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夕方のロバ #5

アオガエルは目を開けた後も、しばらく山の方角を見つめたまま佇んでいた。
肩を落としているようにも見えた。
(それはロバがそう思いたかっただけかもしれない。どこが肩かも本当はわからないのだから。)

カエルの方はまだ、ロバの姿に気が付いていないようだった。
まるで最愛の人を港で送り出した後のように、
周囲の世界を手放したまま、未だ取り戻すつもりはないようだった。

少しすると、黄色い蝶がカエルの目の前を通り過ぎた。
不規則な線を描く蝶の飛び方を見て、カエルは我に帰った。

その次の瞬間、カエルは何かが斜め後ろに立ってこちらを見ていることに気がつき、咄嗟に飛び跳ねた。
着地した水溜りの水が、カエル一匹分弾けた。

気配のした方向を見ると、少し痩せてはいるが、宝石のように美しい瞳をしたロバが、じっとこちらを見つめていた。

カエルは、相手がイタチや蛇ではなかったことに、また少し放心した。

「驚かせてごめん。」
明らかに狼狽し、消え入りそうな声でロバは言った。
ロバはロバで、カエルが逃げ出してしまう前に、呼び止めなければならないと焦ったのだ。

暫し、二人は無言で向き合った。

「いや、別にいい。」
カエルは素っ気なくそう言って立ち去ろう(跳ね去ろう)としたので、ロバは慌てて次の言葉を絞り出そうとした。
とにかく先程の光の話をしなければならない。

「君はさっきの光を見たんだろう?」
「ああ、見たさ。ということは、君も見たんだな?」と、カエルは少し低い声で言った。
「見たよ。あの光のことを君は何か知っているの?」
「光のことを何か知っているかと問われれば、何も知らないと答える。しかし、見つけたのはこれで5回目だ。」
カエルは山の方角を一瞥し、宙を見つめたままロバの方を見ずに答えた。
ロバの瞳は見つめすぎると、吸い込まれてしまいそうな、不思議な錯覚に陥るのだ。

ロバは驚いた。もっといろいろなことを聞かなければならない。

ロバが次の言葉を考えている間に、カエルは立ち去ろう(跳ね去ろう)としていた。

「それじゃあ、僕は行く。」
そう言ってカエルは森の中へ入って行った。

ロバは少し迷ったが、先程の光の方角へ向かうカエルの後を追った。

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