金田一少年の事件簿を処分する。

「六体のミイラを七体に見せかけるやつは?」
「異人館村殺人事件!」
「雪夜叉伝説の犯人は?」
「綾辻さん!」

大学生の頃、暇を持て余した僕たちは金田一に登場する殺人事件の犯人を交互に挙げ連ねるというゲームをよくしたものだ。すいすい犯人の名前とトリックが出てくる。シナプスとニューロンが固く結びついて離れない。クイズ番組を見ては心の中で「謎はすべてとけた」とつぶやき、意味もなく、じっちゃんの名にかけて何かしようとしたこともあった。一度たりとも犯人を当てたことはなかったけど、金田一と一緒に推理するのは楽しかった。
 
「ちょっとこちらは買取不可ですね」

本の汚れは何度も何度も繰り返し読んでへばりついた手垢だ。いつのまにかこびりついた事件の記憶は金田一と一緒に過ごした時間と比例する。それでも今日必ず、金田一とさよならしなければならない。

「処分されますか?」

眉をひそめる新古書店の店員さんの横には古い本が積み上げられている。
『金田一少年の事件簿』初期シリーズ全二十七巻。思い出を上げ連ねればきりがないけど、思い入れのフィルターを少し外してみれば、本は結構汚れて見える。
「バイバイ…探偵さん」
蝋人形城殺人事件の犯人のようにぼそっとつぶやく。
静かに引き金が引かれる。
 
金田一はいま三七歳になった。サラリーマンをしながら、相変わらず殺人事件に出くわしている。

「俺はもう事件なんか解きたくないんだよ」

いい歳になった金田一が顔をゆがめながら頭をかく。
いつのまにか金田一の歳を追い越した僕たちはそれでも何かの名にかけて、いまを生き抜いていかなくてはならない。

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