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「いらっしゃいませ 在庫を切らしております」第一話

著書 せな


この作品はフィクションです。
登場人物やストーリーはすべて架空のものであり、創作物です。実在する人物や団体、商品等とは一切関係ありません。


あらすじ

高級腕時計ブランド‘‘ルノックス‘‘を求めて‘‘ウォーカー‘‘と呼ばれている奇妙な人々が連日熱狂しながら正規店に詰め寄っていた。
正規店販売員たちは在庫を守るために裏に隠し、懸命に売り捌きを続けていた。
買えないウォーカーと正規店販売員は毎日激しい争いを繰り返している。
しかし、ある日、新人店員の美波が入社する。
彼女は元キャバクラ嬢で、誰よりもウォーカーの心理を理解していた。
なぜ販売店が商品を隠すのか、なぜウォーカーは熱狂しているのか――。
ウォーカーたちの執念と、正規店販売員たちの知恵が交錯する中、高級腕時計ルノックスの真実が明らかとなっていく・・・



時は20××年、ルノックスバブルの真っ只中。

高級腕時計が沢山売れる時代が訪れていた。

なかでも高級腕時計ブランド‘‘ルノックス‘‘は圧倒的な人気を誇り、一部のモデルは入手困難となっている。

ルノックスを手に入れることが、一種のステータスシンボルとなり
手に入れた者は、優越感に浸り、周囲の注目を浴びることができるのだ。


また資産価値の高いルノックスは投資や転売目的で購入する人も多い。

定価で買えば儲かってしまうこともある不思議な時計だ。

まさに腕時計が人々の欲望と羨望を渦巻かせる、激動の時代を迎えていた――。


昨今は世界中で異様な現象が起こっている。

高級腕時計ルノックスを巡り‘‘ウォーカー‘‘と呼ばれる人々が大陸を疾走しているのだ。

彼らはルノックスを手に入れるために命をかけ、時には他のウォーカーたちと激しい争いを繰り広げることもある。

またルノックスを取り扱う正規店販売員たちへ攻撃を仕掛けることも珍しくない。

この現象は‘‘ルノックスウォーキング‘‘と呼ばれ一種の社会現象となっている。

ウォーカーたちは今日もルノックスの正規店で販売員に問いかけていた。

「デイトゥナありますか?」

しかし返事は毎回決まって『在庫を切らしております』だ。

ある日を境にルノックスウォーキングを巡る熱狂がさらなる激化を見せた。

日本のルノックス正規店から商品が跡形もなく消えてしまったのだ。


正規店販売員たちは商品を守るために在庫を全て隠したのである。

そんな中、1人の女性販売員がいた。
彼女の名は清水美波。

かつて夜の世界で輝いていた元キャバクラ嬢だ。

彼女は販売員として商品を提供するだけでなく、夜の世界で培った経験を活かしてお客様の悩みや不安に共感し解決策を提案することを得意としていた。 

「夜の仕事で鍛えた人間力、販売員として活かしますよ!」と彼女は、得意げに語る。

美波はウォーカーたちが求めるルノックスをどのように販売したらいいのか苦戦する。

ウォーカーたちとの闘いを終結させることはできるのか


高級ブランド店は本来どのような存在であるべきなのか

これは高級腕時計ルノックスを求めて歩き続ける人々「ウォーカー」と 


ウォーカーに悟られないように在庫を隠しながら売り捌いていく「正規店販売員」の闘いの記録だ。

ウォーカーたちの執念と正規店販売員たちの知恵が交錯する中、
高級腕時計ルノックスにまつわる真実が明らかになっていく。 

現在も続いている終わりなき闘いを讃えて
両者への激励の意を込めて綴る


これは私たちの物語だ。


第一話

混沌とした20××年、今日もウォーカーは歩き続け『在庫が一つもねえなんてありえねえだろ』と言いながら正規店に詰め寄っていた。


しかし販売員たちは毎度のごとく『入荷時期は未定です』と顔色一つ変えない。


某所の変わらぬ光景だ。

正規店に訪れるウォーカーたちは、ルノックスを手に入れるために命を懸けているとも言えるほどの情熱を持っていた。


販売員たちは一瞬でも在庫があることが悟られないように、ウォーカーの目線を避けながら店内を移動する。


そして一目のつかない場所に‘‘選ばれた‘‘ウォーカーを誘導し、一つずつルノックスを販売していくのだ。

その中でも、特に希少性が高くプレミア価格のついたデイトゥナは、
ウォーカーたちが熱望する品目の一つだった。

販売員たちはデイトゥナを持っているかどうか聞かれることが非常に多いが、そのたびに内心手に汗を握っていたのである。

在庫はありますか?と質問をされた時、あっても『ない』と答えることがあるからだ。


バックヤードには店頭にはない商品が眠っている。

以前は店頭にあった商品もバックヤードで管理しているのだ。

店頭に商品を出した場合、ハイエナと呼ばれている野心的な‘‘転売屋‘‘の餌食となってしまうので販売員は‘‘タイミング‘‘を見計い販売する必要がある。

さらにウォーカーが求める商品が多様化したことと、
その反面、店頭に長く滞在している商品は不人気モデルと見なされ、イメージを傷つける可能性があるということも店頭在庫をなくした理由のひとつではないだろうか。

