて初めてです。これは、もう生き方を改めよという神の啓示でしょうか。食べることの恐ろしさを感じた、こんな年明けにふさわしい俳人は、この人しかいないのではないでしょうか。美食家俳人と称される、草間時彦さんです。晩年の句集『盆点前』(詩歌文学館賞)と句集『瀧の音』(蛇笏賞)から、舌と胃袋で選句をさせていただました。 『盆点前』 かけそばに落とす玉子や寒の内 このごろは野暮用ばかり三の酉 牛鍋の

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        • 選は創作なり
          15本
        • 漱石の俳句
          9本

        記事

          【選は創作なり】後藤比奈夫句集『白寿』『あんこーる』『喝采』

          後藤比奈夫さんの句集『白寿』(2016年)『あんこーる』(2017年)『喝采』(2019年)から選をさせていただきます。比奈夫さんは大正6年(1917年)生まれということで、おんとし百二歳。おそらく、来年も再来年もまた続けて出されることでしょう。 この三冊を読んで感じるのは、まず諧謔に徹しているということです。これほど愉快な句集は読んだことがありません。しかし、たんに愉快なだけではないのです。それは、これらの句の向こう側に、老いや病と戦う百歳の人間がいるということが感じられ

          【選は創作なり】後藤比奈夫句集『白寿』『あんこーる』『喝采』

          【選は創作なり】上田五千石句集『遊山』

          冬至を過ぎると、すっかり年の瀬です。流れゆく大根の葉のはやささながら時が過ぎていきます。このところ、岩波新書から刊行された『大岡信「折々のうた」選 俳句』を読んでいて、この連載もしばらくあいてしまいましたが、またぼちぼち再開します。 今回は上田五千石の自選句集『遊山』から選句させていただきました。上田五千石は戦後の俳壇を支えた人物で、師系は秋元不死男。俳句の入門書を読んでいる方も多いかもしれません。正直、なんの予備知識もないまま、読ませていただきましたが、句の姿が格調を感じ

          【選は創作なり】上田五千石句集『遊山』

          【選は創作なり】飯田龍太句集『麓の人』『忘音』『春の道』

          四十代最後の一年となりました。この十年を振り返ってみると、人並みにいろいろとありました。人によっては、自身の人生を句材にするようなことはしない、という方もいるでしょう。しかし、そういう人であっても、時間と無縁に生きられる人はいない以上、その人の時間がなんらかのかたちで俳句に刻まれているように思うのです。 飯田龍太は大正九年(一九二〇年)生まれ。四十二歳のとき父蛇笏、四十五歳のとき母菊乃が相次いで亡くなります。龍太は二十代のとき、戦争と病気で三人の兄を亡くしています。三十代は

          【選は創作なり】飯田龍太句集『麓の人』『忘音』『春の道』

          【選は創作なり】石田波郷『惜命』

          十一月二十一日は波郷忌。深大寺に吟行しにいくたび、お墓に挨拶にいきます(ついで申し訳ないのですが)。深大寺から神代植物園に抜けていく道を左に曲がっていくと墓地があり、その中央付近に「石田波郷」と彫られた小さなお墓があります。たいてい供花があるし、立札もあるので、すぐわかります。 波郷といえば〈初蝶や吾三十の袖袂〉〈霜柱俳句は切字響きけり〉〈雁やのこるものみな美しき〉といった名句が入っている句集『風切』をとりあげたいところですが、あえて『惜命』から選句をしてみました。波郷は戦

          【選は創作なり】石田波郷『惜命』

          【選は創作なり】高橋睦郎句集『十年』

          十年といっても、さまざまな十年があるものです。十年という単位に意味があるわけではないですが、区切ってみることで見えてくるものがあるから不思議です。 今回は、高橋睦郎さんの句集『十年』から二十句を選ばせていただきました。句集では漢字が旧字体なのですが、ここでは新字体にさせていただきました。 言葉選び、音、リズムは、五七五の上にあってなお、独特な感性によって磨き上げられているように思いました。季語の使い方も面白いです。読み始めはなかなか読みこなせなかったのですが、だんだんはま

          【選は創作なり】高橋睦郎句集『十年』

          【選は創作なり】大峯あきら自選句集『星雲』

          愁いの秋も深まってきました。そんなときは星空でも眺めて、ぼーっとしたいところです。しかし、この秋は雨の日が多く、星空どころか、月さへあまり見られませんでした。だからというわけではないですが、今回は大峯あきらさんの自選句集『星雲』から句を選ばせていただきました。 帰り来て吉野の雷に座りをり 茶畑の風に押されて春の人 餅搗のすみて夕日の前を掃く 日あたりて神有月の太柱 崩れ簗観音日々にうつくしく 蒼天に浪くだけゐるどんどかな 高浪をうしろにしたり暦売 法然の国に来

