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【登場人物】

陳 鴑(チン ジョ)(28歳)吹雪の中で迷子になった女性観光客

サンムガルグ (24歳)チベットの青年

ロサン(50歳)地元の郵便配達人

職員(45歳)市役所の職員


【時代】1960年代後半



これは昔の話です。電話はないが、我々には枝と紙があり、連絡が手紙で、車や馬車もすごく遅かったという時代の話です。長い待ち時間の中で静かに一生が過ぎていて、一人を愛するために一生を費やし、慣れていた待つことから逃げられない時代の話です。

This is a story from the past. In those days there were still no cell phones, but we had sticks and paper. At that time the carriage was very slow, we cannot walk out of our own waiting, and only had time to love one in our lifetime.



20世紀の60年代、陳鴑(28歳)と友たちがチベットへ旅行に行った。ある日、チベットに吹雪が吹き、友人たちとはぐれてしまった。降り続ける吹雪で意識が奪われる前に、甲高い笛の音が聞こえ、遠くから自分に向かって歩いてくる人影が見えてきた。


1.      1日目:

【テント内】

外はまだ吹雪いている。目の前の焚き火のそばにチベット人の少年が座っている。

  (目覚める)誰?

ヤンム  (指で自分を指す)

  中国語…喋れないですか?

ヤンム  (指はまだ自分を指している)

  (独り言)多分そうみたい。

ヤンム  (枝で地面に「ལུག་」を書いて、この文字を指しながら自分を指し

「ヤンムガルグ」という音を発した)

  (目の前の少年と一緒に読む)「ヤンムガルグ」、

「ヤンムガルグ」(少年を見上げる)

ヤンム  (頷いた)

  (自分を指す)「ジョ」。

ヤンム  「チョ」。

鴑  (首を横に振る)「ジョ」。

(少年から枝を取ろうとすると、寒くて震えた)

ヤンム  (焚き火に薪を足す)。

  ありがと…(中国語を話していることに気づき、外を、焚き火を、自分を次第に指差して、両手を合わせて軽くお辞儀をした)

ヤンム  (頷いた)

  (外を指差して雪を降らせる仕草した)

ヤンム  (困惑の表情)

  (枝で地面に太陽を描いた)

ヤンム  (首を横に振る)

  (独り言)暫く帰れないかな。

ヤンム  (枝で地面に描き始めてきた)

  (彼が描いのを見て)羊?


寝る前。ヤンムはもう寝ていた。鴑はカリュックから懐中電灯、ノート、ペンを取り出し、日記を書き始めた。

(日記を書く)「いつから眠っていたのだろう。 暫く、メイたちとは連絡がとれないようだ。吹雪が終わったら、どうやって戻るか考えよう。」

  (一呼吸おいてから書く)

「名前はヤンムガルグ…チベット語の『ありがとう』ってなんだっけ? 出発する前は覚えてたんだけど。」

(日記を閉じ、横になって眠る)

× × ×

 (目を閉じようとした途端、吹雪の中で意識を失うフラッシュバックし、目が覚めた。立ち上がり、手で顔を覆って息を切らす。外にはまだ吹雪の音が響いている。 彼女はしばらく固まったまま。懐中電灯を再びつけてヤンムを照らした。)

ヤンム (穏やかな呼吸声)

  (日記を再開し、ヤンムの寝顔を描き始めた)

(独り言)なんで一人ここで?



2.      二日目

  【朝・テント内】

鴑は目が覚めた時、羊乳とパイが傍らに置いてあったが、テントには誰もいなかった。

  ヤンムガルグ?ヤンムガルグ?

