あけおめことよろ/真田×鹿嶋

※2年生になる年の1月の話


 初詣ほど鹿嶋に向かない行事は無い。それはもう、断言出来る。
 なのに、だ。
 真田は現在、殆ど寝てたままの鹿嶋の腕を引っ張り、鹿嶋宅から徒歩五分の、小さな神社に連れ出すことに成功している。
 なんで俺が、という顔はただのポーズで、正直、物凄く嬉しい。鹿嶋と初詣だなんて、なんらかのバグが起きたか、天変地異、あるいは最高にラッキーな何か、がなければ果たされないからだ。
 鹿嶋は、自分の睡眠欲に抗うようなことをしない。寝ることが半ば第二の趣味のような男だ。夜中の一時に叩き起こし、極寒の中を歩かせるなんて、半ば無理ゲーである。
 が、真田には伝家の宝刀かつ大義名分、今世紀最大の〝ラッキー〟があった。
 そう、鹿嶋の母、カオリからの直電である。

 そこそこ夜型の真田は、年明け一発目、ぽこぽこやってくる新年の挨拶にひたすら返信を続けていた。一応、鹿嶋には自分からも送っておく。この時間、鹿嶋はどうせ寝ているし――夜型、朝型関係なく、鹿嶋はよく寝る――返信は期待していなかった。
 そこで、突然カオリから着信があったのだ。驚いてスマホを取り落しそうになりながら受けた連絡は、こうだ。
 年末年始、飲み会の付き合い諸々で大変に忙しい。今日も一瞬帰宅して、これから店の客と女の子たちを連れて初詣に行く。幸も起こそうとしたがビクともしなかった。だから――
『今すぐ幸を初詣に連れてって!』
 初日の夕方に参拝するタイプの真田は、この時間から? と困惑した。が、カオリ曰く「寝起きのわけが分かってない状態で連れて行く方が簡単」――なるほど、一理ある。そもそも、鹿嶋は初詣という行事自体に興味が無い。カオリも毎年連れ出しチャレンジをしているらしく、失敗に終わっているとのことだった。高校生活も中盤に差し掛かった今、様々な神頼みをして欲しいのが母の唯一の願いだそうだ。
 うーん、この時間に電話がかかってきたことから、分かっちゃいたが。
 カオリさん、完全に酔っ払ってんな。
『真田くんなら幸も起きる! っていうか家の鍵開けといたから、起こして! そんで出る時に鍵かけてって〜!』
「は!? いやちょっ……」
 ブツッと途切れた通話に、この母あってあの息子あり、と思わずには居られない。まあ、ちゃんと「初詣もう行った?」と聞いてくれたので、息子よりはずっと良かった。
 いや、んなわけねえ。鍵開いてるって、何!? 防犯意識ゼロかよ! 酔っぱらいって怖い!
 大慌てで準備を済ませ、別に本当に一緒に行きたいとか思ってなかったしカオリさんに頼まれたからだし防犯的にも問題あるし、と言い訳しながら鹿嶋宅にタクシーを飛ばし、ピンポンを一応一回押して家に乗り込んでからの、今だ。
 当然寝ていた鹿嶋は、この世の終わりのような表情で真田の存在を認識した。何故、も、どうして、も、無い。ただただ「馬鹿か?」という感情が伝わってくる。
 もはやこれぐらいでは怯まない真田は、スウェット姿の鹿嶋を無理やり起こし、ちゃっちゃか服を着せ――今に至る。

