ノットのエレクトラ

エレクトラ 演奏会形式上演
J.ノット(dir)東京交響楽団、C.ガーキ、S.C.ウォレス
20230512@ミューザ川崎
20230514@サントリーホール

まことに圧倒的としか言いようが無い凄演。2022年の驚異的なサロメを完全に超えている。

ノットが指揮する東響の創り出す音楽は尋常ではない。シュトラウスのスコアをあくまで精妙精緻に透明に響かせながら、強烈な磁力をもって圧倒的なカタルシスの音のドラマを築き上げている。

だが最も重要なのは、シュトラウスの音楽の底流にあるモーツァルトの存在が音楽的に明らかにされたこと。だからこそ地を揺るがすアガメムノンの動機と清らかなクリソテミスの動機が、一切の違和感なく音楽的に共存していたのだ。クリソテミスの嘆願の音楽で鳥肌が立ったのは初めての経験だ。この作品の上演でこの高みに達した例は数ある歴史的名盤でも決して多くはないが、ノットの音楽創りは明らかにその境地に達していた。作曲者が聴いたら随喜の涙を流すことだろう。

歌手については、サロメでのグリゴリアンも世界一級レベルの名唱だったが、ガーキーの圧倒的存在感には及ばない。声量もさることながら、豊かな中低音域と巫女の如き支配感はA.ヴァルナイの正統な後継と言うべきか。幕切れの絶命シーンで舞台に倒れ込む芝居など凄まじい限り。これはT.アレンの演出も讃えられるべきだろう。

初日の会場はミューザ川崎だったが、その音響の鮮明な分離感には驚かされた。まるでHiFiオーディオで聴いているかのようにオーケストラの各楽器が鮮明に聴き取れる。この初日の圧倒的なインパクトにこのホールの音響が作用しているのは間違いなかろう。

事実、2日目のサントリーホール公演では音楽の完成度は初日より明らかに上がっているが、まろやかに溶け合って響くホールの音響の違いからか、テンションは初日より下がったように聴こえた。ガーキーの幕切れの芝居も初日とは異なりクリソテミスとの抱擁で幕を閉じた。ホールの特性が演奏者に作用していたと考えるのは深堀しすぎか。

それでも両日ともにザルツブルクやメトでもおいそれと聴けない水準の演奏であることに変わりはない。こうなるとノットと東響のドン・ジョヴァンニを聴き逃したことが悔やまれてならない。何とか再演してもらえないものか。


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