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「おうちSEMラジオ」#11。

こんばんは。
先週、先々週と、2度もラジオをサボってしまいました。その理由というか言い訳も説明した今週のラジオを聴いていただけたら嬉しいです。


Spotifyなど他のリンクは下からどうぞ。。



今回は主に先日公開したレンズーリ先生の動画のなかで、レンズーリ先生が何度も強調されていた「すべての子のための才能伸長教育」について、補足的なお話をしています。

動画を視聴していただいたこと前提にお話していますので、まだ観ていない方は、ぜひ観ていただけたら嬉しいです。



ラジオのなかでも言いましたが、「すべての子」と聞くと、「すべての子=みんな一緒」と自動的に思ってしまう方もいらっしゃるようなのです。でもレンズーリ先生も動画のなかで繰り返されていますが、ここでは「すべての子それぞれ」を意味しています。

「すべての子それぞれ」、つまりは「個人」を丁寧に見て、その個人に合った学びを実現する「機会」と「リソース」と「奨励」を与えましょう、その個別最適な学びを、可能な限りすべての子に与えなくては、とレンズーリ先生は何十年も訴えられてきました。

「すべての子に(英語ですと)gifted education の機会を」というのは、「子どもは全員ギフテッドだから、すべての子にギフテッド教育を」という意味ではまったくありません。

すべての子は「ギフト」で「スペシャル」だからこそ一人ひとり違うし、個人差や能力差は大前提。

その上で、どの子もそれぞれ持っている「強み(=才能のタネ)」を、それぞれに合ったより効果的な方法で伸ばしていけるSEMを研究開発したよ、それぞれに合った方法で学ぶのだから、すべての子が同じ学校という空間で受けても何の問題もないよね? という意味です。

同じ空間にいるからといって、同じ内容のものを同じペースで同じように学ぶわけではありません。同じ教室内で、仮に同じ教科を学んでいても、習得別に違うワークを(しかも個人それぞれ学びやすい方法で)学ぶ、ということです。これだと「すべての子」が「同じ教室内」で「それぞれに合ったやりがいのある学び」が可能です。それには diffrentiation(個性化・個別化)が欠かせないのです。

トモエ学園はちょっと奇抜ですが、あのような教室を想像してもらえたらわかりやすいかもしれません。同じ空間で、それぞれの生徒が、それぞれの学びをする時間もあれば、同じ教科を皆で学ぶ時間もあり、又、同じ教科を習得別のグループに分けてそれぞれ学ぶ時間もある、ということです。教師はティーチャーというよりファシリテーターです。独学で学ぶのが合う生徒は、同じ教室内で独学で学んでいきます。(ケースバイケースなので、もしかしたらその時間枠だけ図書館や自習室で独学するかもしれません。)誰かに指導してもらったほうが学びやすい子は教師や同級生が教えます。それがSEMのイメージです。

インクルーシブ教育に個性化(differentiation)は欠かせませんが、ギフテッド教育にも個性化は欠かせません。ギフテッドの特性を持つ子達こそ それぞれのアカデミックレベルに大きな差があるからです。

しかも個人のなかで教科ごとに大きな差があったりします。国語は高校生レベルだけど算数は実年齢の小学生低学年レベルである場合、国語だけ科目別飛び級することもできますが、differentiation という方法を取れば、(もし本人が大きな高校生のなかで学びたくないと言うのなら)飛び級しなくても高校レベルの国語の学びが自分の慣れ親しんだ教室内でできるのです。

SEMの場合、「ギフテッド個人」と「ギフテッド教育」を切り離して考えてほしいと思います。SEMは「どの子がgiftedか」を識別しなくても、「個人それぞれ」を丁寧に調査して行う personalized learning ですから、カスタムメイドの学びと才能伸長が可能になります。

「おうちSEM」単体で見ると、SEMのカリキュラムベースであるETMに沿っている探究学習なため、「ああ、SEMって個別に行う探究学習ね!日本でも総合学習でやってますよ~」と誤解される方もいるかもしれません。でもSEMが目指すものは「学校全体の改善」です。単純に探究学習だけを行っているだけではないのです。

長くなりましたが、このSEMの大まかな概要をレンズーリ先生ご本人が日本のオーディエンスだけに向けて丁寧に説明してくださっていますので、保護者の方だけでなく、学校の先生方にもぜひ観ていただけたらと願ってやみません。

又、「すべての子のためのギフテッド教育」に引っかかる方にこそ、頭のなかを一瞬だけゼロにして観ていただけたらなぁと思います。私自身も「ギフテッドの子はギフテッド教育でないと無理だ!」と強く思い込んでいた親でした。ギフテッドに特化した教育でないと(個性も特性も)理解されないし絶対に無理!と思っていたのです。

その思いがレンズーリ先生のもとで学び始めてからひっくり返ってしまいました。「すべての子それぞれが伸ばせるのなら逆に最高じゃない?」と思ったのです。そして早修などほかのギフテッド教育を受けていた息子の「おうちSEM(=ETM)が この10年のなかで一番楽しかった」という一言で、ああ、私はSEMの伝道師になろう!と心に誓ったのでした(ウソ)。

以上。

日本の「特異な才能のある子」を含めた個別最適な学びは SEMと理念・方法を共有する学級での教科教育です。有識者会議の素案をわかりやすくまとめた動画を学びの個性尊重プロジェクトの上田志穂さんが作成しましたので、そちらもぜひご覧ください。


そして8月15日までに文科省までご意見を~!!!

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