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無知の涙



永山則夫の獄中ノート「無知の涙」

永山則夫は1969年当時の日本を震撼させた、連続銃射殺事件の容疑者。

北海道網走市で生まれるが、幼少期に母親に捨てられる。兄弟だけの生活が過酷過ぎ養護施設に保護されたのち、母親を追って青森県板柳町に移住。16歳までを板柳で過ごす。

実の兄弟、母親からの激しい暴力、母親に見せつけるように目の前で窃盗事件を起こすなど、家庭環境は荒れた。仲間から盗んだシャツ一枚を持って上京。



生い立ちから殺人事件を犯すまでが、あまりに壮絶でそして幼く、つらくなる。しかし永山則夫を捨てた母親もまた遠い樺太の地で母親に捨てられていた。


少年時代は津軽弁が話せないといじめられ、殺人事件を起こした後は支援者達に「なぜ津軽弁を話さないのか」と怒られる。彼は誰にもなれなかった。


最期は死刑執行に抵抗し、激しく殴打され意識を失ったまま首に縄をかけられ死刑執行された。1997年。身近な日本の中で。

獄中ただ純粋に自分の精神と向き合い、思想を語る術を求め喘ぎ叫んでいる切ない20歳の慟哭が綴られている。20歳!!



永山は無知では無かった。
しかし人を信じるという事には無知だった。誰もそれを教えてはくれなかった。

永山のホロスコープを読もうと思っていたのですが、もう少し探りたい気がしていて、そのままになっています。

永山が事件を起こしたのと同時代の「三島由紀夫・東大全共闘」を年明けに移動映画館で観る予定なので、それからまた本を読み返してみようかなと。

全共闘に関しては、下記の番組がとても良くまとめられています。上記のテロップでは全共闘を「反逆のエリート」と紹介していますが、果たして、、、というのが私の見解です。

自分でも解らないのですが、1960年代の混沌に子どもの頃からずっと惹かれています。この時代の熱い眼に憧れ続けているのだと思います。

中学校の図書室で借りたんだった。
懐かしいな〜また読んでみようかな。

それでは、また。

つちのと

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