『喫茶品品』全曲解説 後篇

世田谷ピンポンズ青年と喫茶店にまつわる10の話

track6.トロワ・シャンブル

トロワ・シャンブルは東京・下北沢にある喫茶店だ。
彼は、最近東京に滞在する際、三軒茶屋に泊まることが多いので、よく茶沢通りを歩いて下北沢へ行く。

このルートは、彼が2013年に京都に越すまで、長年親しんだルートなのである。

彼は大学生の頃から三軒茶屋に十年ほど住んでいた。
大学生の頃、一人も友達がいなかった彼は茶沢通りをよく一人で歩いた。
下北沢のレコード屋でレコードをパタパタすることだけで、東京の仲間入りをしたような、そんな気がして、寂しさが紛れたのだという。

大学を卒業し、音楽を始めた彼はよくライブをしていた吉祥寺や下北沢からの帰り道、相変わらず茶沢通りを歩いて、三軒茶屋に帰っていたそうだ。

彼にとっての東京の風景といえば、下北沢から三軒茶屋へ続く茶沢通りの道なのだ。

やがてフォークシンガーとして本格的に活動し始め、喫茶店通いを覚えた彼にとって、茶沢通りからほど近くにある下北沢のトロワ・シャンブルは最高にクールな店だった。
何度訪れても、ニレブレンドとカゼブレンドのどちらが好きだったのか、いつも頼むのはどちらだったのか、分からなくなる程度の彼ではあったが、何よりトロワ・シャンブルでゆっくり珈琲を飲みながら、文庫本を開く時間は本当に安らぎになった。
そんな日の三軒茶屋への帰り道は彼の猫背も少しはシャンとするそうだ。
わかるー。

track7.純喫茶ルンバ

2016年の年末、彼は京都の誠光社で純喫茶コレクション・難波里奈さんとイベントをやらせていただいた。
難波さんから声をかけていただき、実現したのだった。

彼は知らない街をふらつきながら、目についた喫茶店に入るのが好きだ。
携帯にも何にも頼らず、とにかくフラフラ、あっちらこっちらと歩いていく自由気ままな時間である。

しかし、ライブで街を訪れた場合、毎回のんびりと街をふらつく時間があるわけではない。
そんな時、彼が頼りにしているのが、難波里奈さんが書かれた純喫茶コレクションのブログだ。
時間がない時はそのブログを見て、難波さんが訪れた喫茶店へ向かう。
難波さんが訪れた喫茶店は必ず素敵なので、外れることはない。
彼は難波さんのセンスを信用しているし、何より難波さんのファンなのである。

そんな難波さんとのイベントであるから、彼の意気込み方は凄かった。
彼が意気込んだ場合どうなるのか?
そうそうそう。
歌を書いたのである。

彼が意気込んで、純喫茶のテーマソングとして作ったのが「純喫茶ルンバ」である。
イベントでは、純喫茶楽曲縛りのセットリストを歌いきったつもりの彼であったが、なんと緊張から最後に「純喫茶ルンバ」を歌い忘れるという失態をやらかした。
そして、なぜか次の日の違うイベントで歌ったのだが、やはり少しブレていた感は否めなかったようだ。

「やっちまいました!」
そう言うと、彼は舌を出して笑った。

track8.回転展望台

今年の3月、彼は姫路の手柄山公園にある手柄ポートという喫茶店にいた。
入店するまでに正味一時間くらい待っただろうか、手柄ポートは恐ろしいまでの賑わいを見せていた。
それもそのはず、この喫茶店、3月末で閉店が決まっていたのだった。

この喫茶店、ただの喫茶店ではない。
店自体が展望台になっており、珈琲やソーダ水を飲み、スパゲッチーをちゅうちゅう啜りながら、姫路の街を一望できるのだ。
しかも座席がゆっくりと360度、一回転するという今時、珍しい回転喫茶なのだった。
おもしろーい。

