海に来た/真田×鹿嶋+翔×直人

「夏の海で荒稼ぎしない?」
 と翔が言った。
 翔が言った、ということは、真田と鹿嶋に拒否権はない、ということだ。

 夏ど真ん中の海の家というのは、こんなに激しいものだったのか。
 と、笑顔で給仕しつつも内心は大量の汗を流している真田である。おかしい。いいですよ、の一言を言い切るかどうかのところで、気付けば翔の車に乗って千葉の海まで運ばれていた。
 翔の知り合いに海の家組合の人間が居たことから物語は始まるらしいが、そんなこと今の真田には全くどうでもいいことだ。
 とにかく、この店、連日異様に忙しい。
 それに、気のせいでなければ、女性客が多すぎる。
 大半どころか九割以上を女性客が締めるこの店は、特別凝った何かがあるわけではない。ホール(と言うには狭すぎるが)要員に真田と鹿嶋、キッチンに直人、現場責任者のポジションに翔が居る。それだけだ。
 あまりの忙しさに、キッチンの直人も時折ホールまで料理を運びに来てくれるのだが、その度に話しかけられては戻るのに苦労しているので、翔が「キッチンに集中してていいよ!」と慌てて奥に引っ込めるほどだった。
 声かけ問題は、当然真田や鹿嶋、翔にも及ぶ。
 無視するわけにはいかないが会話をする暇も当然なく、次から次へと入店してくる客を捌くだけで手一杯だった。更衣室利用についても『用意していません』と店頭にデカデカ張り出しているのに、「案内して」と強く腕を掴まれたりーー使い古された言葉で言えば肉食系の巣窟のような有様だった。
 バイトのシフトはA・B・Cで分けられていて、真田・鹿嶋・直人はAの昼組。最も忙しい時間であることは間違いないが、それでも限度があるだろう。Aグループの時間が終わり休憩に入ると突然客足が緩まるようで、それについては腹立たしくさえ思える。
「えー!? うそ高校生!? やばい超かわいいね」
 と、背後から飛んできた明るい声に思わず振り返る。鹿嶋が大学生ほどの女性客三人に捕まっていた。物理でパーカーを引っ張られているので強く振り払うことも出来ず、かなり鬱陶しそうな顔をしている。
 助け舟を出してやりたいのもやまやま、しかし体は一つしかないのでそれも叶わない。キッチンカウンターに戻りつつ、客を案内しつつ――数分後に視線を送ると、まだ喋ってる姿に驚いた。いや本当に忙しいんだけど、今!?
 そもそも、鹿嶋の顔は一般的に見れば強面の部類の筈だ。夏・海・出会いの場、という三拍子揃った解放感によって、鹿嶋への恐怖心が消えているのかもしれなかった。もしくは単純に年下という事実?
「あの、マジで忙しーんで。もういっすか」
「待って待って、今日何時に終わるの? 終わったあと一緒に遊ぼうよー」
「遊ばないっすね」
 その素っ気なさも凄まじいなお前。とちょっと憧れる。ここまでバッサリ断れる術を真田は知らなかった。誰に対してもある程度はいい顔をしてしまうというのは、人間であれば当然というか。
 やっぱ鹿嶋って宇宙。
 でもそういうタイプの女性って、多分まだまだゴネるんだよな。これは経験則。はあ、とため息を吐きつつ、鹿嶋の方へと足を向ける。そのまま、通りすがるような速度で横から頭を鷲掴んだ。鹿嶋が驚いてこっちを振り返ろうとする前に、肩に手を回してぐっと引き寄せる。
「すいません、こいつ日焼けしたら死ぬんで」
「は?」
「またね」
 目元だけで笑い、そのまま鹿嶋を連れて入り口へと足を向ける。三拍置いて、離れた所から女性客の悲鳴が聞こえた。
 ああもう、こういうの本当に柄じゃない。すげぇ照れる。鹿嶋の肩から腕を外して、赤くなった顔を隠すように口元に手を置いた。
「くくっ……。なに今の。芸能人気取り?」
「ちっげーーーわ。つーか助けてやったのに礼もなしかよ!」
「んじゃあとでかき氷奢られてやる」
「……あ? 何今の俺の聞き間違い?」
 ジト目で睨みつけると「それ以外がいいのかよ」と鹿嶋が面倒くさそうな顔をする。
 当たり前だろ。そう返すより早く、真田の耳元に近づいた唇が囁いた。
「じゃ、ホテル帰ってセックスだな」
 ……それってお前がしたいだけじゃね?

