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セトリ通信(8)〜バードランドの夜は更けて〜 Senri Oe Trio @ Birdland Theater

Senri Oe ”Hmmm” World Premiere Birdland Theater, Sep 08 2019

8月の終わりから少しずつ心の準備をしてきたつもりが直前の時間の流れ方は思いもよらぬスピードで、気がついたらもう本番当日という感じだった。

アリの家のリハスタで9月3日にリハをやる。

30分以上早くに着いた僕は、「あそこのコーヒーいいよ」って前回アリからすすめられていた小さなお店で買ったコーヒーを、角の花壇の出っ張りの少し高くなったところ(表現が難しいが要するに立ったままコーヒーを置いてミニバー的に使えるコーナー)で秋の日差しを浴びながら時間を潰す。

ほどなくKayさんが現れる。彼女の気遣いはすごい。アリ、マットたちの分もアイスコーヒーを買って(B&Gツアー中一緒にいる中でみんながホットよりアイスコーヒーが好きなことを知っている)アリの家の前でマットと落ち合い、携帯を鳴らすとアリが現れる。

久しぶりはほんの少し照れ臭く嬉しいものでハグをしてスタジオに入る。相変わらずのアンティークピアノのコンディションをアリは申し訳ないと弁解するけれど、僕にしてみれば全く問題ない。だってリハだもの。問題ない。

お互いの顔が見える高さのアリのアップライトピアノならばむしろやりやすい。音が残念くらいの方が自分がわかり、本番へののりしろがくっきりして身が引き締まる。

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最初のセトリは新しいアルバムから怒涛のようにお送りした後、ホッと一息『B&G』で出会い意気投合して生まれた経緯へほんの少しタイムスリップ、そして再び新しいアルバムの世界へと誘った後、「Senri Oe Master Pieces!」と盛り上がりの曲たちで一気にピークへと上り詰める。

このセトリのチャームポイントは「ひねらない」。70分のショーに「ひねり」や「サプライズ」は今は必要ないかな。とくに今回は。

バードランドなのだ。お披露目なのだ。ロケーションがブロードウェイなのだ。真っ向から勝負でよし。清書っぽく描いてみる。

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この流れに沿ってリハは進むくん。6月のレコーディングからは多少時間が経っている。やはり、あの日のケミストリーを3人がちょっと忘れている。なので、そこからの曲中心に曖昧な点をあぶり出す。とくに「The Look」は難しい。レコの時も僕がソロで煮詰まった曲。今回もなんども自己練習したにも関わらず、どこやってるのかわからなくなって止まる。アリ曰く、

「構成がA,B,C,と似ているからね」

ツアーを乗り切り一緒に達成した3人なので無駄口はなく(冗談は多いけれど)、あぶり出された問題をきちんと解決しながら先へ進み、「これでいけるよね」「うん、あとはお互いの目と目で」「通じ合っていれば」「オッケー」。

僕が手元の携帯でそれぞれを細かく録音する。何かあった時はその説明を入れる。後で聞いた時に? とならぬよう。そしてそれをその晩にみんなへ送った。

別れ際、「ね、『Poignant Kisses』と『The Look』が隣同士ってお互いを殺しあわないかな?」という意見がアリから出た。「そう言われてみれば」

作り手はコンセプトで曲を選びがちだが、演奏者は「心地よさ」を重視する。まだ頭の方で同じようなビートで殺し合う選曲は避けたい。(同じでは全然ないがお客さんが聞いて似ているなって思われるともうダメなわけで)

「今夜、Revise(揉む)したセトリを送るのでその後感想を聞かせて」
「それでいい」

その夜僕が考えたのは「Mischievous Mouse」をトップにする飛び道具的アイデアだ。そして「RE:Vision」と「The Look」をやる。

これならどうだろう。

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「Indoor voices」「BIKINI」の後に「Poignant Kisses」をflyさせて。いいかも。

そしてもう一つ。ショーが終わって間髪入れずに「Akiuta」をやる。今まさに季節だし、3人の大好きな曲だから。なんか「Garden Chiristmas」でブロードウェイみたいに派手に終わってすぐに「Akiuta」をやって余韻を残しながらしゅって消えるって悪くなくない?