その為ウォーカーたちは来店して今日は在庫はあるかどうかを聞きにくる。

そして運よく選ばれたウォーカーだけが購入することができるのである。

販売店側は在庫を全て提案型にすることで問い合わせの少ないモデルでも
『たった今入荷したんですよ』とアピールすることでお客様の満足度を高めることができる。

入手困難だとブランディングすることで、多くの人が欲しくなる魔法にかかるのだ。

しかしバックヤードに在庫があることがウォーカーに知られてしまえば、暴動が起こる恐れもあるため販売員たちは慎重に行動しなければならない。

ウォーカーたちはあくまでも販売員の言う『在庫を切らしております』という言葉を信じているからだ。

買えないのは在庫がないからだと納得し、在庫がある‘‘タイミング‘‘を求めてまた来店する。その繰り返しだ。

しかし裏に在庫があり、販売員たちによる人選が行われていると知ったら彼らはどうするだろうか。

ルノックスのデイトゥナを手に入れるため、ウォーカーたちはどんな手段を使ってでも販売員たちを圧倒しようとする。

販売員はその‘‘秘密‘‘を守り、‘‘タイミング‘‘を演出しなくてはならない。

そんな販売員とウォーカーの間にも束の間の瞬間がある。

他のウォーカーや販売員との心理戦に勝ち抜き、ルノックスを手に入れたお客様の笑顔を販売員は見ることができるのだ


そんな瞬間が、彼らの仕事の醍醐味であり誇りでもあった。


私の名前は清水美波26歳。
高級腕時計ブランド ルノックス の正規店で働いている。

私は入社するまで時計には全く興味がなかった。
時計は全てどっかから飛んでくる電波で動いていると思っていたくらいだ。


学生時代にはキャバクラでアルバイトをしていたので、お客さんにプレゼントされたチネルのG13やカルテのポンテールを持っているくらいだった。

入社したのは今から2年前の春。
24歳の頃だった。

大学を卒業してしばらくは日の目を浴びず毎日をただ釈然と生きていた。


大学生時代からキャバクラに勤めていたこともあり、流されるように夜の街に染まっていたのだ。

実力で成り立っているが、若さと愛嬌が武器となりどこまでもいける―。

そんな世界が私をワクワクさせた。

それでも心のどこかで何かが足りないと感じていた。

夜の街にも限界を感じていた頃、日の目を浴びる仕事をしようと就職サイトを開いてみたのがきっかけだった。


やりたいことがなにもない。
だけど私は華やかな街が好きだ。

就職サイトで勤務地を指定し検索をかけていた。

そうしていたら一際目を引く会社がひとつあったのだ。

「株式会社津田。人生の節目に寄り添う 感動をあなたに。」

高級腕時計や宝石を取り扱う会社だった。


高価なものを扱う仕事には憧れていたし
なにより自分を変えたいという気持ちがあった。

それで私は株式会社津田に応募したのだ。

面接の日、私は普段からしているメイクや髪型ではなく清潔感のあるスーツ姿で挑んだ。

そして自分がどういう人間であるか、どういう仕事がしたいのかを率直に伝えた―。

こうして私は高級腕時計ブランド ルノックスの正規店で働くことになった。

しかしこのときはまだ知らなかったのだ。
‘‘ウォーカー‘‘との闘いの日々を―。


