日本人に生まれた運。

バブル末期に大学に入った私は、経済政策を教える担当教授から「あなたたちが戦後・昭和後半の日本に生まれたことは最大の幸運だったのですよ」と言われました。飢餓も紛争も経験せず、教育も医療も基本的平等もあって、共産圏の不自由も強いられることがなかった、と。まだ未成年で、アメリカ帰りで、グローバル市民に憧れていた若き私は、それを聞いて「だからこそ運が悪く途上国に生まれた人たちが、少しでも快適な生活を送れるよう支援したい」と国連職員を目指したわけですが(上から目線がお恥ずかしい・・・)、あれから四半世紀も経って、日本人に生まれたことは本当に運が良かったのか否かと時々考えます。

ガーナに来てもうすぐ2ヶ月。私と同世代(40代後半)のガーナ人女性たちの73%は文盲で、平均5.1人の子どもを産んでいて、そして今の女性の平均寿命は64歳。日本は84歳だから20年もの「残りの人生」の長さの差があるわけです。 もちろん彼女たちの大半はすでにおばあちゃん。 海外の大学院で勉強をし、子どもも産まずに海外を転々として仕事をし、大臣とランチを食べて、いまだに人生後半の生き方を模索している私は、彼女たちの目にどう映っているのだろう?と時々思います。例えば、全く違う人生を送っている私たちは、職場の近くの路上で1つ45円ほどのパイナップルを売り買いする間柄ですが、いつも朗らかな同世代のガーナ人女性たちが大声で笑っている姿を見ると、私が幸運で彼女たちが不運だったとも思えません。だってね、私、最後に彼女たちみたいに大声で笑ったのがいつだったのか思い出せないのです。何時間も時差がある地にいる友人とのSNSで(笑)や😄はよく打ち込むけれど。

さて、5月からメールレターで読んでいた平野啓一郎の「ある男」(←今年読んだ小説では一押し)、重版記念で「#生まれ変わるなら」の企画をやっているそうです。 生まれ変わるなら、あれもしたい、これもしたい、と思うし、あの人生の岐路で別の道を選べば良かったのかも、と思うことはあるけれど、結局やはり同じ時代・同じ家族・友人に囲まれて、こうやって様々な国を転々とする日本人女性の私の人生をもう一度選んで作っていくのだろうなと思います。元々私がなりたかった医者になった友人、先進国の都会育ちで、アートや音楽に囲まれてエレガントな暮らしをしている友人たちや、右肩あがりの途上国のスラムから這い上がっていく波乱万丈の女性たちの人生も、どれも近くで見ていて眩しいほどに輝いているのだけど、そんな立場に生まれ変わっていたらいろいろな国で誰かの命を支える開発ワーカーに憧れているような気がします。結局のところ、生まれ変わりたいと思うほどに自分の人生に不平不満がなく、誰かの人生を羨むこともない、ある意味とても幸せな今生の人生を送っているのでしょう。 ま、私が日本人とわかるとすぐにプロポーズしてくる途上国のおっちゃん達に囲まれて、20年も「日本に素敵な夫と二人の子どもを置いてちょっと長い出張をしているだけだから」という設定で長らく嘘をつき続けているから、自分の中に似て非なる別の人格を作っていて、そのエア家族で今生の足りないところが補完されて、満足できているだけなのかもしれませんが。

あなたは#生まれ変わるなら、どんな国のどんな人になり、どんな人生を送りたいですか? 50カ国近く歩き回って仕事して、私はやはり私でありたい、と思いました。 それって本当にとても幸せなことだと思います。

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Sekomo

開発ワーカーの胸の内

途上国を転々として、相手国政府に技術支援する「開発ワーカー」なる仕事。 何してどんなことを考えているのか、たまにご紹介。
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