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9月8日当日のリハも順調だった。でもアリもマットも僕もいろんなところで演奏しているはずなのに、レジェンドな場所でやる前の緊張はやっぱりある。普段どおりでもどこか普段じゃない。どこか互いを思いやるような優しい雰囲気がある。小さなこと(たとえばピアノを移動させるとか)を一緒にやってお互いにステージの空気を和らげていくような。

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アリはいきなり横浜銀蝿みたいなサングラスしているし、マットは「撮影が入ってるよね。Tシャツは選んできているんだよ」とどこかそわそわ。

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僕はといえば、Kayさんに「余計なことは一切しない。いつもと同じように過ごす。時間になれば始まりそして終わるそれだけ」と言ってる時点でもうすでに「緊張してる!」笑。

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Kayさんもアシスト2人を従えて招待客の名簿をにらめっこ。クラブの経営者のGianniさんは自らホウキとチリトリでせっせと通路を掃除している。ジャズシンガー志望の女の子たちがサーバーとして入る。リハ中、曲のフレーズやリフを演っているとすぐに覚えて一緒に歌っている。いい感じであったまってきている。

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「鳴りはアコースティックでいいね。マイクで拾う音はお客さんの感じを見て判断して、少しずつ必要ならば足す方向で問題ないかな」

サウンドのロブの提案に全員が頷く。

Co-producerのじゅんこさんも「今までで一番Senriさんのピアノの音がリハからいい」と太鼓判。

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客入れまで10分。お店の従業員たちの腕の見せ所。僕も若い頃、飲食で働いていたことがあるので、この開店前の不可能を可能にする団結の瞬間が好きだ。SONY USAの人たちも訪れる。東京からやってきた映像作家の林さんを彼らがアシストしてくれる。

「直前までNY市長が来るかもしれないってざわざわしてたんですよ」
その発想がすごい。招待してたんだ。
「ええ、オフィシャルに」

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Kayさんは「さあ、次々」と名簿を片手に走り回る。BENIHANAのKeikoさん、ANA、 JALのアメリカの代表の方たち、NY総領事ご夫妻など、ご招待客の皆さんの顔ぶれもすごい。それに引き換えGreen Room (楽屋)で本番前までのわずかな時間、僕たちは手持ち無沙汰でお互いの話をして過ごすしかない。アリは携帯でゲームをしている。

15分ほど定刻より遅れて経営者のGianniさんのMCでジャズショーがスタートした。

「Ladies and Gentlemen, this is Senri O Trio~!!!!!!」

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カーテンをあげて出て行くときにGianniさんの紹介が「Oe」ではなく「O」なことに気がつくが、それも愛嬌があって良い。ピアノの周りもアメリカ人のお客さんでいっぱいでどっからステージへ上がったらいいか一瞬悩んでいたら、「ごめんごめん、僕が椅子を引くよ」「いやいや僕こそ通路を作ってあげるよ、こっちへどうぞ」お客さんたちが手助けして僕をステージへ押し上げてくれた。

カーテンをあげる直前、緊張の目でアリが僕に囁いたのが、

「舞台に上がってから最低30秒はくれよな。最終チューニング」
「うん、わかってる」

だったのに、上がれば5秒でアリもマットも「いいよ!」だって。よし。

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オープニング「Mischievous Mouse」でスタートだ。この曲はジャズを好きな人たちが慣れ親しんでいるフォームの曲なので、演奏者も観客も安心感が大きい。いい感じの大きな波が揺れている。

割れんばかりの拍手で1曲目を終える。アリを「天才」マットを「ジャズの百科事典」と紹介し、いざ自分の紹介になると声が詰まる。緊張しているな。でもその緊張はこのまま抱えて演奏しよう。演奏しながら徐々に取ればいい。もう何万回もそれをやっているのだから焦らなくていい。さあ、アルバムからのコーナーへとみんなを誘う。

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「Re:Vision」「The Look」 と成功し、このバンドの始まりのくだりへとmcが進む。5月の『B&G』ツアーで出会ったからこそ生まれたバンドの経緯に観客から拍手が起こる。

