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妖刀猫丸 3 🐾荒寺の怪僧🐾

 荒寺へは少し山を登り、この土地の先祖を葬ってきたのであろうか、新しい墓標も目立つ墓地を抜けた所に、その寺はあった。

「頼み申す。」

 昼間なのに暗い寺の中には確かに何かの気配が感じられた。それと匂いであろうか…
死臭?いや、それよりもっと何か不吉な匂い。
 早夜の家系は代々、薬草の調合にも長けているので、数々の薬草、香木の類は嗅げばある程度は分かるのであるが、この寺から漂う匂いは今迄嗅いだことのない、何か異世界の妖しげな匂いがするのであった。
 「何かの花の匂い?いや、彼岸の花の…」
不思議な匂いに早夜は気が遠くなるのを感じ、その場で気を失ってしまった。
 半刻ばかりであろうか…
何者かに呼ばれる声で早夜は目を覚ました。
『早夜殿… 起きてくだされ… 』
 早夜は気を失ったのを思い出すと共に名前を呼ぶ声で再び目を覚ました。
 「迂闊であった。かたじけない…」
 だがそこには誰の姿もなく、早夜はひとり暗い境内の中で倒れているのであった。本堂を前に覆い茂った蔦やら草木、荒れ放題の中庭である。永遠に続くかのような小雨は、微かな雲の切れ間から僅かな明るさを増した気配を見せていた。
 足に毒気が回っているのか、思うように立ち上がれない早夜は、しばし息を整え回復を待っていた。
 そしてまた半刻程時が経ったのであろうか。雲は厚みを増し、辺りは夜の気を放つほどの暗がりに包まれていった。
 本堂より老僧の声が聞こえた。
「無事か?そなたはモノノ怪に襲われておったのぞ。
 こんな荒寺にひとりで来るとはとんだ命知らず。即刻里へ降りよ。」
 しゃがれた声は少し不気味ではあったが、きっと起こしてくれた声の主はこの者と思い、先程のお礼を伝えたく返事をした。
「先程は助かりました。動けない所を気遣ってくださり誠に申し訳ない。危うくモノノ怪に喰われる所でした。」
 老僧は続けて言った。
「そうであるな。そなたがひとりであればとうにモノノ怪の胃の中で溶けていたであろうよ。残念な事をした…」
 早夜は疲労と喉の渇きを覚え、老僧にこう続けた。
「水を頂けませんか…。」
老僧は嬉しそうに答えた。
「そうじゃな。その手があった…。しばし待たれよ。」
 老僧は何やらガサゴソと物置を探し回るような音を立てた後、早夜のいる中庭に姿を現し、少し離れた所に水の入った桶を置き、再びしゃがれた声で語った。
「旅の者よ。そなたの持つ刀は魔物に取り憑かれておるぞ。我はそれ故にそなたにはこれ以上近づけぬ。その刀を差し支えなければ、私共の寺の井戸に封印してしまうという提案もある。あそこに見える古井戸は、封じの井戸としてこの辺りでは少し名が通っているのだが、ご存知ないか?足が効かぬのならば投げ捨ててみよ。水を渡す事もできぬわ…」
 早夜は水欲しさに、少し離れた茂みの中に猫丸を置き老僧が水を持ってくるのを待った。
老僧は警戒する早夜を睨みながら渋々手桶を持ち近づいた。
「まあ良い。それより早くこの水を飲むのじゃ。その刀はその後にでも丁重に弔って封印してやろうぞ…。好きなだけ飲め。」
 古びてはいるが僧侶の服を着た小柄な老人は、よく見ると肌は真っ黒で、酷い異臭を放っている。背中を丸めてゆっくりと早夜の所に歩いてくる姿は、とてもこの世の者とは思えない姿であった。
 早夜と老僧の距離が三間ばかりに詰まった時、猫丸を置いた茂みから猫が唸るような声が聞こえてきた。
「ミューゥゥゥゥ…ウーゥゥゥ…」
 老僧は驚き身構えた。
「またしても…。人が親切で水を持ってきたというのに、何たる仕打ち。我毒気を再び食らうが良い!」
 老僧が大きく息を吸った瞬間、茂みから猫丸は電光石火の勢いで鞘から抜け、宙を飛び持っている手桶を一刀両断とした。
 溢れた水は邪気を含んでいたのか、境内の土を激しく変色させながら蒸発していった。
 早夜の手元に猫丸は収まり、早夜もこの頃にはようやく両足で立てるまでに回復していた。
「お前は何者だ?この寺に住み着いたといわれる妖はお前か!」
 早夜は老僧を睨みつけた。
 猫丸の飛ぶ姿や、切れ味を目の当たりにした老僧は地に臥し、早夜に詫び、急に態度を変えて命乞いを始めた。
「私が悪いのではない。悪いのは全てこの寺の経文。経文を読んでいるうちに私の姿はこんなに醜く、年老いてしまった。どうか命だけは助けてくだされ。
 それよりもお願いがある。その呪われた経文を今すぐ斬ってはくれぬか。私はその経文に呪われた哀れな僧侶なのだ。」
 老僧は地に平伏したまま顔を上げなかった。早夜は近寄り顔を覗き込みながら、
「ならばその経文とやらを…」
『甘いぞ、早夜…』
 老僧が再び毒気を吐こうと動こうと顔を上げるや否や、再び早夜の手元から猫丸は飛び出し、老僧を一刀両断した。
 老僧は瞬く間に倒れ、真っ黒な体は一匹の大きな鼠へと姿を変えて横たわった。
「なんと…。かたじけない。喋ったのはお前であったのか…。」
 早夜は猫丸を再び毛皮で覆った鞘に納め、愛おしく撫でた。

 その後の調べで分かったのは、この化け鼠は数年前よりこの寺に住み着き、時々里に降りては人家に現れ、毒気で人を殺め、葬儀に出された遺体をその日の内に掘り起こし食べて命を繋ぐことを繰り返していたようであった。それ故にこの所、村では葬儀が絶えなかったとの事であった。
 巧妙に仕組まれた、卑しき妖のなせる技であった。

p.s. 
化け鼠の言っていた経文は、寺の中に存在した。真っ黒な布地の巻物は猫丸との初めての戦利品となった。効能は不明であるが、密かに早夜はこれを所持したのである。

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