『喫茶品品』全曲解説 前篇

世田谷ピンポンズ青年と喫茶店にまつわる10の話

track1.「すみちゃん」

彼にはボブカットの女の子というだけで六割増くらいに好きになってしまうという趣向があった。
更にそこに鈍臭い眼鏡をかけていれば、なおよい。

この趣向は彼が高校二年生の時に好きだったKさんから始まったようだ。
高校二年生の頃の彼は今以上に人見知りで奥手だった。
Kさんへ、アピったり、告ったりなどできるはずもなく、ほんの数回喋ったことがあるという、ただそれだけで終わったその恋は、それゆえ彼の心に淡く、強く残った。
そして、年月と共に彼の脳裏からはKさんの顔の印象が次第に薄れ、彼女のボブカットの面影だけが残ったのだった。

2017年初め、彼は朝の連続テレビ小説「ひよっこ」を観ていた。
「ひよっこ」は60年代・高度経済成長期の日本が舞台。
奥茨城村から東京に出てきた主人公・みね子(有村架純)の成長の物語である。
みね子は東京でラジオを作る工場に就職し、そこで同じように集団就職で東京に出てきた少女達と出会う。
この少女達が物語に華を添えるのだが、その少女達のうちの一人に彼は目を奪われた。

青天目澄子(松本穂香)。

福島から出てきた彼女はボブカット(おかっぱ)に鈍臭い眼鏡、そう彼にとって六割増の女の子である。
仕事ができず、みね子に迷惑をかけてばかり。
そのくせ夕食だけはバカバカと食い、部屋で揉め事が起こっても一人マイペースにスースー寝ている。
そんな彼女を最初イライラしながら観ていた彼だったが、いつしか彼女から目が離せなくなってしまった。
澄子の魅力に六割増で、とっぷりとハマってしまったのだった。

ある日、当日までに決められたテーマに沿った歌を作るという趣向のライブがあった。
その時のテーマが「オリンピック」。
彼は「ちょっとこじつけじゃないかしら?」と思いながら「すみちゃん」という曲を書いた。
東京五輪で沸く60年代を生きる女の子の歌、すなわち青天目澄子の歌である。
その日からというもの、彼は来る日も来る日も「すみちゃん」を歌い続けた。
「松本穂香さんに届いてくだせぇ。」
彼は心の底から願った。

2018年9月5日。
彼のニューアルバム「喫茶品品」が発売した。
一曲目は「すみちゃん」。
そして、アルバムには松本穂香さんからのコメント。
彼の歌は届いた。
届いたのである。
生きていて良かったね。

「喫茶品品」は喫茶店をテーマにしたコンセプトアルバムだ。
「すみちゃん」のどこが喫茶店の歌なのか?

彼曰く
「かわいい女の子には喫茶店がよく似合う。」

track2.「ピース」

ピースは新宿西口にある喫茶店。
彼はここが好きで、京都に住む今も、東京に来た際にはよく通っているという。
彼がピースに通う理由、それは「藤子・F・不二雄」である。
F先生は仕事場に向かう前、ピースでネームを描かれていたという。
彼は昔からF先生を敬愛しているのである。
彼はこの喫茶店でピラフをかっ込みながら、ノートを開く。
のべつまくなしに通り過ぎる人の群れを横目に珈琲を啜る。
まるでF先生がそうしていたみたいに。
彼はF先生を身近に感じているつもりになる。

彼には「レンジでチンしたようなピラフ」が異常に好きだという趣向がある。
その点においてもピースのピラフは素晴らしい。
この時、本当にレンジでチンしているのか、ちゃんとしっかり拵えているのか、という問題は全く意味をなさない。
彼はとにかくあの味を愛しているのである。

