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円周率と重力加速度の浅からぬ関係

ちょっと計算してみてください

 円周率$${\pi}$$と重力加速度定数$${g}$$、この2つには何の関係もないように思えます。ではちょっと計算してみてください。円周率の二乗、3.14×3.14はいくらになるでしょうか?

円周率の二乗

 9.85くらいになりました。重力加速度定数はだいたい9.81です。
 どうでしょう。非常に似ていると思いませんか?

99.4%くらい一致している

 実はこの結果は単なる偶然ではありません。円周率と重力加速度が、はるか昔浅からぬ関係にあったことの名残なのです。そこには単位系の改正と測定精度の向上という人類の科学の発展が大きく関わっています。
 この二人の物語を見ていきましょう。

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SI単位系の時代(現代)

 モノの長さや重さ、時間などを計測する際に、基準となる目盛りが統一されている必要があります。目盛りが未整備の頃、たとえば長さの単位は10個以上あって、おなじインチでもイギリス・インチとラインラント・インチ(ドイツ)は0.8mmくらい違いました。国ごとにインチが違うのですから、実験結果が発表されても自国の単位にいちいち直さないといけません。計算間違いの原因になるだけでなく、そもそも基準とするものが違うので数式すら異なりうるのです。
 みんな違う物差しを使って計測していては科学の発展どころではありません。そこで目盛りや物差しを統一する機運が高まります。
 モノの長さや重さ、時間などの目盛り・物差しの組み合わせを単位系と呼びます。現在の科学界ではSI単位系というシステマチックな単位系を採用しており、SI単位系において1メートルは光が真空中を一秒間で進む距離の299792458分の1と定義されています。(注1)
 この定義は非常に正確です。なぜなら、アインシュタインが発見したとおり光速度は誰が測っても不変だからです。光速さえ厳密に計測できれば、1メートルの長さは宇宙のどこにいても正確に定義できます。

メートル法の時代

 ところで1メートルの定義は最初からこのような形だったのでしょうか? もちろん、光速度不変の法則が発見され、かつ光速が精密に測定されるまで定義できないはずです。つまり昔は別のメートルの定義があったわけですね。 
 昔の定義はどうだったか。ご存じの方も多いかと思いますが、地球一周の40000分の1と定義されていました。
 でもこれも考えると、地球一周分の長さを測定する方法が見つかっていないと測れないですね。地球を基準とした定義は、革命の最中にフランスの測量隊が持ち帰った結果を参考にしてできたものです。かなりの苦労があったことでしょう。

メートル法以前の時代

 では、それ以前の単位の基準はどうなっていたのでしょうか。1メートルを定義するのに、わざわざ測量隊を派遣するなんてとても大げさな話です。そもそも、なぜ地球の周長の40000分の1を1メートルと定めたのでしょうか? せっかく新しい単位を策定するのですから、周長の10000分の1としてもよいはずです。
 これは、すでにある定義との差が小さくなるように定められたから、というのが理由の一つになります。実は地球の周長を計測する前に、振り子の等時性を用いた定義が提唱されていたのです。
 昔の定義から今の定義に移行するとき前後であまり値が変わらないようにメートルの定義を変える試みがなされてきました。科学者の都合で実生活に影響が出ると困りますからね。先ほど出てきたメートル法の定義は、この振り子の等時性を用いた定義と整合的になるように定められたのでした。

 振り子の周期は、振り子の長さだけで決まります。すなわち振り子の周期$${{T}}$$は、重力加速度を$${g}$$、振り子の長さを$${L}$$として


$${T=2\pi\sqrt{L/g}}$$

と書くことができます。長さを変えると振り子の周期が変わりますね。ここで $${L=1}$$のとき$${T=2}$$となるような単位系を採用します。すなわち、振り子の周期が2秒になるような長さを1メートルと定めたのです。
 このとき、次の式が成立します。


$${2=2\pi\sqrt{1/g}}$$


整理すると、

$${g=\pi^2}$$

が導かれます。
 この$${L=1}$$のとき$${T=2}$$となるような単位系というのが、地球の周長を使う前の定義でした。この単位系を採用している間は、重力加速度定数はまさに円周率の二乗と完全に一致していたのです。

当時最先端の技術がメートルを定義した

 ……正確に言うと、この時代において長さの基準は乱立しており、振り子を用いた定義は数ある定義のうちの一つでしかありませんでした。ところが振り子以外の定義は「王様の肘の長さを基準として……」といった普遍性のないものばかりでした。
 その点、振り子を用いた長さの定義は画期的でした。糸の長さを変えるだけでどこにいても簡単に長さの基準がつくれます。そしてこれは、歴史上はじめて世界中どこでも使える定義だったのです。

 振り子を用いた定義が提唱されたのは17世紀後半です。この定義はJohn Wilkinsという学者が著した An Essay Towards a Real Character, and a Philosophical Language (London, 1668) の中で論じられています。
 17世紀後半という時期にも意味があります。この時期には科学史における大事件がありました。それはガリレオ・ガリレイによる振り子時計の発明です。ガリレオは若い頃に振り子の等時性を発見し、晩年になって振り子時計の設計図を書き上げ、そして自ら作り上げたとされています。
 地球上のどこにいても正確に1メートルを測る方法が編み出された背景には、ガリレオ・ガリレイによるまさに当時最先端の研究成果と科学技術があったのです。

単位系の進歩は科学技術の進歩そのものである

 ここからこの記事を上に遡ってみてください。人類がメートルという単位を定めるにあたり、不正確だけれども簡素に測れるものから、正確でかつ高度な科学技術を要するものに変化していっていることが分かるかと思います。
 そして、単位の定義が変わっても長さそのものはあまり変えたくないというモチベーションがあるのはご理解いただけると思います。
 そのため、定義の変更と共に微妙に値だけが変わっていき、次第にずれていってしまった、ということが起きているのです。


 以上のとおり、円周率の二乗が重力加速度に似ているのは、振り子の等時性を利用して提唱されていた1メートルの定義の名残なのです。二人の浅からぬ関係は、現代に続く科学技術発展の歴史と密接に関係しているのですね。

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注1
厳密には、真空中の光の速さ c を単位 ms−1 で表したときに、その数値を 299792458 と定めることによって定義される。

注2
πの二乗とgが似ているのはメートル法、SI単位系における重力加速度の定義の範囲内だけです。ヤード・ポンド法では全く関係ないのでご注意ください。

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