言葉を交わすことのできないモノとの対話

無心になって、目の前のモノのカタチを紙に写し取る時間が好きです。

打ち合わせの合間や、ちょっと一息つきたいときなんかによくクロッキーをします。
モチーフは目の前にあるものならなんでもよくて、例えば人、風景、自分の手、今食べてるおやつなど。仕事やゲーム中のハヤシもじっとしていることが多いので、よくモデルにしています。 (気づかれると逃げるので、バレないように)
描く道具も拘らず、たまたまその日持ち歩いていた鉛筆やペンで、スケッチブック、ノートの切れ端、ペーパーナプキン、レシートの裏…とにかく書けるものならなんでも良し、という具合。
そんなふうにゆるく、ときに深呼吸をするみたいな心地の良い遊びが私にとってのクロッキーです。

なぜクロッキーが好きなのか。
最近ひとつ、私なりのこたえを見つけました。

先日、リトルコチカの二人で茶臼山動物園にいったときのこと。

茶臼山動物園は、長野にある動物園です。山中に位置しており、山の地形を利用した高低差ある動物舎が魅力的。
レッサーパンダの聖地とも言われる茶臼山動物園ですが、私達のお目当てもレッサーパンダでした。

その日は平日。しかも猛暑日とあって、園内の人気はまばら。
レッサーパンダ舎も入れ替わり立ち替わり人はくるものの、がらんとしています。
外のうだるような暑さが嘘みたいに涼しく、レッサーパンダの足音と笹のこすれる音だけが響く、しずかな空間。
ハヤシはレッサーパンダをじーっと見ていたかと思うと、「かわいい…」とうわ言のように呟きながらシャッターを切ったりを繰り返し、しばらく動きそうにありません。それじゃあ私も、とクロッキー帳を取り出し、檻の脇にあったベンチに腰掛け、レッサーパンダを描きはじめました。

「かわいい!」「いまだ!」と思った瞬間、鉛筆を手に取り紙に走らせる。
ところがその間にもレッサーパンダは動く動く。縦横無尽。
鈍臭いようでいて意外と俊敏な彼らのスピードには、紙と鉛筆では到底追いつきません。
笹を食べてるところを描いていたはずが、顔を上げるともう離れたところでころころと遊んでいたりする。

私は普段はわりと筆が早い方ですが、さすがに追いつけず、何も描けず。
せっかく来たのにこれではもったいない、せめて参考資料用に写真を撮ろう…と鉛筆からカメラに持ち替えることに。
しかしファインダー越しにレッサーパンダを見ていて、ふと思ったのです。

手が追いつかないときの方が、かえってよく観察できているかも…」

絵描きにとってクロッキーという手段で観察することの良さ。
それは、手の動きと思考の速度がリンクした状態で観察できること

アタリのシルエットをざっくり描くときには「このパンダらしい頭と体のバランスが可愛い」なんて考えながら線を引き、背中の稜線を描いては「歩くと背中が猫みたいに動くんだね」、足を書いては「このちょっと内股になるところが最高」などなど…
自らの目、手、五感を存分に使ってクロッキーをしたことで、自分自身がレッサーパンダのどこに魅力を感じ、何を描きたいのかが明確になりました。
手が追いつかないからこそ、今引いている線のどこに惹かれているのかをじっくり考え、再認識することができたのです。

絵の魅力や面白みは、鍛錬された描写力だけでなく、作者自身のフィルターを通して表現することにもあるのだと考えています。
そして、まるで会話をするようにじっくり時間をかけて何度も観察することで、自分らしいフィルターが醸成されていくのだと思います。

私がクロッキーを好きなのは、対象となるモチーフたちと、こんなふうに絵を通じて対話をしている感覚があるからです。
言葉を交わすことのできないモノ、動物、風景。
もの言わぬ肌、毛の一本一本、ゆったり流れる雲。
それらが発する声なき声に耳を傾けながら、あなたのここが魅力的だよ、と紙の上でヒソヒソ話するような、心地よい時間。
それはまるで、ハンドドリップでコーヒーを淹れるあの時間に似ています。

自分のフィルターに注がれる透明なお湯が、ゆっくりとコーヒー豆の粉の間を通り抜け、やがて濃褐色のコーヒーになるとき―

自分の描きたい世界がほんのすこし、深みを増すような気がするのです。



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serico

イラストレーター、絵本作家、漫画家。クリエイティブユニット「リトルコチカ」所属。東京造形大学を卒業後、デザイン会社勤務を経て独立。近作は絵本「ねずみさんのおおきな木のおうち」、新聞連載「冷え性ラッコのミトンくん」など。 https://twitter.com/sericco

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