   (テントの扉を開けて外を覗き込むと、すぐに雪が舞い込み、扉を閉めた。羊乳を飲み、パイを食べながら、テントの中を見回し始めた。カーペットとかなんでも暗かった。)

(独り言)いつからここに住んでいるのだろう。

パイの最後の一口を食べ終えた後、遠くから笛の音が聞こえてきた。

  帰ってきた。

× × ×

ヤンム  (テントに入って、雪を払う)

 ヤンムガルグ。

ヤンム  (頷いた。枝で地面に羊を描き始め,鴑が持っている羊乳を

指す)。

(描いた羊を指し、テントの外を指し、そして彼を指す。)

ヤンム (頷いた。)

(羊乳を焚き火の上に温めて、ヤンムに渡す。)

ヤンム (ぼんやりとした。頷いて、取って飲む。)

(テントのドアまで歩き、外を指し、ドアを少し開けた。)

ヤンム  (立ち上がり,鴑に厚い上着を探して渡す。二人一緒にテントの外に歩く。)


【羊小屋への道】

  鴑はヤンムの裾を引いて彼の後ろを歩いて、彼の胸の前の笛が揺れ続けているのを見ていた。


【羊小屋】

  羊小屋には首に鈴をつけた羊が10匹以上いて、ヤンムを見て吠えてきた。

(灰色の斑点のある羊に近づき、頭を撫でる。)

ヤンム 「ガル」(その羊を指さし、飲む仕草をした。)

  「ガル」(撫で続ける)



3.     三日目

【朝・羊小屋】

ヤンム(積雪を取って小さな鍋に入れる。鍋に火をかけ、ゆっくり温める。そして手を小鍋に触れて温度を感じ、布一枚で水をつけて、ガルの乳首を拭いていく)

ガル(羊)(ピンクの乳首は小さく震えている)

ヤンム (ガルの乳首をしばらく上下に揉む。細い白い乳液が流れ出したら、用意したバケツに落ちする。同じ動き何回も繰り返したら、少し手放しして鴑に試してもらおうとする)

ガル(羊) (乳首が鴑に握られたら、不慣れで少し抵抗する。)

鴑 (すぐに一つの手を引いてガルを慰めながら、ガルの目を見つめる。)

ガル (段々と落ち着く)

乳液がバケツに滴り落ち続け、「タタっ」という音を立てている。

【夜・テント内】

ヤンム (既に眠っていた)

 (彼の濃い眉毛を見つめながら、彼の顔描き始める)

ヤンム (焚き火の照り映えにより、眉と目は頬に影を落としている)

 (眠気が訪れるまで彼の眉毛を一本一本描き続ける)


4.    四日目

【朝・羊小屋】

ガル(羊) (愛おしそうに鴑に寄り添う)

ヤンム (鴑に他の羊の名前を教えた)チェン、キン…

 (聴きながら頷き、ヤンムが鴑に聞かせた上着に顔を埋め、軽く嗅ぐ)

ヤンム (餌を与えながら、優しく羊たちの名前を呼ぶ)

 (羊たちの名前をもう一回暗記する)


【テントへの帰り道】

ヤンム (黙々と歩いている)

 (黙々とヤンムについて歩いている。顔を上げてみると、ヤンムの背中だけが見えてくる)

雪の中では全てが静寂で、ただ舞い散る雪が耳に触れる音だけがする。


5.五日目

【夜・テント内】

鴑 (「時計がなく、日の出と日没、テントの外での吹雪しかない。」と日記に書く)

ヤンム (既に横になって休んでいる。)

× × ×

ヤンム (眠りに落ちる)

 (ヤンムが目を閉じると、まつ毛が軽く震えるのを見つめながら、描き始める。

× × ×

○フラッシュバック:吹雪の中で意識を失った前の光景

 (身震いがする。ついにテントのドアに歩みより、外の吹雪を隙間から覗き込む)


6.六日目

【夜・テント内】

ヤンム (ずっと焚き火を見つめてぼんやりしている)

  ヤンムガルグ。

ヤンム (振り返って彼女に一瞥する)

 (日記を読み上げる)「昨天晚上我画画的时候担心,如果暴风雪永远都不会停了要怎么办……」

ヤンム (焚き火を見つめ続ける)

 (テントの中のいくつかのチベット語の本を見つけ出し、厚く積もった埃を払って読み始める。枝を使って本に書かれたチベット文字を地面で書き写し始める)

ヤンム (視線が焚き火から離れ、鴑が書き写すのを横で見る)

 (「ལུག་」)

ヤンム (自分の名前に気づき、照れ笑いを浮かべる)


7.七日目

【午後・テント内】

ヤンム (鴑の上着を直している)