          【選は創作なり】大峯あきら自選句集『星雲』

          【選は創作なり】 野見山朱鳥句集『朱』

          野見山朱鳥は、1917年生まれ(兜太さんの2歳上)で、1970年の2月26日に亡くなっています(享年52歳)。1970年といえば、三島由紀夫の死んだ年です。どちらも夭折ですが、生き方は随分異なります。朱鳥は生涯の三分の一は病床にあったといいます。同時代の橋本鶏二などとは異なり、いわゆる「客観写生」からはみ出していく作家ですが、病床という作句の条件がそうさせた面もあると思います。今回は、代表作をあつめた精選句集『朱』より選ばせていただきました。 一貫して、ある種の「寂しさ」を

          【選は創作なり】 野見山朱鳥句集『朱』

          【選は創作なり】橋本鶏二句集『年輪』『松囃子』『山旅波旅』『鷹の胸』

          平成二年発行の『橋本鶏二全句集』には十冊の句集が収められています。今週は『年輪』『松囃子』『山旅波旅』『鷹の胸』の四句集の選句にとどめます。 『年輪』 渋搗の渋がはねたる柱かな 鷹の巣や大虚に澄める日一つ 『松囃子』 烏蝶追ふ少年を少女追ひ 秋風や一草もなき噴火口 歩をすすめ秋風のふと手に重し 炉火よりも赤き熟柿をすすりけり 雌狐の尾が雄狐の首を抱く 火を埋むこころ埋むるごとくせり 落ち羽子のやや傾きて雪のうへ 存分に遊びし独楽をふところに 焚火して

          【選は創作なり】橋本鶏二句集『年輪』『松囃子』『山旅波旅』『鷹の胸』

          【選は創作なり】矢島渚男句集『野菊のうた』

          矢島渚男句集『野菊のうた』は、句集『翼の上に』『延年』『百済野』のからの句抄です。波郷と楸邨、両系譜をひく渚男の世界に一気に引き込まれました。とりあわせの句に特に惹かれました。 『翼の上に』 鵯や食後の氷啄める シャーベット。 三味線に猫の乳首や雪の宿 子を産んだ母猫か。 珊瑚咲く海に胎児と母の骨 沖縄の現実。 冬の汗乳暈のあたりにて甘し にゅううん。 地層裂く寒満月の引く力 阪神大震災。 踊唄恋して鳥になりたしと 俗にして神話的。 『延年』 春宵やこのこを

          【選は創作なり】矢島渚男句集『野菊のうた』

          【選は創作なり】長谷川素逝句集『砲車』

          長谷川素逝は、昭十二年、砲兵将校として召集され、支那事変いわゆる日中戦争を戦地で戦います。翌年、病(結核)を発症して内地送還となります。帰国後、中国大陸で詠んだ俳句をまとめます。それが句集『砲車』です。 この句集、異例なことに、冒頭に虚子の序文が二十ページもわたり書かれています。虚子はこの句集をラジオでもとりあげたそうで、とにかく大絶賛したわけです。 しかし、戦後になって素逝は句集『定本素逝集』において、『砲車』にある一連の戦争句をすべて捨てます(そして、その刊行を前にし

          【選は創作なり】長谷川素逝句集『砲車』

          【選は創作なり】金子兜太遺句集『百年』後編

          金子兜太さんの御宅にうかがったことがあります。今から六年前、兜太さんが九十四歳のときです。雑誌の取材にかこつけて、さまざまな問いを投げまくりました。今思えば、無謀というか、無遠慮というか。この若造め、と思われていたかもしれません。体調もあまりよくない感じでしたが、それでも一つ一つ真摯に答えてくれました。とくに柳田國男と時枝誠記について話が聞けたのは、生涯の宝物です。兜太さんが1970年に書いた論文「構築的音群」についてたずねたところ、「書いた自分でもわかんねえーんだよ」といっ

          【選は創作なり】金子兜太遺句集『百年』後編

          【選は創作なり】金子兜太遺句集『百年』前編

          古書で句集を買うと、たまに句の上に印の付いているものがありますが、これは前の読者が選をした跡です。どこか心を打つものがあった印です。この連載は、普段はプライベートな「選」をあえて誰かと共有してみようというものです。 そもそも選句にはいろんな段階があります。句会、投句欄、句集、アンソロジー、歳時記…。もちろん作句の段階で既に選んでいます。自選とは自分が他者になって選ぶのですから、選ぶということは基本的に他選なのです。だから、さまざまな他者に選ばれた句のみが遺ることになる。つま

          【選は創作なり】金子兜太遺句集『百年』前編