出来りゃぁ、ロスを少なく進んでいきたいものだと思う。その1

 耳が遠いやつというのは長生きなのだと聞いたことがある。話半分として。もしそういうことがあるのだとすれば、妙な雑音にとらわれることが少ない、自分の思ったようにやっちゃうからなのかな? とも、思わないでもない。

 まぁ、眉唾だな。こうなった以上は、本当にそうならないと損なような気もするが、長寿自体が幸せなのかどうかは疑わしい。今のご時世、更にこの先を考えるとな。オレ個人の事情を考え併せても、長生きしたところで幸せなのか、首をひねらざるを得ない。

 とはいえ、早晩死んじゃっていいと思っているかと言えば、そうではない。当然ながら。やはり、このまま早死にではちょっと悔しい。

 聴覚に不都合ができた春の夜に、漠然とこれからのことを思うわけだ。時間はそれほどないかもしれないぞ。でも、この世をおさらばするのは、何かを成した後にしたいものだというスケベ心が頭を持ち上げる。

 これまで、かなりのほほんと生きてきた自覚は大ありなのである。もっときっちり押さえるところを押さえていたら、ひとかどの人物、とまではいかなくても、もうちょっとマシな人生も送っていたかもしれないが、まぁ、なるようにしかならなかったのだから、こんな感じの男である。それはそれで、仕方ないというか、今までのことはいいや。後悔なんかしだしたら、切りがなくて死んじゃうかもしれん。っていうか、とっくにその辺の回路は焼き切れてるのかもしれない。
 常に大事なのはこれからであって、そう考えると、後悔はない代わりに、結構なハンデ戦は十分に予測されるところだ。

 若い時は、根拠もなく、何事も成し遂げられるパワーと才能を持っていると思っていたが、今日のこのことがなくても、年を取るにつけ、自分のパワーとか才能とか、全然大したことがなく、ヘタレて、腐りかけたりして、真面目に向き合うと、これまた自己嫌悪の泥沼に陥るしかなく、それが怖くて、見ないふりするのがオトナの知恵なんだけど、もういいかな、見ないふりして、それでも、要点ぐらいは押さえる知恵もそろそろ身に着けてるような気がする。不思議とそれほど悲壮さはないのだ、今更。
 才能で乗り切るような年齢でもない。問題は、時間とパワー。それこそ、今までちゃっとやってこなかった、マネージメントの話になってくる。

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Takeshi Nakayama

迷走録 on note

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