日和

台風19号が上陸した日、私は、自分はいよいよ死ぬんじゃないかと思った。
台風の目の進路上にちょうど今の住居があった。
雨と風が強くなるにつれて、ああこれで死ねれば保険金も下りるしいいんじゃないか、と思っていた。
そして同時にできる限りの避難準備をして、生きる用意もしていた。
抱える矛盾を笑うこともできなかった。
たぶん、本当に死にたかったし、本当に生きたかったのだ。どちらも嘘ではなかった。
ただ、台風が直撃した割に家は壊れなかったし浸水もしなかったから、私は死ななかった。



雨の様子を時々玄関から出て確認しながら、中学生の頃、部活の練習試合の帰りに家の庭で大雨に打たれてぼーっとした時のことを思い出していた。
母親に「ちょっと雨浴びていい?」だとかそんなことを聞いて、許可を得た私はそれこそバケツをひっくり返したような大粒の雨の中でひとりきり、恐らく30分くらいはぼんやりしていたと思う。
あれはきっと希死念慮に似ていた。
容赦ない水に流されて一度死ぬのが良かったんだろう。
当時はそんなふうには考えていなかったけれど。



台風が過ぎ去り、翌日は夏のように晴れた。
台風前に壊れていたスマホの機種変更をしに出かけた。
日差しは思った通り夏みたいで、けれど吹き抜ける風が秋の涼しさを纏っていて、そして金木犀が不愉快なくらい香っていた。
早く死にたいなあ、と、やはり私は思った。
また秋が来る。その次は冬が来る。
そうして時が流れても、私は無様に生きているんだろう。
それはとても苦しいことに思えた。

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