ルノックスの正規店には突如として現れた無数の「ウォーカー」と呼ばれる人々が連日訪れるようになっていた。


採用通知とともに試練の幕が切って落とされたのだ。

入社後の研修は本社で行い、あらゆることを叩き込まれた。

私は時計の美しさや複雑さに興味を持ち始め、その魅力に取り憑かれたようになっていた。

研修内容は多岐に渡り私はそこで初めて‘‘ウォーカー‘‘の存在と‘‘ルノックスウォーキング‘‘の実態を知った―。

「新人研修担当の宮本です。今日は店舗での商品の取り扱い、ルノックスに関する世間の風潮を学んでいきます。ところで皆さんは‘‘ルノックスウォーキング‘‘という現象を知っていますか?」

‘‘ルノックスウォーキング‘‘


私は初めて聞いた言葉だった。
流行りのエクササイズかなにか?と思ったが、どうやらそうではないらしい。

「ウォーカーと呼ばれる人たちが、ルノックスを求めて正規店に押し寄せる現象です。時には店舗を包囲することもあります。不正手段を使って入手しようとする人も多いのです」

ウォーカーといえば、どうしてもウォーキングデッドのゾンビを連想させる。

一般的なゾンビのように血を欲する恐ろしい行動とは異なるが、
時計を求める情熱に取りつかれた人々が、まるでゾンビのように店舗を回っている姿が恐ろしいと名付けられたのだろう。

ルノックスウォーキングという現象について教えられた新人社員たちの表情は、困惑と興奮が入り混じった複雑なものだった。

ウォーカーたちはSNSで情報交換をし、ルノックスウォーキングの成果を報告し合っているという。

「ルノックスを巡るSNSコミュニティーはルノックス界隈と呼ばれ、
時には正規店に対する誹謗中傷もみられます。あまりにもひどい書き込みは我々店舗サポート部も確認して対策を練ります」

ルノックスにまつわる数々の衝撃的な事実を新人たちはこの日初めて知ったのであった。

「実際にルノックスの商品は日本に入荷しているのですか?」

「入荷はあります。ただ欲しいお客様に対して数は足りていません。現在ルノックスは世界的に人気を博しており需要と供給のバランスが崩れています。」

話によるとルノックスは中古市場において定価を超えプレミア価格になる逆転現象が起こっているとのこと。

その為正規店で手に入れたルノックスを、転売目的で二次流通に回す人たちもいるというのだ。

100万円の利益が即日で出てしまうこともあるので、宝くじを買いに行くような感覚でルノックスウォーキングを始めた人もいるのだろう。

「もちろん、すべてのウォーカーが転売目的でルノックスを手に入れようとしているわけではありません。皆様にはお客様を見極め、本当に欲しい方のもとにルノックスを届けてほしいのです」

さらにルノックスを手に入れたいという強い欲求により、奇行に走るウォーカーも沢山いると宮本さんは言った。

正規店でルノックスを手に入れられないという現状に憤慨した人々が、売り場で怒号をあげたり、販売員に対して暴言を吐いたりする光景が日常茶飯事だというのだ。

新人社員たちは、そんな狂気じみた現実に少しばかり驚愕した。

「販売員とウォーカーの闘いは今も現場で起きています。しかし私たちはブランドの魅力をきちんと伝えることが大切です。本当に欲しいと思っている人に販売しなくてはなりません」