しかし彼が初めてここを訪れたときは、店には閑古鳥が鳴いており、大丈夫かなと思ったそうだ。(大丈夫じゃなかった。)

よく何かがなくなったり、誰かが居なくなってしまった時、
「閉店するって決まったらわんさか集まってきよって〜。」とか「なんやかや死んだら、急に持ち上げよるんだから嫌になっちゃう!」とかいう話が必ず出るが、彼はこうも思う。

「最後くらい祭りやっ!死んでまで悪口言われたら敵いまへんどー。」と。

彼はこの喫茶店をテーマに一回転すると、その燃え上がった恋も一回リセットよ、という不思議な恋の歌を書いた。
どこか寂しく、青春の儚さを思わせる曲である。
レコーディングでは、たけとんぼの平松氏がエレキギターをグイングインいわせ、GSのムードを醸し出し、今はなき、姫路未来都市の淡い恋の面影を伝えている。

track9.翡翠にて

その喫茶店で彼は異常にくつろいでしまうのだった。

定食をガツガツと食べ、冷コーを飲み、なんならこのままシエスタしてしまいそうなくらいに。

確かに彼はどんな喫茶店でもある程度くつろぐことができる。
喫茶店は彼の癒しスポットなのだから当たり前である。
しかしそれにしても、京都・北大路堀川の翡翠は彼にとって特別だった。

彼も彼なりにその理由をずっと探していた。
くつろぐにしたって限度ってものがある。
確かに店員さんはいつも放っておいてくれるし、店内は広く快適だ。
飯も珈琲も美味い。
でも、それにしたって己のアパートにいるかの如く、だらだらとふにゃついてしまう俺はなんなのか?
図々しくないかな?
煙たがられてんじゃないかしら?
彼は煩悶する。
行かない方がいいのかなー。
嫌われないうちにー。
悩んで悩んで悩んで悩んだ矢先。

その謎はあっけなく氷解した。

ソファーの柄。

翡翠のソファーの柄が彼の実家にあるソファーの柄と同じだったのである。

夏休み、そのソファーで昼寝すると、開け放たれた窓から爽やかな風が吹き抜けて、気持ち良かった。

初めてできた彼女と寄り添って、覚えたてのギターをラララつま弾いた。

高校の友達と調子こいて、初めて酒を飲んで寝ゲボした。

あの思い出のソファーと同じだったのである。

そういえば、彼が昔住んでいたアパートのドアのすりガラスも実家の風呂のものと同じ柄だった。
彼はそのアパートが気に入って長いこと住んでいた。

結局、そういうこと。

track10.ハイライト

彼が椅子をテーマに曲を書いてほしいとピースの又吉直樹さんから頼まれたのが2017年のこと。
その依頼に応じて作ったのが「ハイライト」だった。
椅子をテーマにと言われた彼が最初に思い浮かべたのは、やはり喫茶店の椅子だった。

「一番、通う喫茶店はどこですか?」
という質問をされたら、彼はこう答えなくてはならない。
「自宅近くにある書店に併設されたカッフェです。」
本当は六曜社などの超かっこいい喫茶店を答えたい彼であったが、こればかりはしょうがない。
彼は嘘をつけない性格である。

彼はそのカッフェにほぼ毎日通い、仕事をしたり、歌詞を書いたり、鼻をほじりながらボーっとしたりしているのである。
「ハイライト」はそのカッフェをモチーフに作った歌なのだ。

彼が敬愛する吉田拓郎にも「ハイライト」という曲がある。
これはタバコの歌だが、彼のは人生の名場面のほう。

"テーブルが一つ 椅子が二つ 向かい合ってさ

小説の中にあるような

素敵にも惨めにもなれないけれど

あれは僕のハイライト

眩しいくらいの 珈琲もう一杯"

「喫茶品品というアルバムは「珈琲もう一杯」で締めたかったんです。」

彼は珈琲を片手にぶら下げながら、そう言って笑った。


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