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不思議な国のSenri

FM FUKUOKAの朝の番組に生出演をさせてもらい盛り上がった。そもそもその日は その時間までも毛色の違う様々な仕事をしていた。まず数日前から全米ラジオへのCDのパッキングを開始して、荷出ししたにも関わらず、家のプリンターのインクがこんな時になくなり、30ほど残ってしまった。それを早くやらないと足並みが揃わない。だからプリンターのあるコピーのできるファーマシーを探してやっとの思いで30枚確保した。それを折りたたんで封筒に封入、再び郵便局へ。

普通のCDを送るのとは違いメデイアメールと言って安く送る方法があるのだが、大変なのは窓口作業になることだ。家であらかじめ支払いを終えてドロップするだけというわけにはいかない。窓口で一枚一枚を量りに乗せて測ったのち爆発物などが入ってないかを聞かれノーを押しスタンプを押してもらいその後シールを貼ってもらいと1個のCDパッケージがメデイアメールとして仕上がるには最低5分はかかる。これを30個だ。しかしその前の日にマンハッタンの中央郵便局から300個を窓口4つ封鎖してやったのでそれなりの根性というか度胸がついてはいる。

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「日本人が窓口を全部押さえているから、僕たちが郵便を出せるのは明日になってしまうよなあ」

そんな嫌味を言う白人のおっさんの声が背中にのしかかる。しかし人迷惑なのは重々知っていてやらねばならない時がある。昨日の話だ。そんな時、救いは郵便局の窓口の中から

「4つくらい窓口しめちゃってこの作業に専念してあげるわよ。大丈夫よ」

と励ましてもらったことだ。だから追加の30個で悲鳴をあげてる場合じゃない。卑屈になってもダメだ。そう思って明るく挨拶を済ませ窓口の秤の上へ30個を置く。

しかし昨日の嫌味おじさんのように今回も揚げ足取りおばちゃんが

「窓口が1個塞がっていて全然こっちに回ってこないのはどういうことかしら」

と始まった。そうすると僕の作業をしている窓口の女性が、

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「はい、ご機嫌はいかが?そうなのよ。緊急なの。やらなければいけないのよ。でもあなたは特別、先に御用件をお聞きするわ。何かしら?」

窓口の女性がそう切り返した。

「いや、それだったらいいのよ、大して待ってるわけじゃないので。もうちょっと待つわ。もう一個の窓口がすぐに空きそうなので」

シュンと大人しくなった。窓口女性はテキパキと仕事を再開し、僕には

「あなたはもうそっちで休んで座ってなさいよ。全部瞬足でやってあげるから。そうしたら教えてあげるね」

ウツラウツラ局内のベンチで船を漕いでいたらその局員さんが僕のところまでわざわざやって来て「できたわよ。こっちへ来てお支払いをやってね」と優しく告げた。あれ?どれほど時間が経ったのか?彼女の背中について行ってふと自分がそのまま彼女が向かった局員側のブースに侵入したことに気がついた。

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「あなた、郵便局員?あなたはお客さんでしょ?支払いは窓口よ、さっきの外の。もう可笑しいったらありゃしない」

「あ、ああそうだった。」

業務をやっている人たちの間から一斉に笑い声が漏れた。僕はまだ夢の中を半分彷徨うようにお金だけをしっかり払い終えて外へ出た。外はギラギラ太陽だ。

ラジオ局へのCD送りがとりあえず終わったので清々しい気持ちで帰宅しアメリカのインタビュー(ロングなもの)を2本終えた。1本2時間くらいだからその時点でもうすでに夕方だ。夜に生放送があるのでそれまでにチャチャっと簡単に早めの夕食などを作って食べた。忙しい時に作るものなどやっぱり全然うまくない。

ちょっと箸をつけて途中でやめた。一応冷やし中華のつもりだったのだが。

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そうこうしているうちにFM FUKUOKAの時間になる。最近ちょこちょこzoomの時間に遅刻をする僕を心配してSONYの「にいな」が日本から

「30分前くらいからzoomは開いてますので早めにお越しくださっても全然大丈夫ですよ。そこで準備しましょう」

とメールをくれる。そうしよう、色々な仕事をしているのでテンションの高い僕は本番の生放送が始まるまでの少しの時間を東京のスタッフやFMの番組の方と話をしてゆったり過ごす。そんなこんなでリラックスしたいいムードで生本番を迎えたのだが、さすがに、僕の中で時間の感覚が少しだけおかしくなってきた。

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「さあ、この後はNYから繋がってます。大江さーん、おはようございまーす!」

迷いのない清々しい声に体が「朝だ」と反応し、気持ちが目一杯膨らんだ。番組が終わってから「そうだ。やれる課題を先に済ましておこう」と夏木マリさんの特番用のみんなで演奏する分の撮影をサクサクと行った。