 翔の見立ては正しかった。正しすぎた。故にこの忙しさは想定外だった。
 未成年組をホテルに返した後で、今日の売り上げ計算を終えた翔は、腕を上げぐっと背伸びをする。凝り固まった体からパキパキと音がして、相当だなと苦笑した。
 「荒稼ぎ」とはよく言ったもので、例年の売り上げを安安と超えているあたり、流石真田だなと感心する。
 真田は未だ「稼げるから」という理由で読モを続けているし、不思議と隙だらけなのでバイト先も即座に特定される。警戒心はそこそこあるくせ妙に抜けているのは彼の欠点でありつつ明らかに美点で、だからこそ大人が守ってあげなければという気持ちにもなる。
 明日からは時給を上げてシフトを減らしてあげよう。それでもって普通に海とか近場で遊んでもらおう。幸も同じく。その代わりに俺の友達呼びつけて入れればいいし。
 などと考えている間に、キッチンの片付けを終えた直人が翔の目の前に座った。トロピカルジュースを二つ持って「材料が余ったので」と微笑みながら差し出してくれる。
「ありがとう直ちゃん♡ 今日もお疲れさま! かんぱーい」
「翔さんこそ。かんぱーい」
 カチャンッと軽い音が響かせて、ストローを咥える。酸味の強いジュースは疲れた体にじんわり染みた。
「はー……おいし……。直ちゃんは何をさせても天才的だねぇ……」
「ふ、これほぼ市販ですよ?」
「市販をこんなに美味しく出来るなんて天才……」
「うーん。何をしても褒めてくれるなあ」
 語尾が笑っていて、つられて笑う。直人とは、笑うタイミングが似ているなと思う。そういうところも好きだった。
 誰も居なくなった海辺は真っ暗闇に覆われて、細波と風の音だけが耳に届く。昼間の喧騒からは想像も出来ないほどの静けさが心地良かった。
「あ、もう九時近いね。ぼちぼち帰ろうか」
「そうですね。二人とも起きてるかな……ちょっと遅いけど、晩ご飯一緒に食べたいですよね」
「だね、食べよ食べよ。寝てたっていいでしょ、叩き起こせば!」
 ホテル代も食事代も出してあげるから、十日間体を貸して。
 それが翔の出した条件だった。破格のバイト代を設定した上での好条件。翔の仕事は大抵の場合無茶振りだが、その分の対価はしっかりと用意することにしていた。
 許可を得た翌日には海へと連行、今に至るという訳だ。未だ、訳がわからない忙しさに翻弄される二人を見て、申し訳なさと可愛さが半々ぐらい。明日からは今までよりはゆっくり出来るからね、とご飯の時に教えてあげよう。
 ジュースを片付けて、海の家を後にする。浜辺をざくざく音を立てながら並び歩いた。いつもよりわざとゆっくり。沈黙がしばらく続いて、先に終わらせたのは翔だった。
「直ちゃん、モテてたねえ」
「……それを翔さんが言いますか?」
「あれ。確かに?」
 そう、直人もモテたし、翔もモテた。直人は体躯の良さが際立っているし、翔は見た目からして誰よりも話しかけやすい。真田や鹿嶋ともまた違った方向性で好感を持たれる為、真田ほどではないにしろ、かなりの確率で声をかけられていたのだった。
 翔なんて、キッチンからホールから在庫出しからレジ打ちまで全てこなしているせいで、誰よりも客と顔を合わせる。海の家じゃなかったら、LINEのIDか携帯番号を書かれたメモを渡されまくっていたであろうことも容易に想像がついた。みんなビシャビシャで良かった。と、結構本気で思う。
 翔の問いかけに対して、直人が少しばかり不満げだったことに気を良くした。嫉妬するのもされるのも、心に余裕がある時は楽しいものだ。
 立ち止まって、周りに誰もいないことを確認する。
「キスしていい?」
「あれ、今日はちゃんと聞くんですね」
「そんないつも不意打ちだっけ」
「はい。……こんな風に」
 瞬間、ちゅっと唇を奪われた。目を見開いて、固まる。そのまま、ぺろ、と唇を舐められて、わあ、と声が出そうになった。
 すぐに顔は離れていって、直人の顔がちょっと強気に笑っていた。
「びっくりました?」
「…………うん。超びっくりした。……え、今のめっちゃヤバいね。もっかい不意打ちして!」
「それ不意打ちって言いませんから」
 あは、と柔く破顔した直人は、実際耳まで赤く染まっていて「慣れないことはするものじゃない」と言う風に照れている。
 心臓が鷲掴みにされて、きゅう、と喉が鳴った。
 羞恥を誤魔化すように、先に歩き始めた直人の背中へ、声をかける。
「直ちゃん。二人のこと、起こさなくていいよ」
「え?」
「その前に、シよ」
 困ったような顔をして、けれど君は頷いてくれるのだ。


 かくして二組は夜通しセックスをしてしまった為、翌日地獄を見るのであった。(完)

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エロのターンも頑張って書いてたんですがデータを消失しちゃったんですよね……悲しみ。
単純にエロが好きなので、それしかない話とか書きたいな〜と思っています。

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