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「桶狭間の戦い」関連古文書

「桶狭間の戦い」については、『信長公記』の記述が100%正しいとして、100%正しく解釈すると、
①今川義元、桶狭間山着陣。「丸根、鷲津砦を落とした」と聞いて上機嫌。
②織田信長、善照寺砦に着陣。
③今川義元、漆山着陣。先鋒が織田軍を倒して上機嫌(「鳴海の戦い」)。
④正午、織田信長が「山際」まで移動すると、暴風雨になる。
⑤午後2時、今川義元本陣をピンポイント攻撃(「桶狭間の戦い」)。
⑥今川義元、退却中に討たれる。
となるという。

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・諏訪山:今川本隊(早朝、鷲津、丸根砦を落とした軍隊)
・漆山:今川義元仮本陣(最前線の本陣)。
・高根山~幕山:今川軍先鋒・松井宗信(1500人)
・巻山:今川軍先鋒・井伊直盛(1000人)
・生山(波井山):織田軍・前田利家(謹慎中)本陣伝承地
・花掛山(鼻欠山):織田軍・豊臣秀吉本陣伝承地
・標高64.9mの最高点:おけはざま山?
・石塚山(桶狭間山):塚(墓)の上に墓石代わりの自然石を置いた。

 ──地図に進軍ルートを書いてもらうと、どんな説かよく分かる。

 上の「桶狭間古戦場伝承地」に掲示されている地図によれば、
①織田信長は、丹下砦→善照寺砦→中島砦と移動した。
②中島砦から「山際」(坊主山の北麓)に着くと暴風雨となった。
③強い西風に背中を押され、東に進軍し、太子ヶ根の山麓を本陣とした。
④先鋒(佐々隊300)が出陣し、今川軍の先頭を攻撃。(この前哨戦で亡くなった武士の墓が「七ッ塚」。)
⑤今川軍は20000~45000と言われ、先頭が桶狭間で戦い始めて、隊列の動きが止まってしまった。この時、今川義元は山麓の窪地(「桶狭間古戦場伝承地」)にいて、昼になったので、そこに本陣を敷いて昼食をとった。
⑥織田信長本隊が太子ヶ根の山麓の本陣から出撃した。本陣から南下し、織田信長は、「東へ」(山を越えて今川義元本隊を襲え)と指示しておいて、自分は山麓をさらに南下してから北上して、今川義元を挟み撃ちにした。(この本戦で亡くなった武士の墓が「七石表」。)

『信長公記』と異なるのは、佐々隊の動きである。『信長公記』によれば、織田信長は善照寺砦にいて、鳴海村で佐々隊が負けたのを見て、織田信長は、中島砦へ移ったとある。(この午前中の「鳴海の戦い」を、今川義元は、漆山で見ていたと思われる。)その後、織田信長が山際へ移動すると、巨木をもなぎ倒す暴風雨となって今川軍は混乱した。晴れると、織田信長は、一気に山を登って、今川義元を攻めた。今川義元の周囲には300人しかいなかった。織田信長の先鋭部隊は700~800人である。この午後の「桶狭間の戦い」の勝敗は見えた。

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 今川義元本陣がどんなものであったか分からないが、山頂に『尾張名所図会』にあるような陣を設営したのであれば・・・そして、そこに、巨木をも薙ぎ倒す暴風が吹いたら・・・当然、陣幕はふっ飛ばされ、立て掛けてあった槍や弓は倒れ、塗輿は禿山を転げ落ちたかもしれない。大混乱が想像される。
 そして、暴風雨がやんだ時、目の前に午前中の「鳴海の戦い」で死んだはずの織田信長がいたら、さぞ驚くことであろう。

 『信長公記』だけ読んで「桶狭間の戦い」の実態を捉えることは、さほど難しくはない。ただ、「もっと詳しく知りたい」と思って、他の本を読むと、『信長公記』とは異なることが書いてあるので、頭が混乱する。

 俗説も多くてさらに頭が混乱する。
 「幕山」は松井宗信本陣の「陣」(松井宗信本陣は高根山)、「巻山」は「井伊直盛が織田軍に取りかれて討たれた山」(井伊直盛は殉死(切腹)であり、討たれてはいない。松井宗信も殉死で、2人の首は故郷へ持ち帰られた)、「生(はい)山」は「敗山」で「今川軍が戦した山」(負けた場所は桶狭間)等々。

《織田信長の伝記》

①太田牛一『信長記』:通称『信長公記』
②小瀬甫庵『信長記』:①をもとに執筆。通称『甫庵信長記』。
③遠山信春『総見記』:②をもとに執筆。原題『増補信長記』。
④織田長清『織田真紀』:①を漢文で書いた。

基本は①であり、②、③と次第に詳しくなる。「調査・研究を進めて詳しく書いた」のか、「尾ひれを付けて物語化した」のかであるが、通説は後者であり、研究者は①を使う。

※今川義元本陣の位置
①太田牛一『信長記』:おけはざま山
②小瀬甫庵『信長記』:(記載は無いが、山上から攻撃されたので山麓)
③遠山信春『総見記』:桶狭間ノ山下ノ柴原
④織田長清『織田真紀』:桶狭間山

《「桶狭間の戦い」の研究書》

①山澄英龍『桶狭間合戦記』:現存しない。発見されるといいな。
②山崎真人『桶狭間合戦記』:①に注釈を加えた程度の本
③田宮篤輝『新編 桶峡合戦記』:②の改定本
https://websv.aichi-pref-library.jp/wahon/detail/58.html
④『桶狭間合戦記』:茶店で売られていたガイドブック(数種あり)

《「桶狭間の戦い」の故地案内》

①『桶狭間合戦名残(見合画図付)』
②『蓬州旧勝録』
https://websv.aichi-pref-library.jp/wahon/detail/28.html

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【note版】戦国未来の戦国紀行

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『信長公記』首巻を読む。

『信長公記』首巻の原文、現代語訳、解説になります。
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