 鹿嶋は意外にも寒がりだ。そのことを知っていた真田は、ヒートテックの上にロングスリーブ、その上にゆるいセーターとダウンジャケット、仕上げにマフラーをぐるぐるに巻いて、完全防備に仕上げてやった。お陰か、寒さに文句を言われることはなかった。
 そもそも、鹿嶋は現在、ほぼ寝ている。目が開いているかも怪しく、本当はおぶってしまおうかとも思ったのだが、鹿嶋の体重と自分の体力を計算した時、五分の距離を歩ききれるか不安でやめた。情けない限りである。
 参拝を終えたら、すぐに家に帰そう。帰宅して、もう一度風呂に入って、寝よう。
 そう決めている間に、神社に辿り着いた。地図で見つけただけで、一度も訪れたことのない場所。流石に人出はそこそこで、けれど有名所よりはずっと少なく、丁度いいなと思う。
 ぱっぱとお清めをさせると、鹿嶋の肩がしびびと震えたことが分かる。うわ、猫だ。猫が居る。ちょっと感動していると、恨めしそうな目で睨まれた。さっきより目が開いているあたり、少しは意識がはっきりしたようだった。
「寒い。眠い。冷たい。帰る」
「子供か……。カオリさんにちゃんと連れてけって言われてんだよ。もうちょい我慢しろ」
「カオリに言われたらなんでもやんのか?」
「うるせー! 俺だって『なんで?』って思ってるわ!」
 痛いところを突かれつつ、勿論それだけが理由ではない。正直、改めて、物凄く、有り難かった。後ほど、カオリの今後も素晴らしいものであるようにと祈る予定だ。
 一年の計は元旦にあり。真田にとって、一月一日から鹿嶋に会えたことは、この上なく幸先の良い出来事だった。通常の連休ならまだしも、長期休みに入ってしまうと、会いたいと言い出せない真田だ。わざわざ会いたがる理由を聞かれたら困るし、うまく答えられる自信もない。きっと鹿嶋は、理由など聞かないし、気分が乗れば会ってくれるんだろうけれど。
 参拝の列に並ぶと、鹿嶋はぶるる、と震えた。意識が冴えた分、寒さに敏感になってしまったらしい。
「くっそ……ふざけんなマジで……」
「おい、人を殺しそうな顔をするな」
「誰のせいだと思ってんだ、ああ?」
 久々に青筋立ててキレられて、ひぇ、と思いつつ、そんな顔も結構可愛い。いや、結構どころか、相当可愛い。そんなことを考えているとバレたら、いよいよ殺されそうだが。
 慌てて前を向き、表情を悟られないようにする。「あと五分ぐらいで順番来るから」と返そうと口を開いたところで、ずぼ、と何者かが真田のジャケットのポケットに侵入した。
「うおっ!? つめった!!」
 ポケットに収められていた手の上に、鹿嶋のてのひらが重なる。キンキンに冷えた手に思わず悲鳴をあげると、前に居たカップルが驚いて振り返った。慌てて「すみません」と謝り、鹿嶋を睨みつける。新年早々、恥をかかされた。
 鹿嶋は溜飲が下がったのか、満足そうな顔をしている。
「お前だけ手ぇあっためてんのズルいだろ」
「いや自分のポケットに突っ込め! くっそ冷てぇ……」
「無理。財布とスマホ入ってるし」
「お前な〜……」
 ポケットのサイズはさほど大きくなく、男二人の手が入ってるだけでパンパンだ。どうしても密着するてのひらと、そこから伝わる熱に、意識が持っていかれてしまう。
 こいつ、恥ずかしげもなくこういうことするから、怖い。人の気も知らないで、なんて奴だ。
「あったけ」
「俺はぬるくなった」
「いい気味だわ」
「……カイロ代、百円」
「バカ? 連れ出された可哀想な俺に五千円」
「お前の方がよっぽどバカ!!」
 狂った値段設定に喚くと、鹿嶋が今日初めて笑った。可愛い。死ぬほど可愛い。
 くそ、と悪態だけついて、もうそれきり。出せ、とも、離せ、とも言えなくなる。
 順番が来るまでの短い時間、二人はずっと手を重ねて、暖を取り合っていた。一年の計は元旦にあり。幸先は、確かに良いものとなりそうだ。


***

あけましておめでとうございます!(遅)
クリスマスという翔直記念日が過ぎ、新年を迎え、11日も経ってしまいました😂う、うそ〜……っ。
今年はこういう、なんでもない小話をもうちょっとあげていければいいなと思います。言うだけはタダ……😂
翔直も書いたらアップしに来ますね。

年賀状も有難うございました。受け取っております。凄く嬉しいです!😊
感想も添えてくださって、楽しく読ませていただきました。単行本派の方にも、楽しんでいただけるように色々頑張りたいと思います。

それでは、今年もどうぞ宜しくお願い致します!

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