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夕方のロバ #14

誰もいない湖のほとりで
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月が水面を泳いでいる
昨晩もその前も
もう随分の間 同じ形で

時々パシャンと魚が跳ねる
その音以外は 月明かりの降る音が
しんしんと聞こえてきそうなほど
静かな夜

ふと 誰かが話す声がして
耳を澄ます

「遠い旅をしてきたね」
「長い旅をしてきたね」
「永遠のように感じたよ」
「永遠だったかもしれないね」

それは風の声
蜘蛛の糸のような
か細く 微かな 線を描いて

「海は深く真っ暗で」
「海は広く果てしなかった」
「それでも 風が吹いていたね」
「そう 海の底には 柔らかな風が吹く」
「また会えるかな」
「また会えるよ、きっとね」

声は糸が切れるように聞こえなくなった

静まり返った水面には
次の形の月が 当たり前のように浮かんでいた


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