○回想:今日、羊小屋でガルは鴑の袖を噛んで穴を空いた。そしてテントに戻って火を焚く時に上着を脱ぐと、ヤンムは手際よく服を受け取り、キャビネットから針と糸を取り出し、焚き火の前で縫い始めてきた。赤い糸と、長くて指先まで綺麗な手が鴑の目に映る。

 (彼が専念に服を直しているのを見つめる)

テント内のヤンムのものは全て古く見えるが、清潔である。


8.八日目

【朝・テント内】

 (ゆっくり目が覚ます)

ヤンム (焚き火の前に座っていて、羊に餌をやって戻ってきたばかりの彼の髪と服には雪がまだついている)

 (布団をしっかりと身に纏った)

ヤンム (小さな声で唄を口ずさむ)

 (ヤンムに目を向うと、彼が依然として焚き火を見つめている)

ヤンムの小さな唄声、焚き火のパチパチ音、外の雪と風の音が紛れている中、鴑は注意深く彼が口ずさんでいるメロディーを覚えて、再び眠りに落ちる前に、小さな声でそれに合わせて口ずさむ。


9.九日目

今日の吹雪は、前数日より落ち着いている。

【午後・テントへの帰り道】

 (テントへの道との別方向を指す)

ヤンム (彼女を見る)

 (指した別方向に歩き出す)

ヤンム (彼女について歩く)

鴑 (しばらく歩いたが、この先にはまだ何も見えてこないので、足を止め、振り返ってヤンムを見る)

ヤンム (後ろをさし、振り返って歩き始める)

 (目を細めて、もう一回何もない白い広がりを眺め、ヤンムについて元の道に戻る)


10.十日目

【朝・羊小屋への道】

 (ヤンムの据えを引いて羊小屋に向かっている。ヤンムを引いている袖を見ると、雪の中で赤い糸が際たっている)

ヤンム (鴑に背を向けて進んでいる)

 (見上げると、自分はちょうど彼の肩の近くで、飛んでくる多くの雪から守られている。

ヤンム (歩みを緩める)

 (足元の凸凹に気づかずに、躓いてしまう)

ヤンム (一緒に引きずり下ろされたが、膝をつき、バランスを取り直して立ち上がる。そして振り返って、袖から手を鴑に差し出す。)

 (ヤンムの手を握る。雪をつけた、赤くなった冷たいヤンムの手のひらのタコを感じられる)

ヤンム (力を込めて鴑を地面から引き上げる)

(段々と立ち上がる)

ヤンム (鴑が立ち上がってから、すぐ彼女の手から離れる)

周囲には依然として、耳元を掠める雪の音だけが残っている。


11. 十一日目

【夜・テント内】

 (ヤンムの目を描こうとしたら、ヤンムの方向を見る)

ヤンム (焚き火を見つめている)

  ヤンムガルグ。

ヤンム (鴑に一瞥する)

鴑  (ヤンムの目を見る)

ヤンム (困惑の表情)

 (ヤンムの目をじっくり見る)

ヤンム (顔を背ける)

鴑 (覚えたヤンムの目の様子で描いていく)


12. 十二日目

【深夜・テント内】

 (吹雪の中、友達が自分の名前を呼んでいる夢から目覚める)
 (メイ(友達)、パパママも眠れないだろう。」と日記に書く)

ヤンム (まだ熟睡している)

鴑 (「あなたの家族はどこにいるだろう。」とテントの中の古い家具を思い出しながら日記に書く。そしてヤンムの顔の下から、鴑は彼の体を描き始める。)

鴑のペンの先が下に滑るたびに、まるで時間を前に進めているようである。それはすでに成熟した男性の体に向かっている。
その夜は眠気がなく、彼女は朝まで描き続けた。ヤンムが目を覚ましたときには、彼の肖像画は完成した。


13.十三日目

【朝・テント内】

(初めてヤンムが目を覚ますのを待てられた)

ヤンム (自分より早く目を覚ました鴑を見て、少し驚く表情)

(ヤンムに頷く)

ヤンム  (頷く)

(起き上がり、貯蔵されたパンと羊乳を取り出し、小鍋に羊乳を温めてから、カップに入れてヤンムに手渡しする)

ヤンム (受け取る)

 (テントの外を指す)

ヤンム (頷き、最後一口の羊乳を飲み干す)