いろんな角度からの仕事が重なると一瞬途方に暮れて投げ出しそうになるときもあるけれど、一つ一つ丁寧にやっていくと気がつくと山のてっぺんにたどり着いて全てをやり終えていることもある。だからコツコツやろうと取り掛かったので思いの外早く仕上がって嬉しかった。「結構楽しくやれた」などとつぶやき少しだけベッドで横になる。小休止前に仕事の打ち合わせをメールでマネージャーとやる。

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ちょっとだけ夕方の時間(ここでもう時間がおかしくなって朝を夕方と言っているのだがこの時点で全く気が付いていない)遅めの昼寝をしようと目を閉じたらどこからか僕の名前を呼ぶ声が聞こえる。

「Senriさーん、Senriさーん、zoomで待ってますよ!」

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あ、ジャズピアニストの百々徹さんだ。あれ、おかしいぞ。ドドさんのzoomは明日の火曜日の「朝」だったはず。あ、そうか、僕の勘違いで朝というのは日本時間であってNY時間だと1日前の夜だったのだ。そうかそうか。なんということだ、僕は勘違いをしてスケジュール帳に「火曜日朝」と書き込んでそのつもりでいたのだ。つい寝過ごすところだった。(この時点でスケジュールに書き込んだ内容は間違ってないことにまだ気がついていない)

すぐにパンツをはき、手当たり次第にアロハを羽織り、帽子をかぶってzoomをオンにした。

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すこし遅れたのだけれど本番はなんとかうまく滑り出した。2時間ほど楽しい会話をした。その中でドドさんが何度か「今朝は」という表現を使っていたので「あ、ドドさんは日本から見ている人を大事にされているのだな」と思った。夜のNYにいる彼が「朝」の設定を常に忘れないのはすごいなと。でも話はスムーズに流れていたので僕はあえてそれに触れずにいた。本番が終わりそのままzoomで二人でお疲れ様を言い合った。

その時だ。PCの画面の時間表示を見て愕然とした。11:45am。

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え?嘘でしょ?だって今は夜の11:45pmでしょ?だってこの後ドドさんに「遅い晩御飯は何を召し上がるのですか?」って話をしようとしていたところだったのだ。外を見た。明るい。まばゆいばかりだ。太陽がギラギラ。

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どうやら僕は12時間昼と夜とを間違っていたようだ。zoomの中ではもちろん全く夜だと思い込んで夜中の深夜放送ノリでしゃべくりまくっていたらドドさんが「朝からすごいテンションだ」と言うので「いやあ、一日中僕はこれですから」と深夜放送的に返したのだ。朝?、朝?そうか、朝は時差のための朝ではなく本当の朝だったのか。もう何度もひっくり返しすぎでどっちがどっちかわからなくなっていた。

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僕が夏木マリさんへ送る演奏を仕上げたのは、そうか、あれは夜中、それも夜明けになった時間帯だったのか。生放送の「おはようございまーす」ですっかり心は日中モードに切り替わっていたのだ。

以前にも日本へ帰国中、待ち合わせの店へ行ったら閉まってておかしいな、思ったら、同日のまだ朝だったという事件があった。しかし今回は同じNYにいるドドさんとの間で時差など全くない状況の中これが起こったのだ。

目の前の仕事に集中するのはいい。しかし窓の外に映る景色が昼間か夜かぐらいは確認しておこう。それとこうだと思ったらそう信じ込む僕の中の頑なななまでの思い込みだ。

「おはようございまーす!」

FM の中島さん(mcの方だ)の声は全世界を「朝」へ持っていけるだけの力に満ちていた。僕はすっかり朝にリセットされて本当の夜時間に、夏木マリさんの曲に没頭していたのだった。粛々と昼間時間を生きる感覚で。

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不思議な国に迷い込んでいた僕の手元にまたまたいくつかの仕事メールがやってきた。

「明日のFM SENDAIの録音ですがzoomの暗証番号はこちらです。そのあとのFM AICHIはですね、、、、、、」

むむ、「明日」というのは明るい日と書くのね、ではなくて。ツリーメールのタイトルだから最初にメールをもらった昨日から見た明日だ、ということは、明日は今晩だということだ。大丈夫か?今、NYの時計は9:35amだ。次の朝が来ているぞ。本当の朝にちゃんと目を覚まして生きているか?

おーい。

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不思議な国のSenri Oeはまだどこかをさまよっているような気がしないでもないがそれはもうそれでいいような気もしてきた。ぴと朝風呂に入り1本の原稿の赤を入れ、1本8月にあるイベントの為のイラストを描き上げ、玄関からのピンポーンでUPSから新たなCD300枚が届いた。

「Have a good day!」

「Have a good day!」

どうやら夜ではなさそうだ。「ふ〜」とため息を一つつく。そうだ、トーストを1枚、焼こう。

文・写真 大江千里 (c) Senri Oe, PND Records 2021




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