僕によく似た人

僕によく似た人が各地で頻繁に目撃されている。
特に東京では高円寺や下北沢、実際に僕が住んでいる京都でも。

「ほそや君、下北沢で女の子と歩いていたでしょう。隅に置けないねえ。(ニタニタ)」

「ピンポンズさん、今日、高円寺の横断歩道で声かけようかと思いましたよ。」

いろんな人からこんな感じで報告が入る。(それはぼくぢゃないよ)

仲良くさせていただいている荻原魚雷さんも僕と似ている一人。

数年前、未だに半信半疑なのだが、下北沢のある書店で一緒にイベントをした際、先にお店に到着した魚雷さんがお店の方に僕と間違われるという事件が起こった。
魚雷さんとは十五くらい歳が離れているので、ちょっと複雑な気持ちになったが、こういうことすら起こり得るのである。
また、ミュージシャンにもやっぱり似ている人がいて、その人がファンの方や知り合いから僕に似ていると言われ、困っているのをTwitterで何回も見かけたことがある。
とはいえ、これらは丸めがねにマッシュルームカットというわかりやすいアイコンゆえのことであり、そういう広義の意味でなら似ている人は沢山いる。芸人さんやミュージシャン・文化人に多いスタイルでもあるからだ。

しかし世間にはそういったレベルではない全く異次元のそっくりさんが存在していた。

新宿のとある喫茶店に彼は入ってきた。
打ち合わせだろうか?マネージャーのような男性と取引先か何かの男性を伴っていた。
アイスコーヒーをちゅうちゅう啜っていた僕の斜め前の席に彼は座った。

僕の斜め前に僕がいた。

藤子・F・不二雄の短編で、人というのはその人の培ってきた記憶の集合体であるから、つまるところ記憶をまるまる入れ替えたら、人と人とは入れ替わることができるという話があったと思うが、彼と僕を入れ替えても変わったかどうかよく分からないことになるかもしれない。

今までいくら自分に似ている人間がいると教えられ、その人の写真を見せられたりしても、割と大丈夫というか、ほとんど気にならなかったのだが、今回の邂逅にはいささか揺らぐものがあった。
己のアイデンティティが、まるで今にも抜け落ちそうな乳歯のようにぐらぐらとぐらついた。

自分とは何なのか。

自分とは何ぞや。

世の中には自分に似ている人間が三人いるという。
それがドイツ語でドッペルゲンガーと呼ばれていることはよく知られている。ドッペルゲンガーに会うと死んでしまうという話もよく聞く。かの芥川龍之介も自殺するちょっと前、自分のドッペルゲンガーに会っていたという話を子供の頃、奇跡体験アンビリバボーで観て、死ぬほど震え上がったことを思い出す。

こっわ。

それにしても、僕と同じ気持ちになっていてもいいはずの彼はといえば、涼しい顔をして打ち合わせを続けている模様。
まさか気づいていないのか?僕は前を見れば必ず視界に入るところにいるのに堂々としたものだ。
彼が気づかないのが不自然である証拠に彼の隣のマネージャーのような男性が何度もチラチラこちらを見ているのがわかる。
そりゃそうだよ。普通見るよ。見なきゃ嘘だよ。
なんで彼がこちらを全く気にしないでいられるのかが理解できず、めっちゃジリジリする。

もしかしたら彼は店に入るやいなや、僕の姿を認め、明らかに自分とそっくりだし、やべー、チョー怖い、テコでもあっちは見ないようにしよう、だって死んじゃうよ、あれドッペルってやつだよ。やべーやべー。と思ったのかもしれず、むしろそれならば頑としてこちらを見ない彼の態度こそが自然なのかもしれない。
しかしそんな態度では打ち合わせに身が入ろうはずがなく、相手方の話も全く頭に入ってこないだろう。
たまたま僕が居合わせてしまったことで本当に申し訳ないことだ。
しかし僕もまたアイデンティティがここまで引き裂かれそうになったことはかつてなく、まあ本当に死んじゃうなんてことはなかろうとは思いながらも、お互い災難でしたね。お元気で。
とはすぐに収められない。

こちらは特に何をしているわけでもない(喫茶店で休憩中だし)ので、気になってちらちら見てしまう。
余り意識していると思われるのも分が悪い。(彼は表面的にはこちらを気にしていないわけだし)。
向こうが気にしていないのに、こちらが気にしているという状態ほど、己の自意識に悪いものはない。
特にどうすればいいわけでもないが、やはりあちらをチラチラと見る以外にすることがない。

そのうちに打ち合わせが終わったのか、彼らはそそくさと帰る。
いなくなったらなったで、喉元すぎれば何とやらという例えはあまり適切ではないかもしれないけれど、波がすーっと引いていくように一気にクールダウン。
あんなにジリついていたにも関わらず、相手がいなくなってしまえば、妙に落ち着いてしまって、何だか彼がいたことが幻のよう。
そもそもそこまで似ていたか?とか、僕の方が男前なんじゃないか?とか、よくわからない自信も出てきたりして、わりと復活できた。

やっぱりあれもぼくぢゃなかったよ。


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