「本当に欲しい人たちとはどうやって見極めるのですか?」

「こればかりは現場で経験を積むしかありません。信頼していたお客様に販売後すぐに転売されてしまうこともあります。最初は店長や周りの販売
員から助言をもらいましょう」

私は高級腕時計ブランドのルノックスで働くということはどういうことか少し履き違えていた。

現在のルノックスの正規店にはお客様に寄り添うという美しい姿勢は存在しなかったのだ。
ルノックスの商品はバックヤードに隠しているので、販売員たちによる人選によって販売が行われているとのこと。

全てのお客様に真摯に対応することは難しくなっているらしい。
販売員たちも、入手困難なルノックスの商品を求める人々に対して、怒りや不信感を抱くことが増えていた。

お互いに疲弊しきった状況であるという。

私はこういった状況でもどこかで、ルノックスの販売店に隠された美しい姿勢を見つけ出したいという思いが生まれた。

「商品を買えない腹いせでウォーカーが販売員に怒号を浴びせることもあります。しかし傷つく必要はありません。彼らもまたルノックスバブルの犠牲者ですが同情してしまうと販売員の心はすり減ります。心の病気になってしまう販売員も少なくありません。皆さんにはウォーカーに負けない屈強な販売員になってほしいと思います」

その後、私たち新人は残りの研修期間で、ウォーカーたちと戦うためのトレーニングを行った。
ウォーカーとの接し方や、危険を回避するための行動、販売員としての知識やスキルの向上などを叩き込まれた。

およそ1ヵ月の本社研修を終えて、私は百貨店内のルノックス正規店に勤務することになった。

「本日からお世話になります。清水美波です!よろしくお願いします!」

「わからないことがあったらなんでも聞いてね。研修で学んだと思うけどお客様に聞かれることはだいたい同じだから。まずは‘‘在庫をお調べしてきます‘‘ ‘‘いつ何時に入荷するか分からない‘‘ ‘‘在庫があるタイミング次第でご案内している‘‘ この三つのワードだけ覚えておいてくれたらいいから」

「分かりました。ウォーカーのことは本社で学びました。分からないことは曖昧に答えずすぐに店長や他のスタッフに確認します!」

「ウォーカーは常に揚げ足を取ってくるから油断しちゃダメだよ。あっ見た?地べたに座って開店を待っているウォーカーが今日も沢山来ているよ。怖がらなくて大丈夫。今日も塩は沢山用意してあるから」

「私もお守りの塩は本社からもらいました。最初はなるべく使わないように頑張ります!」

‘‘ウォーカー‘‘と呼ばれる奇怪な存在が襲来する正規店で、販売員はあらゆる手段を駆使して生き残りを図っていた。

その中でも、塩を撒くことでウォーカーたちを一瞬ひるませることができるという知恵が生まれたのだ。

販売員たちは、この知恵を生かし、塩対応という技を仲間に広めた。

生き残るためにはあらゆる手段を講じねばならない、彼らはそう考えたのだ。

開店準備を終え、いよいよオープンの時間となった。

緊張と期待が入り混じったような不思議な感覚が胸を駆け巡る中、店内に開店のアナウンスが響き渡った。

----♪

その瞬間、無数の奇妙な存在たちが店内に押し寄せた。


それは人々が『ウォーカー』と呼ぶあの存在たちだった。

人々は口を揃えてこう尋ねた。



「デイトゥナありますかァァ"?」


彼らの欲望は止まることを知らなかった。


続く・・

次号
・美波、ウォーカーと初対面
・何故ルノックスはこの場に及んでも在庫はないと言い張るのか
・虚言とファンタジーの違いとはなにか



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