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『風が強く吹いている(三浦しをん)』【読書ログ#14】

四方八方から怒られそうだが、駅伝は一度も見たことがない。コースの近所に住んでいた事もあるのに、沿道で旗を振ったこともないし、正月にテレビで見たこともない。興味がなかったというよりも、少し避けていた。

四方八方から怒られそうだが、駅伝とは、何も知らない純真な若者を、伝統や名誉などといった言葉で惑わし、メディアはお涙頂戴で衆目を集め、エゴ丸出しの教育者がそれに答え、それらを悪趣味な大人たちが楽しむ催しだと思っていた。(高校野球にも同じイメージを持っている)

だが、三浦しをんの超爽やか青春スポ根小説『風が強く吹いている』を読み、私の勘違いは正しく訂正された。駅伝は素晴らしい。

この小説は、崩壊寸前の木造アパートで、一つ屋根の下に暮らす10名の大学生が、箱根駅伝を目指す物語だ。

10名のうち2名は天才とも言える長距離のエキスパートだが、のこりの8名は長距離の経験もない、人によっては運動の経験すらない者たちの寄せ集め。

エキスパートの2名も盤石ではない。リーダーの清瀬は膝の故障に悩まされ引退した身だし、走(かける)は暴力事件を起こし表舞台から身を引いていた。

だが、寄せ集めの即席チームは、同じ屋根の下に暮らしていることから生まれる連帯感と、リーダーの清瀬の見事な采配でメキメキと実力を伸ばし、RPGのプレイヤーかなという勢いでリニアに成長していく。そして、誰もが無理だと信じて疑わない箱根駅伝出場を射程にとらえていく。

荒唐無稽な物語といえばそのとおりなのだけど。私なんかは駅伝の知識ゼロなので「ふーん、そんなものか」とスイスイ読みはじめてしまう。

だが、読み進めるうちに、だんだん呼吸が苦しくなってきて、酸素が薄くなってくる。足は重くなり、目が霞んでくる。もっと先を読みたいが息が苦しい。でも、苦しいけど読み進めてしまう。

600ページ超というボリュームを走り、ゴールが見えるころ、10名が襷をつなぎながらも孤独な戦いに挑む姿が見えてくる。目頭を乾かすための瞬きが増えてくる。

主人公の一人、天才ランナーである走(かける)は、清瀬から「速い」ではなく「強い」選手になれと諭される。この小説は、箱根駅伝という目標と並行し、走(かける)が「強さ」とは何か、自身の成長と共にそれをを見つけるのがもう一つのテーマとなっている。

彼は、走ることしか出来ない。走りながら、少しづつ「強さ」とは何かを考え、少しづつ「強さ」を理解し、自分のものにしていく。

この物語の若者たちは、誰かのために戦っているのではない。メディアも学校も何も関係ない、自分のために自分と戦っている。

なかなかのボリュームだが、最後まで一気に読んでしまった。おすすめ!

ちょっと走っちゃおうかな? なんて思ってしまった。

「それって有意義だねぇ」と言われるような事につかいます。