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うんこ行ったら蝶が羽化した話



そういう人生なんだろう、きっと。

肝心な所でうんこしたくなる。
大切なものをうんこで逃す人生。
嗚呼、うんこ人生。



小学生の頃。
夏休みの宿題だったと思う。
理科の虫の観察。


結構な田舎に住んでいたから、その辺のミカン畑から小さな緑のイモムシを見つけるのは簡単だった。

それをまた緑の虫かごに入れて。

緑のイモムシが緑のキャベツをむしむしと食べるのをじっと見ていた。



捕まえてから、2週間ぐらい経った頃だろうか。


台風前の、薄暗くて風の強い夕方だった。
窓から見える灰色の空を覚えている。


「こっち来な!早く!」


畳で寝ていた自分の意識を引っ叩くような母の声。
少し不機嫌になりながらのろのろとリビングへ向かった。


灰色の窓の外。
オレンジの白昼色のライト。
母と姉と、姉の友人が机を覗き込んでいる。


「何?」


3人の間から顔を挟むと、例の虫かごがライトで照らされていた。
じっと目を凝らす。


「あ、」


蛹だ。

緑の葉っぱに、白くて小さな蛹。
うっすらと透けて見える中身がもぞもぞと身動きした。


「もう出てくるで」


母の髪の毛が頬を撫でる。
距離、近っ。

私はぼーっとしたまま目を擦った。
蛹よりも、うたた寝を邪魔された苛立ちが心を占めてリビングを後にする。


「どこいくん」
「トイレ」


母の声を背中に受けながら扉を閉めた。
ゴロゴロと遠くで雷の音。
グルグルと低く響くお腹の音。


座って気張りながら、私は目を瞑る。


…3時間くらいかかると思っていたのだ。
孵化が。
人間の出産とか、動物の産卵とか、誕生に関するものは無条件で時間のかかるものだと勝手にイメージしてしまっていた。


だから私は、
のんびりうんこをして、
手を洗って、
リビングへ戻った。


私が戻った時、そこには誰もいなかった。
母は夕食の準備を始め、友人は帰宅し、姉はそれを見送っている。


「あれ…?」


嫌な予感が胸をよぎるも、
時すでに遅し。

オレンジに照らされた虫かごを急いで覗き込むと、そこにはユラユラ揺れる白い羽があった。


生まれたてのモンシロチョウと、
空っぽの蛹。

もっとも大事な瞬間を、私はうんこをして見逃してしまったのだ。



という記憶がふと蘇った。

放置されでろでろに伸びたカップ麺を見つめる。

…うんこ中に携帯触るんやめよう。
私はそっとトイレの扉を閉めた。

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