アコースティックな音で勝負できる範囲を超える数の人たちが来てくれたので、僕のmcの声が聞き取りづらいと自分で感じる。でもめげずに続ける。あくまで「素直な心」で「心から」発信する声を伝える。そして次のセクション「ワラビーぬぎすてて」と「格好悪いふられ方」へ。日本人のお客さんの中から喜びの声が上がる。

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ツアーでとった杵柄。盛り上がりはいい感じで上へ上へ登ってゆく。2曲を終え、日本ツアー中のエピソードへ。なんとのこのトリオは飲まないし、小麦を食べない「グルテンフリーバンド」なんだって話。会場は和やかな笑いに包まれる。

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「グルテンフリーコード」「グルテンフリースケール」「そして……グルテンフリーテンション〜!」……whatever(なんでもあり)な会話が続き、その流れから「Indoor Voices」「 Bikini」そしてハイスビートバージョンの「Poignant Kisses」へ。

それからは一気に後半戦をたたみこむ。フランス映画のワンシーンのような「Uncle Senri」。大歓声の中間髪入れずの「YOU」。都会の中で見つける希望を描いた「Orange Desert」。

気がついたらSwingな「Garden Christmas」 そして「AKIUTA」を終えて、アリとマットと僕の3人は舞台の中央でお辞儀をしていた。

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Green Roomに帰ると「表に出て行かなくていいのかな?」と思いながらも汗びっしょりだったスーツを着替えて、ぴちゃんTeeに。そうこうしていると……「そろそろ表へ」という合図がありお客様とCD販売&記念撮影へ。

アリやマットと目で交わし合いつつ「ロスの前に会おうな」「うん、じゃあ」と手を振って別れる。アルバムの写真を撮影してくれたTracy Ketcherは「自分の人生で最もexcitingなジャズだった」なんて賛辞をくれた。アルバムを録音したエンジニアDaniel Albaも「素晴らしすぎるショーだった」と興奮が冷めない。経営者のGianniさんとはなんども抱き合い「次は1月だ。2日間にしよう。あ、これは僕の電話番号だ、連絡くれ」とカードをもらう。マネージャーがいるにも関わらず、イタリア男の情に厚い感じが伝わってきてこちらも熱くなる。

ゲストの方々や聴きにいらしてくださったお客様たちとおしゃべりしながらやり終えた達成感に包まれて写真撮影。あっという間に時間が過ぎる。

この夜の最終的なセトリはこんな感じです! マスターワークスのロゴも入ってるね。

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地下鉄で家に帰り、ぴごはんを済ませ、散歩をして、ふと自分が何にも食べてないことに気がついて、バーガーキングのダブルウィーパーバーガーにダイエットコーク、ケチャップ多めを家で食べた。ああ、美味しい。

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Co-producerのじゅんこさんから翌日電話がある。

「アコースティックなサウンドが素敵で、レジェンドな場所っていうのもあり安心してたんですが、ちょっと甘かった。ピアノが少しバランスとして小さかった。次回はもう少し卓(コンソール)でピアノを拾ってもいいのかなと。でもいいショーでしたね。アリの太鼓のベードラ(bass drum)がある周波数を拾ってブ〜ンってなっていた点、マットのベースもある定位でもあーんってなった点、そういうアクシデントがあった以外は、みんなすごくよかった。中でもSenriさんは冷静でものすごくよかった」

ふ〜。もちろん冷静にはできたとは思うけれど、僕の中でもいろいろ課題の残るステージだった。アメリカを相手にするにはまだまだ越えていかなきゃいけない課題がある。でもできる。なので、一歩一歩の努力だ。イタリア伊達男のGianniさんが次に僕の演奏を聴いたとき最大級の「Wow!」が返ってくるように。そのWow! が世界につながるWow! になるように。

一丁、やってやろうじゃん!と思った。

いらしてくださった皆さん、心で参加してくださった皆さん、ありがとうございました。終わりました。次はシカゴ、ソロです。

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写真@ Birdland Theater : Kiyoko Horvath  文・写真  大江千里 
(C)Senri Oe,PND Records 2020

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Hmmm


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