鴑  (日記から紙を一枚ちぎり、ペンをポケットにする)


【羊小屋】

ヤンム (羊たちに餌を与えている)

 (羊を描く)

ヤンム (鴑の絵を一瞥する)

鴑 (ヤンムによく見えるように、彼の方向に少し渡す)

ヤンム (目の前のガルを見て、絵の中の灰色の斑点のある羊を見て、頷く)

鴑 (ヤンムにペンを渡す)

ヤンム (首を横に振り、餌をやり続ける)

鴑 (ヤンムが背を向けた後、彼の背中を絵の隅に描き始める。厚い服着ている時、ヤンムの肩は広くように見える。その形もう馴染んでいたので、すぐ描けるようになる)


14. 十四日目

【深夜・テント内】

 (再び意識を失ったあの日、笛の音が響いている夢から目覚めた。)

× × ×

鴑 (描いたヤンムの絵をもう一回見る。そしてヤンムの胸の前にあの笛を加える)

鴑はヤンムの方向を見たら、彼は寝ていてもその笛を胸に掛けている。


15. 十五日目

【朝・テント内】

ヤンム (目が覚ます)

鴑 (まだ眠っている)

ヤンム (彼女の方向を見る)

鴑 (毛布が首元を覆い、乱れた髪が顔にかかり、目を隠している。呼吸は時折深く、時折浅い)

ヤンム (視線逸らす)

× × ×

 (目が覚ますと、鼻を啜り、手で額を触り、発熱したことに気づく)

ヤンム (バケツを取り出し、水を入れ、火をかける。そしてバケツがブクブクと泡立ち始めるまで、バケツを取り、しばらく放置したあと、お湯をカップに注ぎ、鴑に手渡す)

鴑 (受け取り、頷く)

ヤンム (布を持ってきて、残りのお湯に浸し、絞り、鴑に手渡す)

鴑 (受け取り、ヤンムを見る)

ヤンム (首に当てる仕草をする)

鴑  (布を自分の首に当てる。小さく震える。)

ヤンム (テントのドアまでに歩く)


【深夜・テント内】

鴑 (体は熱くて、ぼんやりと目を開け、また眠りに落ちる。)

「ママ。ママ。」

(啜り泣きが始まる)



16.十六日目

【朝・テント内】

朝目が覚ますと、枕元には温められた羊乳とパイだけでなく、昔から保管されていた硬い枣も数粒あった。一口食べると、長い冬の中で保存された甘味が口の中に一気に広がる。風邪で何も味がしなくても、その濃厚な味わいが舌にしっかりと広がり、厚みのあるなめらかな感覚。

× × ×

 (食べ終わったら、唇を舐める。)

「1、2、3、4…」

雪が地面に落ちて水滴の音が規則的に聞こえる中で、彼女は頭の中で時間を計り始める。頭の中の数字が144に達すると、
ヤンムが戻ってきた。

ヤンム (焚き火の前に座る)

 (彼を見ながら、頭の中のタイマーは再び始まる。知らず知らずのうちに再び眠りに落ちる)

× × ×

夕暮れ時、彼女は再び目を覚ますと、ヤンムはテントの中にいなかった。


17. 十七日目

【朝・テント内】

 (誰が自分の名前を呼んでいた夢から目覚める)

ヤンム (焚き火の前に座っている)

 (枕元に置かれたパイ🍞と羊乳を食べ始める)

ヤンム (お湯に浸した布を鴑に手渡す)

 (受け取り、首に当てる)

ヤンム (枝を削っている)


18. 十八日

【朝・テント内】

  (退屈に絵を描く:ヤンムが丁寧に畳んだ布団、焚き火、カーペット、テントの尖った天井。)

描きながら、彼女の頭の中は、ヤンムが一人で雪の中を歩いている姿が浮ぶ。

○回想:ヤンムと二人で雪の中を沈黙で歩いている時、鴑はいつも彼の後ろを歩いており、彼の表情を見ることができなかった。

(想像:ヤンムは今も、白い息を吐きながら、顔をしかめて飛び込んでくる雪を受け止め、胸の前の笛は体に揺れながら揺れている。)

