【めきめいて】プロパガンダ記事【冬】

前回のめきめ杯に(プロパガンダ記事的な)『小説を書こうとして四苦八苦する男』の話を出そうと思ったのですが、かなわなかったので書きました! いまはただ怒られたくないという気持ちでいっぱいです!

”パブロン・ブロン・ハルシオン、パブロン・ブロン・ヒメジョオン……”
”コーラにメントス・ソーダに目薬・つらい疲れにかぜ薬……”

俺は秘密の呪文を唱え、チカチカと眩しいモニタを見つめていた。暗い部屋にモニタの光が満ち、青やピンクや緑の光が机上に並んだ瓶の隊列に渦を巻いていく。

”パブロン・ブロン・ハルシオン、パブロン・ブロン・ヒメジョオン……肉屋でコロッケを買う無職の男は、橋向こうに住む薬物中毒者の女に興味を示した……”

もうろうとした意識の中で、俺は天啓を待っていた。雪辱を果たし、罪をそそぎ、俺へ名誉と褒賞をもたらす神の声を。
ああ、名誉、名誉だ! 何人たりとも踏み込めぬ、心の神殿に祀られるべき法悦の輝き! 現代社会においてなお人を魅了し、奪い奪われ、あまたの血を流させる至上の宝よ! 俺はそれを手にし、高みへと至るのだ! なんとしてでも! 嗚呼!

俺はしがない賞金稼ぎ、自尊心の欠如したパッパラパー、アマチュア作家の【#name#】だ。プロアマ問わず、作家はみな銃を持つ。それはつまりペンの事だが、俺の持つ銃はこの光る箱。人間たちがパーソナルコンピュータと呼んでいる情報端末だ。そしてこれがキーボード。純正のワイヤレスキーボードはバッテリーが爆発したので、ショートカットキーがつかえない。重い純正マウスは自重を支えきれず、三度目の冬に机から落下して砕け散ったので有線だ。そしてこの本体。このうねるような光を発する箱が俺の手であり武器であり、ペンである。あるが、この箱、今は中身が切れている。ペンならカートリッジを入れ替えれば済む話だが、あいにく俺のこれ(アイデア)は装填式じゃない。俺の脳内は既に三度目の絶頂を迎えた睾丸のなかみたいにカラッポだ。いや、この表現は正しくない。なぜなら、俺は今も昔も三秒前も、少しだって気持ちよくなどなってはいないのだ。インク瓶二本分。精を放ってすぐの状態がいつまでだって続いている。俺のインクはどこからか漏れて、その熱意と共に失われてしまったようだ。俺の中は空っぽだ。浅ましい名誉欲だけがXXXのように膨らんで、その口から弾けさせる中身をずっと探している。

おれは……おれの中にも本当はあったはずだ。そのはずなんだ。熱意、表現、言いたかったこと……そう言ったものが。今は何一つ思い出せないが、確かにあったはずなんだ。俺にだって。ぐねぐねとゆらぐ光は”にじいろ”に輝き、俺を誘う。
至極の快楽へ。地獄の諧謔へ。書け。書き続けろ。光は、死に急ぐルーチンワークの果てをめざし、その足で駆け抜けろと囁いてくる。箱は俺をじっと見つめていた。
いやだ、そんな目で見るな、と俺は叫びだしたくなる。いやだ。俺は、俺だって、なにか、言いたいんだ。俺だって。表明を、主張を。叩きつけて、”ここにいる”と叫びたい。しかし、そのためのネタが、気力が、残弾が、俺の手にはもう残っていない。何を言えばいい? どんな調子で歌えばいい? 俺はどうしたらいい、なにが、何が求められている? 俺に?
やめてくれ。苦しい。苦しいんだ。どうしたらいい。いったい俺は、どうしたらいい。虹色の光は答えない。
俺はマーブルめいて歪む模様を描き続けるモニタの光へ掴みかかった。こんな空の体を抱えて、一体どこへ行けって言うんだって。なあ。