新宿西口ピース
新宿タイムス
新宿らんぶる

「この3つの喫茶店を線で結んでみて下さい。何か見えてきやしませんか?」

「そうです。これが俗にいうレンジでチンしたようなピラフトライアングルですよ。」

彼は、ピラフを口いっぱいに頬張りながら、ニヤリと笑うのだった。

track3.「喫茶ボンボン」

彼はライブで名古屋を訪れた際、高岳にある喫茶ボンボンに寄るのを楽しみにしている。

喫茶ボンボンはケーキ屋さんが経営する喫茶店。
ケーキ屋さんの横に併設されている。
とはいえ、その佇まいはシャレオツなカッフェではなく、純喫茶中の純喫茶、the純喫茶である。
ちゃんと、よく分からない日本画がかけてあり、赤い革張りのソファーが置いてある。
佇まいが完璧なだけでなく、ケーキ屋さんである強みを最大限に活かしたケーキのラインナップの豊富さは息を飲むほど。
彼はケーキセットのみならず、ただブレンドを頼んだだけでも小さなエクレアがついてきたことに、ひどく感動したという。
その気持ち、よく分かるなぁ。

「喫茶ボンボン」は彼の純喫茶楽曲の中でも最初期のものだ。
この歌から彼の純喫茶楽曲が始まったと言える。
この歌を彼が歌っていることによって、歌を聴いたお客さんが名古屋を訪れた際、ボンボンに寄ってくれることもあるという。
これは彼にとっても、お店にとってもなかなか良いことなんじゃないかしら?

「喫茶品品」では、彼の元々の弾き語り(3rd「紅い花」収録)の良さを残しつつ、アップライトベースが入るなど、更に曲の世界が深まった。

"苦い 苦いは 皆 栄養"

という歌詞は、
彼の祖父の口癖「旨い 旨いは 皆 栄養」から来ているそうだ。

track4.「大陸」

曲のモチーフになったのは兵庫・姫路にある「茶房大陸」。

彼は姫路でのライブの際に毎回ここを訪れている。
近くには「人丸かばん店」という老舗のかばん屋もあり、ここの店頭のワゴンセールを覗くのも彼の楽しみの一つになっている。
彼はその昔、その店で「アドベンチャー」と書かれたダサいかばんを500円程度で購い、一時、阿呆のように使っていたが、わりとすぐに底に穴が空いてしまい、捨てたそうだ。
倉庫の中に眠るデッドストックを安価で販売する、ちょっと店頭を冷やかすだけでも楽しいワゴンセールである。

話が脱線してしまったので、「大陸」という曲のことを。
彼曰く「太田裕美さんや南沙織さんをイメージして作りました。」とのこと。
喫茶店でのカップルの何気ないやり取りを描写した曲で、彼も気に入っているそう。
情緒や情感を捉えた歌詞も美しい。
アルバムでは、京都の歌姫・野村麻紀さんが参加し、華を添えてくれている。

「まさに新しい時代の歌謡曲ですわ。」
と、彼はウインクして見せるのだった。

track5.「カーニヴァルの晩」

彼は実家の本棚にあった原田マハ「楽園のカンヴァス」を何気なく手に取り、読み始めた。

「何これ面白ーい。そして読みやすーい。何よりこの小説のモチーフになっているアンリ・ルソーの夢って絵チョーかっこいー。」
と、彼は思った。

アンリ・ルソーと彼の出会いである。
それからルソーの絵を見始めた彼が出会ったのが「カーニヴァルの晩」だった。

青白い月の夜、お祭りの帰り道、一組の男女が森の中を歩いている。
二人は道化師のような格好をし、寄り添っている。
静かで何処か寂しげな不思議な絵である。

何かにひどく心を動かされた時、彼がすることは一つだ。
歌を作ること。
そして「カーニヴァルの晩」は完成した。

この歌を作る際、彼にはもう一つ裏テーマがあった。
90年代の烏龍茶のCMである。
中国人の女の子がJ-POPの名曲をアンニュイに歌い上げていた懐かしのあれだ。
友人の家で、その懐かしいCM曲が入ったレコードを聴いた彼はすっかり感化されたのだった。
そのイメージもあって、アレンジはチャイナ風になった。
大成功だ。
ゲストボーカルに可愛いシーズーズのあゔぇまりなさんを迎え、さらにいい感じに仕上がった。
MVも製作され、彼とあゔぇさんが吉祥寺の街を舞台に躍動している。
MVの中で二人が踊っているダンスは彼が考案したものだそうである。

「この歌もどこが喫茶店と関係あんの?」
と彼に問い詰めると、

「喫茶店の壁って絵画が飾ってあるじゃないっすかー。やだなあ。あれですよ、あれー。」
と、頰をぷくっと膨らませてみせるのだった。



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