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多分、世界で一番の女の子


とても好きな女の子がいる。今でも。


その子は、
2人きりの空間を作るのが上手だった。


女の子はグループを作るもので、当時 高校生の私達も10人ほどで集まって過ごしていた。
1人が喋ると、みんなそれに耳を傾ける。
興味があれば盛り上がり、そうでない子は携帯をイジる。

アメーバのように付かず離れず。
今考えると女子高生にしてはあっさりとした距離感だ。

その子は、みんなに聞こえるようには喋らなかった。

「うち遊びにきてや」

自分にだけ聞こえる声で、そう言うのだ。

左手でスマートフォンを大事そうに持ち、右手の人差し指で画面をフリックする。
その小さくて白い手の先に、形の整った爪。

「うちで塾の宿題やろ」

黒くてツヤツヤの前髪。
その間から覗く丸い瞳が自分をうつす。

「行くわ」

短く答えるしかできない。
嬉しそうに笑う。
そして次の瞬間には、もう別の女の子と「2人の空間」を作っているのだ。

私じゃない女の子と、私に聞こえない声で、2人で密やかに喋る。
それを目の端に捉えながら、私は再びアメーバに飲み込まれていく。


いまだに囚われている。

「なんか知らんまに、家帰っててん」

その子が俯きながら言う。
学校をサボり気味だったその子。
制服姿でベッドに腰掛け、髪を弄る。

放課後、学校を休んだその子に会いに行くとそう言われた。

「制服に着替えて、学校に向かってたんやけど…踏切らへんで、気づいたら家おった」

本気で言うのだ。19の少女が、疑いもなく。
…サボったのだろう。

「そんな事ある?」

私の言葉に 悲しそうな顔をするその子。
ああ、全力で肯定してあげれば良かった。
湧き上がる後悔。

彼女の中では、紛れも無い事実だったのだ。
ベッドに倒れながら彼女は呟く。

「しんどいー」

病んだ彼女が、大好きだった。


彼女は病んでいながらも、よく笑った。
2人にしか分からない話で、教室の隅で笑い転げる。
体を折り曲げて笑い、黒髪揺らす。
涙袋を赤く染め、口元を隠すように手をやる。
涙を浮かべるくらいに笑って、はーとため息をつく。

彼女のその姿が本当に好きだった。


人間しての危うさをもった彼女は、たくさんの人を惹きつけた。
「彼女には自分しかいない」と思わせるのが上手なのだ。

それが学校という世界に収まりきらず、溢れ出した不安定さと思春期の輝きが「高校時代の彼女」を最も魅力的なものに押し上げた。


可愛くて、大好きで。
多分、一生超えることはない。


社会人になって会ったその子も、相変わらず可愛かった。
サラサラの黒髪に、白い手首。

大きく瞬きをして、こちらを見上げる。
2人にしか聞こえない声で。

「新居遊びにきてよ」

嬉しそうに言う。

「旦那 おらん時の方がいいかな」

「…せやな」

私はまだ、短く答えるしかできない。



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