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夕方のロバ #8

途中、小さな小川があり、その川を渡る時にカエルはロバの背中を借りた。

ロバの背中は思ったよりフカフカしていて、日向の草むらのように暖かかった。

川を渡り終えた後もカエルがなかなか降りて来ないので、
「しばらく乗っているといいよ。」
と、ロバは優しい声で言った。
しかし返事がなかったので、川に落としてしまったのかと心配になった。
(もちろん川に落ちたところで、溺れることは無いのだけど。)

立ち止まって耳を澄ますと、何かが膨れてまた萎む音と一緒に、小さな寝息が聞こえてきた。
木々の擦れ合う葉の音に消されてしまいそうなくらい、それは小さな寝息だった。

ロバは山頂までの道を間違えはしないかと少し不安になったが、
この小さな友人が自分の背中で眠ってしまったことで、少し塞ぎ込んでいた気持ちが、なんだかくすぐったくて暖かくなるのを感じた。

ロバはゆっくりと山を登っていく。

ずっと勾配の緩やかな道を選んで進んでいたので、山頂まではまだ少し時間がかかりそうだった。
無意識のうちに、ロバはまた、鳴き止まないセミのことを考えていた。

そしてセミが、木の幹にしっかりと鉤爪を立てて、けたたましく泣き続ける様を想像し、少し足取りが重くなってしまった。
それはいつまでも終わらない、オーケストラの指揮者のように、滑稽で悲しく、疲労感を伴うイメージだった。

カエルの寝息は概ね規則的だったが、時々夢を見ているのか、モゴモゴと寝言を言っているようだった。
ロバは、カエルの寝言なんて初めて聞いたな、と内心可笑しくなった。
後で起きたら話してやろうかと思ったが、そっとしておいてやろうとも思った。

空はもうすっかり晴れて、雨に洗われた葉がキラキラと輝き、地面は少しぬかるんだが、歩き辛くはなかった。

その時、山頂から風が降りてきて、ロバの頬を優しく撫でた。
そしてロバはまた風の声を聴いた。

「雨の降る夢を君は見るだろう。弱く優しい雨だ。
ずっと降り続くように思うかもしれない。
例えば、ゆっくりと揺れる振り子、時計の秒針、寄せては返す波、流れる雲、星の公転。
でもいつか終わりがくる。
長い雨もいつか止むことになる。
それを忘れないことだ。いいね。
それでは、また会う日まで。」

ロバは気づくと立ち止まっていた。

「僕は何度、立ち止まるのだろう。」

小さな声で風に聞いてみたが、
サラサラと葉が擦れ合う音と、小さな寝息以外、何も聞こえてはこなかった。


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