胸が苦しくなってくる。おれは光るモニタの白いワク、他人がメモ帳と呼ぶやつを閉じた。何も書かれていないウィンドウ。かちかちと一定期間で明滅する黒いカーソル。真白のワクが俺を責めているような気がして恐ろしかった。恐ろしかった。俺は頭を抱えて今にも叫びだそうとしている。怖い。怖いんだ。四角いバツを叩く瞬間、俺は目を逸らした。ワクが消えたことでモニタの光は少し輝度を下げ、おれは混ざりゆくマーブル模様の中にほんのわずかな安堵を見出した。
俺は秘密の呪文を唱えながら、コンビニで買ったレモンアイスのカップにライム味のウォトカを注いだ。どぷどぷとそそがれる甘いにおいの液体はココナツのように白っぽく濁っていた。とろとろとしたそれは溶けかけのアイスと混ざり冷えていく。揺らし、撹拌し、一気にあおる! ろくに食べていない胃の底に、ウォトカの酒精がガツンと響く。傷口に塩水がかかったときのようにしみて、おれはうなった。胃袋の底が重い。アルコールでなぐりつけられた胃の腑がうめき、痛みからのがれようとその身をよじる。えづいたおれは、広げた紙へレモン味のつばきを吐いた。ライムグリーンの咳が喉奥を突く。揮発したアルコールが鼻の奥が焼け、俺は無音の””ファックオフ(くたばれ)””をくりかえす。
ファックオフ。ファックオフ。ファックオフ!!
俺の中には何もない。せいぜいこのレモン(出来そこない)めいたつばきと、アルコールと薬剤混じりの胃液くらいだ。いまのおれはクソ袋ですらない。他人に詰まっているクソだって、干からびた俺にはまぶしく映る。おれにはもう自発的にクソを出すような力さえ残っていない。おれのこのけち臭い尻の穴を掘りすすめたところで、穴の先には何もない。虚無のうつしみたる空洞と、つまらない肉のひだが延々とどこまでも続いているだけだ。

キョム、空白、がらんどう。ため息も出ない。
おれのにぶった感性は、刺激を求めてくすぶっている。さびた神経細胞が通電を待ち望み、たいくつな人生は薬物酩酊以外の娯楽を欲している。なにか、また書くべきだろうか? おれは詮無いことを考える。
でもダメだ。だめなんだ。俺はぼんやりとして形のみえない苦痛を飲み込み、背を丸めた。下を向いていると、気力のなえた俺自身と目が合って、おれは泣き出してしまいたくなった。

”できるよ!” 誰かがそう言った。”変われるよ!” 変われる? 俺でも?
顔を上げた俺の目に映ったのは、俺の最も懇意にしている電子鎮痛剤。青いマークの【ヨイゴシ/ネムリ】だった。おれは日に六時間。多いときはもっと、この【ヨイゴシ/ネムリ】の発する白と青の光を浴びている。この光には、一日のつらく苦しい時間を、実際の時間よりも短く感じさせる効果がある。これは使用者へゆるやかな覚醒をもたらし、その精神へ午後のうたたねのようなやすらぎを呼ぶ。
俺はこの合法ドラッグを五年と半年続けている。俺の時間は際限なく吸い込まれ続ける。これなしではもうまともに生きられない体になっているだろうが、そんなことはどうだっていい。おれはこれまで数度にわたる自殺未遂を経験している。生きているだけ上等だ。たとえそれが濫用する鎮痛剤によって支えられた毎日だとしても。

ぽかんと呆けたように虹色の光を見つめる俺に向かって、【ヨイゴシ/ネムリ】はもう一度、”できるよ!”と言った。(【ヨイゴシ/ネムリ】は、がんばろうね、とは言わなかった)
青と白の光を顔面に浴び、おれは期待と不安とを同時にいだいた。『”できるよ!”』 頭の中では、【ヨイゴシ/ネムリ】の言葉が反響していた。おれははやる胸を手で押さえつけながら、【ヨイゴシ/ネムリ】の方へ顔を向け、恐る恐る”どうやって?”と尋ねた。なんだか不思議な気持ちだった。どきどきと脈打つ鼓動は、今回は何かが違う、と言っていたし、俺の””予感””もそれに賛同している。何かが違う。でもなにが?

