「普通じゃない」転職観。

今の仕事のためにパキスタンに来て1年と1カ月。 残りの任期は7カ月を切りました。 あと半年ちょっとで無職になる開発ワーカー、そろそろ次の仕事を探さなくてはなりません。 国連での仕事を考えるなら、現在出ている空席公募ポストで業務を開始できるのは早くても半年後なので、現在の契約期間終了から半年~1年前には次のポストを探していて当然の世界です。

という話を違う業種の転職未経験な友人にしていたら、2~3年ごとに新しい仕事を見つけて、応募書類を書き、幾度も面接を受けて仕事を手に入れ(その際に所属組織が変わることは少なくない)、居住国を変えて、新しい環境で新しい仕事をするなんて、よくそんな転職人生がストレスにならないものだと驚かれてしまいました。 私にしてみれば、自分がやりたいかやりたくないかもわからない別部署に、自分の都合に合わない時期だろうが、会社のコマの一つとして辞令一つで異動させられる会社員の方がストレスだと思うのですが、まあ私みたいな日本人労働者が少数派であるのも事実なのでしょう。

失業したらどうしよう・・・と不安にならないのか?とも聞かれましたが、養わねばならない家族がいるわけでもなし、それなりに貯金はあるし、実際には仕事と仕事の間に数カ月のんびり羽を伸ばせるのもいい機会なので、しばらく失業するのも歓迎というのが実情。そして何より、国際開発援助というニッチな世界で利用価値の高いスキルといろいろな国できったはったしてきた経験があるので、次の有期契約な仕事なんていつでも手に入れられると正直思っています。

こういう転職ありきな業界にいると、日本のサラリーマン友人たちが転職を人生のターニングポイントのように話しているのについていけないことも多々あること。 つくづく彼らは職業「会社員」であって、どこの会社・組織に所属するかがアイデンティティの大きな部分を占めるのだな、と異文化のように感じます。 

何回も転職をしてきた結果、私にとっての転職とは、自分のスキルと経験の棚卸しをして、それを求めてくれる職場や業界の中での自分の市場価値を知る良い機会です。長期的なコミットメントを求めていないから、毎回、有期(たいてい2~3年)の契約中に達成したい目標を決めて次の転職に備えているのも普通のこと。会社という組織に縛られないからこそ、自分で自分の人生のかじ取りができる(その分、自分の進路判断には100%自分で責任を取らなければならないけれど)のは、悪いことではありません。 

会社がいつまでも存在するとは限らないように、また人生100年の時代にはもはや既存の年功序列や終身雇用が合わなくなってきたように、これからますます雇用の形は多様化して転職も当たり前のことになってくるのだと思います。転職が生活の一部という私たちはちょっと日本標準ではないでしょうが、転職を無駄に大きな人生イベントと考えすぎないことも、転職プレッシャーから解放されていい結果につながるような気がするのです。

さて、次はどこの国でどんな仕事をするのかな? 考えるとちょっとワクワクします。

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Sekomo

開発ワーカーの胸の内

途上国を転々として、相手国政府に技術支援する「開発ワーカー」なる仕事。 何してどんなことを考えているのか、たまにご紹介。
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