  (描き続けると、テントの一角に置かれているはずのバケツがなくなっていることに気づくが、それでもそのまま描き続ける)

× × ×

そのバケツが帰ってきたヤンムの手にある。彼の手、髪、眉には雪がいっぱいついており、今日の雪はいつもより降っている。


ヤンム (バケツを焚き火のそばに置いて、それを指す)ガル。

 (頷く。立ち上がり、二人のカップを持ってきてバケツを開けると、中の羊乳は凍っている。そのままヤンムの隣に座る)

ヤンム (手を焚き火に方向に伸ばす)

 (膝を抱え、ガルのこと考えながら、火の光の中で羊たちの影が見えるようになる)

焚き火の近くに置かれた羊乳は少しずつ溶けていく。


19.十九日

風邪だいぶん治ってから、今日は二人一緒に羊小屋にいく。

【朝・羊小屋】

ガル(羊) (鴑に懐いてくる)

鴑: ありがどう、ガル。

  (ガルの耳を見つめる)

【羊小屋からテントへの帰り道】

鴑 (ヤンムの据えを引いて歩く)

○回想:(羊小屋を出る時、ヤンムはまっすぐに立って彼女に背をむけていた。そして鴑はヤンムの据えを掴むと、彼はゆっくりと歩き始める)

× × ×

鴑  ヤンムガルグ。

一瞬でこの白い世界に彼女の声だけが残った。

ヤンム (立ち止まり、彼女の方を振り向く)ジョ?

静まり返った雪で彼女の名前もはっきりと聞こえる。それは夢の中で自分の名前をずっと呼んでいた声、鴑が覚えている。

夢の中の笛の音が終わりそうに響く。

 20日目

【夜・テント内】

寝る前、鴑は日記に「20日目、彼はまた出かけた。」と書いた。

○回想

   夕暮れ時、鴑が目を開けると、テントには誰もいなかった。

(日記に)「どこに行ったの?」

○回想

日が暮れてからヤンムが戻ってくると、枝で地面に羊を描いていた。

(日記に)「いつも同じ羊。」

○回想

ヤンムはその羊の耳にピアスを描いた。

(日記に)「羊小屋にいなかった子。」

  甲高い笛の音。

× × ×

  (いつもの意識失った悪夢から目覚める。ヤンムが熟睡しているのを見て、ついにヤンムに近づいて寝る。)


5.      20日目

【朝・テント内。】

鴑は目が覚ますと、見知らぬ人が来ていて、ヤンムの向かいに座ってチベット語で話している。

ロサン おはよう。

鴑  (頷く)

ロサン おはよう。

  …中国語喋れるんですか?

ロサン  聞き取りはできるが、あまりうまく話せないかも。私の名前は

     ロサン、このあたりの郵便配達人。

  ジョって言います。

ロサン  ヤンムがあなたを見つけたって。

  (頷く)

ロサン  今日は町に行くんだけど、一緒に行く?誰か帰り方を教えてくれるはず。

鴑  (ヤンムの反応を見る)

ヤンム  (頷く)

  (自分とヤンムを指差してから外を指す)

ヤンム  (一瞬躊躇し、首を横に振る)

ロサン  彼は多分行かない。

ヤンム  (立ち上がり、鴑の上着を取りに行く)


【町への道】

外に降る雪は、前より優しくなっている。鴑は町への道と羊小屋が反対方向になっているのが初めて分かってきた。

  あれらの羊と会った?

ロサン  もちろん。何回も。あの「ガル」っていう子ね、私を見るたびに噛んでくる。けど、やつの羊乳悪くないから、ヤンムにお願いして何度も貰っている。

  ヤンムと仲良さそうだね。

ロサン  もちろん。ここに来てから初めてできた友達だな、ヤンムは。

  彼はいつから羊を飼っているの?

ロサン ここに来た当初すでに羊を飼っていたね…そういえば、あなたはなぜここへ?

  友達と、四川から旅行に来て…

ロサン 四川ね、若い時に行ったことあるよ。ここと全然違うね、なんでも暖かい。こんな冬でも、みんなは疲れを知らないようにずっと話し続けるよね。

  (何か言おうとすると、雪が口に飛び込む)

ロサン 最初も旅行だね、私はここに来たのも。


【町の市役所オフィス】

  というと、来月の5日に駅まで送ってくれる車があるってことですね?

