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5 More Nights!(特別寄稿)

Jazz千里天国まで後5夜!

分割するステージって結局パズルのようなもので、その分割する割れ目部分がお客さんには遠目にわからないようにできています。だから日が暮れてきて演者もその割れ目部分をステージ上で見失うとガクン!と足を踏み外しそうになったり、怖いのはリフターやセリ部分が降下してそこだけ足場がないのを知らずパフォーマンスしちゃうと見事に落下するわけです。気をつけないといけません。

この手のセットを使うときはリハの早い段階でセットの模型を作りそれをみんなで車座で囲みながら細かい動きを音楽に合わせ確認していくのです。「曲の2番のサビを歌い切ったら千里さんリフター3番に乗りまーす」「はい、乗りました。ていうか、リフター3番な。曲の3番じゃねえよね?」「はいそうでーす、曲の3番じゃねえっす。リフターの3番っす。乗ったら下がりまーす」「はい、リフター3番下がりまーす」こんな風にみんなで声を出し合って「肌感覚」で一つ一つ覚えていくのです。模型もよく作られていてちゃんと本番のものと同じように分解できるようになっていてそれを手に持って「下手引っ込みまーす。早替えのあと、リフター7番に移動でーす」「はい、リフター7番に移動でーす」「大サビでリフター7番あがりまーす」「はいリフター7番あがりまーす」メモを取りながら舞台監督はミニチュアの模型を分解してリフター代わりにバネをつけた7番を指で押さえて小さくします。(セリ下がりですね)

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実際の本番では舞台の割れたリフターやセリにはそれぞれに中に人が配置されています。そうしないとストッパーが万が一外れて勝手に分割ステージが動き始めると非常に危険だからです。全てが人なのです。この日は雨が心配されていました。昨夜が大雨だったので地盤のすでに緩いところに特設舞台や特設スタンドを立てているのでその安全確認にはかなり時間がかかるのでリハが必然的にカットされて不本意なスタートになってしまったわけです。この日の降水確率は50%。これでもスタートさせざるを得ないのは悩ましいですが開いたらもうやるしかないので前へ前へ突き進みます。

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大きなロックビートが始まります。ベードラ(ベースドラム)が2拍目に二つ、4拍目に一つずつ入るビート。会場は全員が手のひらで一緒にそのビートを刻んでいます。「うん、ったた、うん、った。うん、ったた、うん、った」まるでマージービート。

僕はこの時舞台セットの下を駆け回っていました。「懐中電灯の電池が切れてんだから俺の声の方向へ向かって走れよ。早く早く」舞台監督の叫ぶ声を冷静に聞いて僕はひたすら耳を尖らせ走ります。リフターやセリが仕込まれてない部分のステージはパイプのイントレ仕様になっていて「ぺけ印」に結わえられて舞台の強度を増している構造です。だからサブステージへ瞬間移動する時舞台下での僕はそのぺけをしゃがみながら飛び越えていくのです。

舞台上ではある瞬間にもう千里はダミーに変わっています。瞬間移動のようでいてもうすでに千里はそこにはいないのです。実際の僕は滑り棒で1秒で一番下の芝生が生えている野球場の土まで一気に降ります。降りたらそこに着替えの補佐のマネが待ってて(現場マネっす)手を引っ張りながら走る僕の衣装をかたっぱしからはがします。衣装はマジックテープで貼り付けてあるのでどんどん剥がれて僕はパンツ一丁の介護状態でマネに手を引っ張られて目的地へ向かうのです。きらびやかな照明の中から一気に暗転の舞台裏に引っ込むと目がハレーションで何も見えません。手を引っ張られてよちよち歩くしかないのです。

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「よちよち歩いてんじゃねえよ。客は待ってんだぜ」舞台監督の声。僕も反撃。「これがマックススピードだよ。目が見えねえんだよ」もう罵り合いです。

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脱ぎ捨てた衣装を集める係はバイトくんです。こんな殺伐とした会話をいきなり現場について暗闇の舞台下で聞かされる彼らの身にもなってみろ、です。夢を持って音楽の現場に入ってきた彼らの心がどれだけ驚いて傷ついただろうか。でもそんなこと御構い無しに僕らは始まった本番を前へ進めることが仕事なのです。

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あかりが遠くに見えます。あそこが衣装早変わり場所。とにかくたどり着かないことには水分補給ができませんので、必死です。手を引いてもらいながら「ぺけ印」をぴょんぴょんって小さく飛び先を急ぎます。上の方からは「千里千里!」ファンの大熱狂の声が聞こえるのですが、彼らはステージ上にいるダミー千里に向かって叫んでいるのです。実際千里は「ぺけ印ぴょん」ちう、あなたたちの下で。

