夏の昼の夢/翔×直人

 9月の半ばを過ぎても暑い日は続いていて、水族館デートを終え、少し休もうかと近くの森林公園に立ち寄ったのが三十分前。直人が飲み物を買ってくるとベンチから立ち上がったのが十五分前。
 ……流石に時間経ちすぎじゃない?
 LINEをしても返事がないので、もしかしたら熱中症になってどこかで休んでいるのかもしれないと焦って立ち上がる。翔も直人も今日はキャップを被っていて、目印にはしやすかった。
 そもそも、直人は見ればすぐに分かる。体躯の良さと、全身からにじみ出る人のいいオーラは、例え雑踏だろうとすぐに見つけられるのだった。
 だから、見つけた。見つけたんだけど。
 なんでか縮んでいた。パッと見、小学6年生ぐらい?
 キャップを目深に被り、両手にはペットボトルを抱えて、服装は先程の直人そのまま。強烈な白昼夢だなと、即座に決定づける。
 最初は完全に見間違いだと思ったのだ。でも、すれ違った瞬間に目があって、あれ、と思った。
 ――本当の本当に、直ちゃんじゃない?
 ぎゅっと腕を掴まれて、怯む。不安げで寂しそうな目に引き込まれた。
「……あの、……おれ……ぼく、のこと、知ってる人ですか」
「え? ……あ、いや……」
「ぼく、いつの間にかここにいて、よく、わからなくて」
「あ、う、うん」
「でも、あなたのことを、知っている気がします」
 きっと本人も「何を言ってるんだろう」と思っている。
 厳しい教育をされてきただろう子供が、縋るように翔を見つめるしかない気持ち。想像して、胸がぎゅっと締め付けられた。
 状況はちっとも理解できないけれど、ひとまずこの子を守らなければ、と思い至る。ちょっとそこに座ろうか、と噴水近くのベンチに並んで座った。
「俺は翔って言います。ええっと、こういうところで仕事してます。これ名刺ね」
「あ、ありがとう、ございます。ぼくは、よし…」
「わっ! 知らない人に名前言わなくて良いよ!? 危ないから!」
「……翔さんは危ないんですか?」
「いや、全然、危なくないけど……」
 危なくはない。それは誓う。まあそれに、これは白昼夢だろうから、いいのか? 呼ぶ名前を知らないのは、ちょっと大変だし。
「うーん。じゃあ名前だけ。名前の……最初の二文字だけ教えて?」
「……なお、です」
「なおくん。……うん。じゃあ、直ちゃんだね」
 びっくりした顔は、直人そのものだ。幼い顔立ちを、改めてまっすぐ見据える。首筋のほくろまで全く同じ位置にあって、なんとも丁寧なつくりの夢だなと関心した。
 しばらく沈黙が続いて、いけない、と仕切り直すように声をかけた。
「えーっと。直ちゃんは、なんでここにいたの?」
「……分かりません。自動販売機で、飲み物を買ったところからしか、記憶が……」
「そっかそっか。でも大丈夫だよ。きっと誰かが迎えに来てくれるよ。もし来なくても、俺がちゃんと送ってあげる」
「……知らない人と歩いちゃいけないって、父に」
「だよねえ。喋るのもダメだろうから、全部秘密ね」
「ひみつ」
「うん。俺と直ちゃんの、秘密だよ」
 夢だからこれぐらいはいいかな、と、小指を差し出す。直人は逡巡し、しばらくしたら恐る恐る指を絡めた。
 いたいけで、いじらしい子供。強い物言いは今でも得意ではないから、きっとこの頃も繊細な心は幾度となく傷ついたのだろう。
 ぎゅっと小指に力を込めると、直人はどこか嬉しそうに頬を綻ばせた。
「初めてこういうこと、しました」
「あれ、そうなんだ? ゆう……じゃなかった、兄弟とかいないの?」
「あ、4つ下の弟が居ます。でも、あんまり、こういうことは」
 優人もまだ全然小さいもんね、と知ったような口ぶりで返しそうになり、噤む。
 夢だから、本当は言っちゃってもいいんだろうけど。とはいえ、知らない人から知るはずのない弟の話聞かされたら、怖くて泣いちゃうよね。
 いつもだったら、直人が落ち込んでいればすぐに抱きしめて、頭を撫でたり背中をさすったり。そういうことでも安心させてあげられるのだけど。
 今の俺は君にとって他人なので、そういうことは、勿論しない。出来ない。
 君が大人になったら、きっとね。
 きっと、必ず出会えるからね。
「じゃあ、そろそろ帰ろっか」
「え、えっと」
「大丈夫。秘密は守るよ」


 そう言って立ち上がったつもりが、ベンチに座っていた。ハッと意識が戻って、直人が戻ってくるのを待ちながら寝こけていたことに気づく。最近ちょっと忙しかったしなあ。なんか不思議な夢を見ていたような。
「翔さん、お待たせしました」
「直ちゃん! おかえりー」
 ペットボトル二本のうちの一本を翔に差し出しつつ、直人が横に座った。あ、なんだか夢でみたような気がする。この感じ。
「俺、この公園小さいころ来たことがあるんです」
「え? そうなんだ。ご家族と?」
「いえ、なんでか俺一人で……。来た経緯とかは思い出せないんですけど……。でも、……そうだな、翔さんみたいな人に会ったような気がします」
「ええっ。あぶなっ。ダメだよ知らない大人と喋ったら!!」
「あはは、その通りですね。でも、『この人は大丈夫だ』って思ったんだよなあ……なんでだろう。不思
議ですね」
「えー、怖い怖い。もう俺以外の大人についていかないで! 約束!」
 と言いながら小指を差し出すと、直人はびっくりした顔で「あれ?」と言った。どういう「あれ?」なのかは、分からなかったけど。
 それから笑って、小指をぎゅっと絡めてくれる。
「俺はもう大人ですよ」

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すこしふしぎ翔直。
こちらもTwtterリクエストだったはず!ショタ直人と大人翔のお話的な……。ショタは楽しいですね〜


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