水龍と刀鍛冶⑥

スサノオは水龍を討つ剣を持って、高天原を降っていった。それは過去と暗がりと零人ぼっちの道であった。高天原では、時間の流れが極めてゆるやかなために、すべての生命の御魂が躍動している。クニタマが煌めいている。風下では小さな小さな土埃が揺らいでいるだけ。
スサノオはアマテルの弟だった。偉大な兄を持ち、己の腕力は兄にも劣らぬ。兄ではなく俺が水龍を討つのは当然のことだった。彼がこのように自尊心を持ってしまったのは、心に我欲をまとわせて初めて高天原を降っていくことができるからである。肉を纏わなければ地上にはいけない。肉には自尊がついてまわる。
すーっと降りていく、地上に行く。するする下に行くほどに時間の流れが加速して、スサノオは俺こそが最強の勇者であると思考した。地上は思考するための場所だった。高天原では思考はない。御魂の躍動があるだけだ。
地上に降り立つと、風が彼の頬を生々しく撫でた。天界のボディを脱ぎ捨てて、地上の肉を身にまとうとはこういうとこか。御魂と鬼が等しく混ざり、スサノオは、すっかり地上人と変わらなくなった。
水龍を探して殺してしまえ!地上の波動は荒く重い。彼は、義務を越えた、私怨や義憤を、水龍に感じていた。鬼の心が強くなり、御魂が翳っていた。地上というのはそういう場所だった。
富士の山が聳えているのが見える。しかし、それよりもずっとずっと高いところに高天原が在った。スサノオは地上人となることで、己の故郷を忘れてしまった。
水龍を殺すための放浪が始まった。

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