職員  そうですね。そしてこの辺りのホステルまだ空いていますから、出発する日まで暫く泊まるといいですよ。

  (暫く沈黙する)5日以降はまだ車ありますか?

職員  ありますよ。吹雪が終わったら、毎月の5日に車が来ます。

  わかりました…ホステルはとりあえず結構かな。

職員  ヤンムのことはよろしく。彼ずっと一人だから、心配していた。

   (頷く)

ロサン (職員)あなたへの手紙まだ来てないようだ。

職員  吹雪が終わるのを待つしかないかも。

ロサン  吹雪か。良い理由だね。

  (二人に)ありがとうございます。

職員.  とんでもないです。

  ちなみに、「ありがとうございます」って、チベット語で何と言いますか?


【テントへの帰り道】

  ロサンと別れて鴑の帰りの足取りが軽くなった。テントに近くまでに行くと、ヤンムがドアの近くに立って彼女を待っているのが見えてきた。


6.      21日目

【朝・羊小屋】

  (羊のガルへ)「トジチ。」(チベット語の『ありがとう』)

ヤンム  (彼女に目を向けた)


【テントへの帰り道】

  (ヤンムと腕を組むようにした)

ヤンム  (体が急に硬直した)

  (ヤンムに)「トジチ。」

ヤンム  (暫く沈黙する)「ゲジチマリ。」(チベット語の『とんでもな

いです。』)


【夜・テント内】

   寝る前。ヤンムもう寝ていた。

ヤンム  (かすかな嗚咽を漏らした)

  (近づいて彼の様子を見る)

ヤンム (嗚咽を漏らし続ける)

  (彼の顔に手を伸ばした)

ヤンム (突然目が覚める)

 (ヤンムと目が合った)

ヤンム  (長く目があった後、彼女に背を向けて寝る)

  ヤンガルグ?

ヤンム  (反応がない)

× × ×

  (夜中夢にピアスをしたあの羊が出てくる。夢から目覚める)


7.      22日目

【朝・テント内】

鴑は目が覚めた時、羊乳とパイが傍らに置いてあったが、テントには誰もいなかった。


【羊小屋】

鴑が羊小屋に着いたら、ヤンムはいなかったが、羊たちにすでに餌に与えられた。鴑を見て吠えてきた。


【夕方・テント内】

   日が暮れてからヤンムが戻った。

  (枝で地面にピアスをした羊を描いて、外を指して、ヤンムを指す)

ヤンム  (反応がない。羊乳を焚き火上に温める)

  (ヤンムに近づく)

ヤンム  (彼女に距離を保った)

 ヤンムガルグ?(枝で地面に大きなクエスチョンマークを描き、彼が

   クエスチョンマークがわからないことを思い出し、塗り潰した)

ヤンム  (羊乳を飲む)


【夜・テント内】

(いつものように日記を開こうとしたが、諦めた)


【夜中・テント内】

  (ガサガサの音で目覚める。無意識にヤンムの方を見る。)

ヤンム.  (笛を尻に挿入していてオナニーしている)ハー…ハー

  (ショックを受け、すぐに目を閉じて眠ったふりをする)

× × ×

ヤンム  ハー…ハー…ハー

甲高い笛の音が続く。


8.    23日目

  【午後・羊小屋への道】

(ヤンムと距離を保ち、黙って彼の後ろをついている)

ヤンム  (振り返って彼女を見る)

(頭を下げて道を見る)

ヤンム  (目を戻した)

  (頭を上げ、彼の胸の前の笛を凝視する)

○回想

ヤンムの声「ハー…ハー…ハー」(声が続く)


  【羊小屋】

ヤンム  (羊に餌を与えている)

  ○回想

ヤンムの声「ハー…ハー…ハー」

ヤンム  (羊を撫でながら名前を呼ぶ)

  ○回想

ヤンムの声「ハー…ハー…ハー」

ヤンム  ジョ?(彼女の方を向くと、胸の前の笛が揺れた)

  ○回想

ヤンムの声「ハー…ハー…ハー」

(無意識に笛に手を伸ばした)

ヤンム  (鴑の手を振り払った)

