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これはいつかの月

一気に書き上げないとずっと公開しないということを学んだ。今日の私は今日だけであり、明日はまた考えていることが変わっているから。
あと脳内直結文章なので、見返して推敲することがなんとなくやりにくい。なんとなく。


違国日記の最後のほうで、社会の先生が「『人は生まれながらにして価値がある』ということは憲法で保障されています」(うろ覚え)と言っていた。はじめに読んだときは、「そうだよね~」くらいとしか思ってなかったけど、何回か読み返すとそれってかなり私のことを救うかもしれないと思うようになった。
「生きていることに価値がある」のではなく、「生まれたことに価値がある」んだ。
継続ではなく、完了。あ、これ槙生さんも言ってたことと似てるかも。
私たちは、すでに価値があるんだ。どうしても生きることに意味を見出したくて、自分が生きている理由が欲しくて、死ねない理由が欲しい。でも、すでに価値がある、あ~泣きそう。目的を求めなくてもいいんだね。

と最近思いました。


私が参加した2回のfollowで、seventeenは私に「caratちゃんは~?beautiful!」と言ってくれた。その言葉が何よりも嬉しくて、公演の中で多分そこで一番泣いてる。

私が勉強できなくても、運動できなくても、仕事ができなくても、顔があんまりかわいくなくても、caratであるだけで美しいと言ってくれる。彼らは私の顔を知らなくて、一方的な片思いなのに、絶対に美しいと言ってくれる。
私に、caratに、価値をくれる、というか、seventeenを好き、ということが私の本質かもしれない!



友達に、「seventeenしか音楽聞かないの?」と聞かれることがある。もちろん他のアーティストも聞くけど、24時間365日どんな時でもseventeenの音楽が寄り添ってくれて、励ましてくれて、気分をあげてくれすぎているだけなんだよ。コンビニより寄り添ってくれる。
間違いなく私の一部を構成しているし、なんならseventeenに触れているときだけが本当の私かもしれない
私のことを、ただの隣の国に住んでいる一人のcaratを美しいと、心の底から言ってくれるseventeen

も~めっちゃ好き。
私は、seventeenが誇れるようなファンになるからね。見とけ。



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