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雨が降ったおかげで地盤がぬかるんでいて足に土がまとわりつきますがそんなこと言ってる場合じゃないので進みます。やっと到着すると別の衣装の人が僕の口にストロー付きポカリを突っ込みます。僕がやることはただ一つ、ここで十分に水分を補給すること。チューーーーーーーーーーーーーーーーー。

赤ちゃんのようにパンツ一丁でチューーーーーーーーーーーーーーーーです。僕の体はマネと衣装係によってマジックテープのついたパッチワークを引っ付ける要領でわずか5秒でくっつきます。そう、着る感覚ではないのです。くっつけてはっつけてとにかく水飲んで次の出る場所まで移動移動。

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「さあ、サブステージで渓谷側から出ますよ。そこまでまた走りますよ」え?リハやってないのでこんなに走るとは思ってもいなかったので、すでに膝が太ももがつりまくって、聞いてないよ状態です。舞台下のイントレの「ぺけ印」をぴょんぴょんぴょんぴょん。命果てても〜ぴょんぴょんぴょんぴょん。とんでもとんでも「ぺけ印」は続きます。

大江千里はアスリートではないので特別に超越した運動能力を持ち合わせているわけではありません。心臓が何度止まると思ったことか。しかし止まったら止まったでそれは逆の意味でロックの伝説に刻まれるのです。そんな負の歴史を作るわけにはいきません。ならば残される道はただ一つ。前へ前へぴょんぴょんぴょんぴょん。「ぺけ印」をぴょんぴょんぴょんぴょん。

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時々僕が移動するステージのサイドを覆った黒幕が風でめくれてアリーナのお客さんの顔がそこからチラッと見えます。彼らはメインのステージのダミーを大江千里と信じていますからそっちを見て最高の笑顔と拍手を送っています。しかししかし実際の千里はこの舞台の下のイントレの「ぺけ印」をぴょんぴょん彼らの背中にある方向の「渓谷」へ向かって地味に移動をしているわけです。太ももが釣ります。ふくらはぎが釣ります。釣ります釣ります。

黒幕がめくれるとそこからファンの笑顔と手拍子。そのギャップが恐ろしいです。世界でこのアンビリーバブルな現実を知っているのは今これをやっている僕本人だけなのですか〜ら〜!とここで海老蔵の見栄を切ってみるけれど、これも誰も見ていませんか〜ら〜!

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ここで夢は途切れます。「ねえ、何をやっているの」男の子が河原で遊んでいます。こっちはそれどころじゃないので渓谷まで行かなきゃいけないのですが、「納涼っていう楽しいイベントの最中なんだよ。君は何をやっているの?」と息も絶え絶え尋ねます。「僕はね、サワガニを釣っている最中なんだよ。おじちゃんもサワガニみたいだね」「あ、そう?この格好かな?ははははははは」

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遠くに「千里千里千里、、、」大きなサウンドが広がっているのが聞こえますが、一瞬時は止まり、なぜか僕は心静かに少年とサワガニ探しをしているのです。「あ、あそこにいる」「あれは蟹じゃないよ」「だって横歩きしているよ」「あれは葉っぱだよ。蟹に見えるけれど。もっと沢蟹の捕まえ方教えてあげるよ、おじちゃん」「うん、時間もたっぷりあるしね。ないないない。今本番中」

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遥か頭上で分解ステージが組み合わさりその切れ目からステージ上の照明が溢れて見えます。ここで油を売ってる場合じゃない。焦る気持ちマックスの僕は再び「ぺけ印」をぴょんぴょんぴょんぴょん。「おじちゃーん、どこへいくの〜?」

「もっと早く。こっちだよ」「どっちだよ」「だからこっちって言ってんだろうがよ」「こっちって言ってんだろうがよって言われてもそれがどっちかわかんねえんだよ」「こっちだよ」

気がつくと次に登場する渓谷のセカンドステージリフターのところまであと10m。舞台監督の懐中電灯が復帰したらしく光が回っているのが見えるのでとにかくそこまで走ります。「もうあと16小節だぞ。いいな。8小節からリフター上げ始めるからな。飛び乗れ飛び乗れ早く飛び乗れ」もうよちよち歩きで倒れそうになりながら身をそのリフター上になんとかバタッと載せます。

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ぐいいいいいいいいいいいーーーーーーん。上がり始めたリフターに足を挟まれないように小さくなって僕は一気に人様にさらされに光の中へ向かいます。「8、7、6、5、4、、、、なにやってんだよ。歌えよ」

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「NYじゃない、ロサンジェルスでも〜なっい〜!ハワイへ、い、き、た、うい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!」2ステップで僕は踊り歌い始めました。夢はまだまだ夜開く。続くよ。

文・写真 大江千里 (C)Senri Oe,PNDRecords 2021


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