音楽は慰めになってくれるのだろうか?

  気分がダウナーの時、慰めになってくれる音楽というのは、案外クラシック、特にオレの場合、チャイコフスキーとかラフマニノフとか、そのあたりが定番としていて、ポピュラーだと思うが、カラヤン、ワイセンベルグ、ベルリンフィルのチャイコフスキーのピアノコンチェルト1番、同じくラフマニノフの2番がセットになったものを好んで 聴いていたものだが、

やはりというか、音の包まれるような感覚が無くなってしまった。そのこと自体が、今は辛い。能登の妙に甘いワインで、ほんの少しばかり変な酔い方をしているので、猶更だ。諦めて、慣れていくしかないのだが、何ともな。

 5年前、心臓やってから、心電図の波形は変わってしまい、一回のパルスの形も明らかに欠損が出来た形になってしまった。そうやって、少しづつ、身体から何かが抜け落ちてなくなっていく感覚。ぶっちゃけ、それが老いというものであり、受け入れていくしかない、のは分かっている。

 いや、別にどうってことないんだよ。どうってことないってことないことないけど、そんなたいそうなことではないという感覚はちゃんと持ち合わせている。ただ、舵を切る時期なんだな、と、改めて思うだけだ。

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Takeshi Nakayama

迷走録 on note

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