  (回想の中のヤンムの喘ぎが中断し、ヤンムの目を見る)


   【夜中・テント内】

   夜中。ヤンムは既に寝ていた。

  ○回想(モンタージュ)

   A)ヤンムの尻に挿入された笛

   B) 裸のヤンム

   C) ヤンムのオナニーに耽って目を閉じている表情

  (無意識に下半身に手を当てる)

   D) オナニーに笛を持っているヤンムの手

  (下着に手を突っ込む)

   E) 羊乳を鴑に渡したヤンムの手

  (オナニーを始める)

   F) 上着を渡したヤンムの手

   G) 鴑が雪の上に転んだ時に差し伸べたヤンムの手

   H) 羊を撫でるヤンムの手

  (オナニー続ける)

I)枝で地面に羊を描くヤンムの手

  (オナニーしている彼女の手が止まった)

   J) 鴑の手を振り払ったヤンムの手

   回想終わり

  (ゆっくりと自分の服を脱ぎ始める)

× × ×

(寝ているヤンムに近づく。彼の顔を見ながら彼の上に跨る)

ヤンム  (ゆっくりと目を開ける)

  (彼の手を取って自分の胸部に当てる)

ヤンム  (驚いて目を開く。)

鴑  「触って。」

ヤンム  (無意識に胸を揉む)

  (ヤンムの下半身が硬くなっているのを感じる)

ヤンム  (目から涙が出てくる)

笛の音。


9.    24日目

【テント内】

ヤンムはいなかった。


10. 25日目

【テント内】

ヤンムはいなかった。


11. 26日目

【テント内】

ヤンムはいなかった。


12. 27日目

長い吹雪すっかり終わった。鴑は裸でテントのドアを開け、外に出た。太陽が彼女を照らす。


13. 31日目

【列車内】

  (日記にピアスをした羊を描いている)

   ○回想:28日目

       【羊小屋】

ロサン  「崖のふちでヤンムの遺体が発見された。」

   ○回想:29日目

       【崖らの辺】

ヤンムの葬式が行われた。葬式にきた人々からヤンムが口ずさんだ歌を聞こえていた。鴑は、葬列を遠くから眺めながら、そのメロディーを一緒に口ずさんでいた。

   ○回想:28日目

       【羊小屋】

ロサン  (笛を鴑に渡そうとする)これが残された。羊を呼ぶ笛。

 (首を横に振る)

ロサン (笛の持つ手を引き戻した)彼はずっと探していた、あの羊。無くしてずっと探していたが、代わりにあなたを見つけたよね、あの日。

 鴑  (羊のガルを撫でる)

ロサン  あの子の名前は何だっけ…ピアスをしたあの子…ダメだ、

       思い出せない。

  (ガルを撫で続ける)

  ロサン  (ガルも撫でようとする)彼の主人に残されたのよ、羊たちは。

  (ロサンを見る)

ロサン また私を噛むの、ガル?!

  (ガルを再び撫でる)

ロサン 昔のチベットはね、人が死んだ後、骨には魂が保存されると信じられていて、笛に作られる。

   (笛を吹く)

羊群れ  (吠え始めてきた)

ロサン  死んだ人の魂は、あなたの元に戻ってくる。


  【列車内】

  (ピアスをした羊をちょうど描きおわった)

(耳に残るロサンの声)

ロサン 「ヤンムの笛は、彼のなくなった主人の骨です。」


   ○回想:30日目

       【町の市役所オフィス】

職員  明日の朝9時車がきます。

  ありがとうございます。

 職員  「ザシデレ。」(チベット語の『あなたの幸運の祈る』)

  「トジチ。」(チベット語の『ありがとう』)

    (踵を返そうとしたとき、壁にかかっている肖像絵が目に入った。顔に赤いバツ印がついている。)

職員  もう10年前のものですね…ここらへんの奴隷が解放された後、彼

らも亡くなりました。   

    回想終わり。


  【列車内】

   車窓から差し込む陽光に、彼女は日記を閉じ、目を休める。開いたリュックの中の笛が列車と一緒に揺られている。

× × ×

窓からの風が日記を開いて、ヤンムの絵に留まる。

彼女は再び目を覚ます。








終わり

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