”これだよ!” 【ヨイゴシ/ネムリ】はうずまく光に青を差し込み、何かの情報を出してきた。”ここ! 押してみて!” 【ヨイゴシ/ネムリ】の色。白地に青い文字。それはどこかのサイトへのリンクだった。おれはそっと、その文字列をクリックした。砂時計が表示され、カタカタと数回まわった。
「鯛巻めきめ記念杯……?」 ”そう!” どうやら小説のコンテストのようだ。おれはページをスクロールした。【ヨイゴシ/ネムリ】は冒頭を指差した。”みて!” 俺は見た。
”『鯛巻めきめ氏へ捧げるための小説コンテスト』! なんとコンテスト優勝者には二万円の賞金が出るの!”俺はびっくりした。「二万円ってあの!?」”そう! あの二万円! 日本円だよ!” すごい!! それだけあれば欲しかった『コンバットクリーチャーズ』や山のような『ナーフ』やずっと欲しかった『明日のナージャアンティークミシン』が買える! 俺は色めきたった。”しかもね!” まだなにかあるのか!? 俺は身を乗り出した。 ”今回から文字数制限がぐーっとさがって一万字から応募できるようになったの! 特別賞の枠も創設されて、チャンスは二倍! 応募と賞金獲得のハードルがぐーんと下がったってわけ!!” すごいぞ! ”締め切りは2017年の12月8日! 今から書いても丸々一ヶ月はあるの! 四週間よ! これだけあれば勝てるわ、きっとよ!” わーお!これならおれにも出来そうだ!

おれは机の上にならんでいた瓶をひっくり返し、がめんへかじりついた。さっそく応募だ!
「どこから応募できるんだ!? 俺はいまからどうしたらいい? さっそく原稿を書くべきか? 原稿用紙と切手と封筒を買って来たほうが良いか!?」
”あわてない! noteのアカウントはもってる? なかったら登録して。あるなら応募したい記事に”#第2回鯛巻めきめ記念杯”のタグをつけて投稿! あとは待っていれば主催のズールーさんがマガジンについかしてくれるわ! (※実際の流れとは異なる場合があります) そしたらあとは発表を待つだけね! ほかの応募者の投稿作品を読むのだっていいわね!! 前回は締切前夜まで応募があったから、今回も怒涛の接戦になるかもしれないわね。気が抜けないわ!”
「まてよ……自分が投稿した後で、自分よりすごいものを書いてくる人がいたらどうしたらいいんだ……?」
”自信を持って!! 複数応募も三作品まで認められているわ! その人よりすごいものを書いてまた応募すればいいのよ!”
「そんなことできるのか?」

”できるよ! キミになら!” 【ヨイゴシ/ネムリ】はそう言っておれを見た。真っ直ぐな目が、俺をまじまじと見つめていた。青と白の光は、おれに暫しの覚醒と安らぎをもたらす。五年間と半年、ずっとそうであったように。
”ね! できるよ! やって……ショウキンとメイヨを手に入れて!”
さけぶや否や、【ヨイゴシ/ネムリ】は虹色の光に包まれた。【ヨイゴシ/ネムリ】はそうして消えた。うねる虹色の光もいつの間にか消えていた。おれは勇気をくれた彼女に心の中で『ありがとう』を言った。そうして、アクセサリの中からメモ帳を選択。消えていた白いワクをよびだした。
ぱっと表示した白い画面が俺に恐怖を与えることはもうなかった。この白いスペースはまっさらな未来だ。このまばゆい光の中に俺はいまから突き進んでいくのだ。どんな話を書こう、どんな希望を書き綴ろう。もう薬に頼る必要もない。俺の胸は、”書きたい”という希望と喜びに膨らんでいるのだから。

おれは汲んできた水を一口飲み、まずはこの幸福について書いてみるのが良いだろうと、そう思った。(おわり)

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